心霊写真 -44-
師匠シリーズ
以前cicciさんが更新してくださっていましたが、更新が止まってしまってしまったので、続きを代わりにアップさせていただきます。
cicciさんのアカウント
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| 順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | berry | 8646 | 神 | 8.7 | 98.9% | 323.6 | 2829 | 31 | 56 | 2026/08/25 |
| 2 | subaru | 8388 | 神 | 8.6 | 96.7% | 327.7 | 2843 | 94 | 56 | 2026/08/19 |
| 3 | HAKU | 8041 | 神 | 8.2 | 97.8% | 350.3 | 2881 | 64 | 56 | 2026/08/19 |
| 4 | りく | 6359 | S | 6.5 | 96.8% | 442.5 | 2909 | 95 | 56 | 2026/08/21 |
| 5 | Par2 | 4860 | B | 4.9 | 98.2% | 571.7 | 2829 | 50 | 56 | 2026/08/20 |
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問題文
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(めをとじていないまさおかたいいだけが、ねんしゃによってうつしこまれたまぼろしだというのか。)
目を閉じていない正岡大尉だけが、念写によって写し込まれた幻だというのか。
(じっさいにはかれはそのへやにいなかったと。)
実際には彼はその部屋にいなかったと。
(そういえば、こんかいのごまいのしゃしんではししゃがめをとじるという)
そう言えば、今回の五枚の写真では死者が目を閉じるという
(いじょうげんしょうはおこったが、しゃしんのなかのれいてきなものにおこるというへんかは)
異常現象は起こったが、写真の中の霊的なものに起こるという変化は
(みられなかったようだ。)
見られなかったようだ。
(つまり「しゃしんや」とおなじく、しんれいしゃしんはいちまいもない、)
つまり「写真屋」と同じく、心霊写真は一枚もない、
(というけつろんがでたわけだが・・・・・)
という結論が出たわけだが・・・・・
(「ゆうれいがうつっていたばあい、どうなるんですか」)
「幽霊が写っていた場合、どうなるんですか」
(きになってきいてみたが、ししょうはいじわるそうなかおをしただけでこたえなかった。)
気になって訊いてみたが、師匠は意地悪そうな顔をしただけで答えなかった。
(「どっちにしろ、ゆうれいでもなく、いきているにんげんでもないかれは、)
「どっちにしろ、幽霊でもなく、生きている人間でもない彼は、
(けっきょくつくりものだったってことだ」)
結局つくりものだったってことだ」
(ししょうはけつろんづけるようにそういったが、ぼくはべつのかのうせいもかんがえていた。)
師匠は結論づけるようにそう言ったが、僕は別の可能性も考えていた。
(まさおかたいいがそのときいきてしゃしんにうつっていて、)
正岡大尉がその時生きて写真に写っていて、
(そのあともげんざいまでいきつづけているかのうせいだ。)
その後も現在まで生き続けている可能性だ。
(だからしゃしんのなかのかれのめはとじなかった。)
だから写真の中の彼の目は閉じなかった。
(だがそのばあい、なぜまさおかたいいがしをいつわり、あるいはいつわられ、)
だがその場合、なぜ正岡大尉が死を偽り、あるいは偽られ、
(そしてそのあともすがたをくらましたままだったのか、というなぞはのこる。)
そしてその後も姿をくらましたままだったのか、という謎は残る。
(まさおかたいいがいきていたとして、いまいったいなんさいになるのだろうかとおもって、)
正岡大尉が生きていたとして、今一体何歳になるのだろうかと思って、
(けいさんをしてみた。)
計算をしてみた。
(すると、はちじゅうすぎというけっかがでた。いきていてもおかしくないねんれいだ。)
すると、八十過ぎという結果が出た。生きていてもおかしくない年齢だ。
など
(そこまでかんがえたところで、ぼくはあきちゃんがぼくらにみせた、)
そこまで考えたところで、僕はアキちゃんが僕らに見せた、
(しゃしんのなかのじんぶつがめをとじるというきょうつうげんそうのいみを、)
写真の中の人物が目を閉じるという共通幻想の意味を、
(たわいもなくしんじていることにきづいて、おかしさがこみあげてきた。)
他愛もなく信じていることに気づいて、おかしさが込み上げて来た。
(そのりゆうもわかる。ししょうがそうしんじているからだ。)
その理由も分かる。師匠がそう信じている体。
(そこがぼくのすたーとちてんであり、ほかのみちなどありはしなかった。)
そこが僕のスタート地点であり、他の道などありはしなかった。
(すくなくとも、そのころのぼくには。)
少なくとも、そのころの僕には。
(「ながおいくこ、たかはしさだこ、そしてみたこういち・・・・・)
「長尾郁子、高橋貞子、そして三田光一・・・・・
(とうきょうていこくだいがくのじょきょうじゅだったふくらいともきちが、)
東京帝国大学の助教授だった福来友吉が、
(めいじからしょうわのはじめにかけてみだしたれいのうしゃたちは、)
明治から昭和の始めにかけて見出した霊能者たちは、
(とうしのうりょくだけでなく、ねんしゃというのうりょくまでもじっけんによってしめそうとした。)
透視能力だけでなく、念写という能力までも実験によって示そうとした。
(そしてそのしっぱいが、ねんしゃを、ゆうれいしゃしんよりもしんぴょうせいにおいて)
そしてその失敗が、念写を、幽霊写真よりも信憑性において
(さらにいちだんもとにおくふうちょうのしたになり、そのたいしゅうしんりはげんだいまで)
さらに一段下に置く風潮の元になり、その大衆心理は現代まで
(れんめんとうけつがれている。)
連綿と受け継がれている。
(どちらも「しんれいしゃしん」としてくくられるものなのに。)
どちらも「心霊写真」として括られるものなのに。
(ふくらいはかせのねんしゃじっけんのしんがんについてはあえてかたらないけど、)
福来博士の念写実験の真贋についてはあえて語らないけど、
(よけいなことをしてくれたものだ」)
余計なことをしてくれたものだ」
(こんな、おもしろいものを・・・・・ひにくさをくちもとにあらわしてししょうはつぶやく。)
こんな、面白いものを・・・・・皮肉さを口元に表して師匠は呟く。
(「でもこのまさおかたいいのぶぶんがねんしゃによるものだとしても、)
「でもこの正岡大尉の部分が念写によるものだとしても、
(だれがそれをとったっていうんですか」)
誰がそれを撮ったっていうんですか」
(しゃしんにはうつっていないかめらまんが、そのねんしゃをおこなったじんぶつのはずだった。)
写真には写っていないカメラマンが、その念写を行った人物のはずだった。
(「さあな。かぞくか、ほかになかまがいたのか。このしゃしんではわからないな。)
「さあな。家族か、他に仲間がいたのか。この写真では分からないな。
(でもふくらいはかせのていぎでは、ねんしゃはかんぱんにちょくせつさようするので)
でも福来博士の定義では、念写は乾板に直接作用するので
(しゃしんきはふようとされていた。)
写真機は不要とされていた。
(わたしのけんきゅうしたかぎりでも、どういけんだ。)
わたしの研究した限りでも、同意見だ。
(かんぱんしゃしんじゃなく、ふぃるむしゃしんだろうがげんりはおなじはずだ。)
乾板写真じゃなく、フィルム写真だろうが原理は同じはずだ。
(しゃったーをおしたにんげんにしか、ねんしゃをおこなうことができないというのは、)
シャッターを押した人間にしか、念写を行うことが出来ないというのは、
(そうけいだな」)
早計だな」
(「ではだれがねんしゃを?」)
「では誰が念写を?」
(「このなかのだれかだろうな。すがたのみえないかめらまんをふくめてだが。)
「この中の誰かだろうな。姿の見えないカメラマンを含めてだが。
(これがねんしゃだとするならば、かけたなかまを、あるべきすがたとして、)
これが念写だとするならば、欠けた仲間を、あるべき姿として、
(おなじくうかんによみがえらせたんだ。)
同じ空間に蘇らせたんだ。
(よにだいじをなそうというひろいずむとこうようかん、そこからくるれんたいかん。)
世に大事を成そうというヒロイズムと高揚感、そこから来る連帯感。
(そしてもうそうというか、もうねんというか、)
そして妄想というか、妄念というか、
(なにかそういうものがあるようなきがする」)
なにかそういうものがあるような気がする」
(そういわれて、ぼくはもういちどしゃしんのなかのおとこたちのかおをながめた。)
そう言われて、僕はもう一度写真の中の男たちの顔を眺めた。
(そしてひだりすみにえんりょがちにすわるまさおかたいいのすがたを。)
そして左隅に遠慮がちに座る正岡大尉の姿を。