かもめ 喜劇4幕 第一幕(4)

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投稿者投稿者勇気栽培いいね0お気に入り登録
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(ただわたしにはさわらずにおいてもらいたいのよ)

ただ私には触らずにおいてもらいたいのよ

(じゅぴたーよなんじはいかれり、か)

ジュピターよ汝は怒れり、か

(わたしはじゅぴたーじゃない、おんなですよ(たばこをすいだす))

私はジュピターじゃない、女ですよ(タバコを吸い出す)

(あたしおこってなんかいません。ただねわかいものがあんなたいくつなひまつぶしを)

あたし怒ってなんかいません。ただね若い者があんな退屈な暇つぶしを

(しているのがはがゆいだけですよ。あのこにはじをかかすつもりはなかったの)

しているのが歯痒いだけですよ。あの子に恥をかかすつもりは無かったの

(なにがなんでもれいこんとぶっしつをくべつするこんきょはないです。そもそもれいこんにしてからが)

何がなんでも霊魂と物質を区別する根拠はないです。そもそも霊魂にしてからが

(ぶっしつのげんしのしゅうごうなのかもしれんですからね。でひとつどうでしょう)

物質の原子の集合なのかも知れんですからね。で一つどうでしょう

(われわれきょういんなかまがどんなくらしをしているか、それをひとつぎきょくにかいてぶたいで)

我々教員仲間がどんな暮らしをしているか、それを一つ戯曲に書いて舞台で

(えんじてみたら。つらいです、じつにつらいせいかつです!)

演じてみたら。辛いです、実に辛い生活です!

(ごもっともね。でももうぎきょくやげんしのはなしはやめにしましょうよ)

ごもっともね。でももう戯曲や原子の話はやめにしましょうよ

(こんなよいばんなんですもの。きこえて、ほらうたっているのが?よいわ、とても)

こんな良い晩なんですもの。聞こえて、ほら歌っているのが?良いわ、とても

(むこうぎしですわ(ま))

向こう岸ですわ(間)

((とりごーりんに)ここへおかけなさいな。10ねんか15ねんまえ、このみずうみじゃ)

(トリゴーリンに)ここへお掛けなさいな。10年か15年前、この湖じゃ

(おんがくやがっしょうがほとんどまいばんひっきりなしにきこえたもんですわ。このきしぞいに)

音楽や合唱が殆ど毎晩ひっきりなしに聞こえたもんですわ。この岸沿いに

(じぬしやしきがむっつもあってね。わすれもしない、にぎやかなわらいごえ、ざわめき、りょうじゅうの)

地主屋敷が六つもあってね。忘れもしない、賑やかな笑い声、ざわめき、猟銃の

(ひびき、それにしょっちゅうろまんすまたろまんすでね。そのころそのむっつのやしきの)

響き、それにしょっちゅうロマンスまたロマンスでね。その頃その六つの屋敷の

(はながたでにんきのまとだったのは、そら、ごしょうかいしますわ(どーるんをあごでしゃくって)

花形で人気の的だったのは、そら、ご紹介しますわ(ドールンを顎でしゃくって

(どくとるどーるんでしたの。いまでもこのとおりのおとこまえですもの、そのころときたら)

ドクトルドールンでしたの。今でもこの通りの男前ですもの、その頃ときたら

(それこそあたるべかざるいきおいでしたよ。それはそうとそろそろきがとがめてきた)

それこそ当たるべかざる勢いでしたよ。それはそうとそろそろ気が咎めてきた

(かわいそうになんだってわたしうちのぼうやにはじをかかしたのかしら?しんぱいだわ)

可哀想に何だって私うちの坊やに恥をかかしたのかしら?心配だわ

など

((おおごえで)こーすちゃ、せがれや、こーすちゃ!)

(大声で)コースチャ、せがれや、コースチャ!

(あたしいってさがしてみましょう ええ、おねがい)

あたし行って捜してみましょう ええ、お願い

(ほおい、とれーぷれふさん、ほおい!(たいじょう))

ほおい、トレープレフさん、ほおい!(退場)

((かりぶたいのかげからでてきながら)もうつづきはしないらしいから)

(仮舞台の陰から出てきながら)もう続きはしないらしいから

(あたしでていってもいいのね。こんばんは!)

あたし出て行ってもいいのね。こんばんは!

(ぶらぼー!ぶらぼー!)

ブラボー!ブラボー!

(ぶらぼー!ぶらぼー!みんなでかんしんしていたんですよ。それだけのきりょうと)

ブラボー!ブラボー!みんなで感心していたんですよ。それだけの器量と

(あんなすばらしいこえをしながらいなかにひっこんでらっしゃるなんてつみですよ)

あんな素晴らしい声をしながら田舎に引っ込んでらっしゃるなんて罪ですよ

(きっとてんぶんがおありのはずよ。ね、いいこと?ぶたいにたつのはあなたのぎむよ)

きっと天分がおありのはずよ。ね、いい事?舞台に立つのはあなたの義務よ

(まあ、あたしのゆめもそうなの(ためいきをついて)でもじつげんしっこありませんわ)

まあ、あたしの夢もそうなの(溜息をついて)でも実現しっこありませんわ

(そんなことあるもんですか。さあごしょうかいしましょう。こちらはとりごーりんさん)

そんな事あるもんですか。さあご紹介しましょう。こちらはトリゴーリンさん

(ぽりーすあれくせえーびぃち)

ポリースアレクセーエビィチ

(まあうれしい(どぎまぎして)いつもおさくは)

まあ嬉しい(ドギマギして)いつもお作は

(そうかたくならないでもいいのよ。ゆうめいなひとだけれどきもちのさっぱりしたかたです)

そう固くならないでもいいのよ。有名な人だけれど気持ちのさっぱりした方です

(からね。ほら、あちらがかえって、あがってらっしゃるわ)

からね。ほら、あちらが却って、あがってらっしゃるわ

(もうまくをあげてもいいでしょうな。どうもきづまりでいかん)

もう幕を上げてもいいでしょうな。どうも気づまりでいかん

((おおごえで)やーこふちょっくらひとつまくをあげてくれんか(まくあがる))

(大声で)ヤーコフちょっくら一つ幕を上げてくれんか(幕上がる)

((とりごーりんに)ね、いかが、みょうなしばいでしょう?)

(トリゴーリンに)ね、いかが、妙な芝居でしょう?

(さっぱりわからなかったです。しかしおもしろくはいけんしました。あなたのえんぎは)

さっぱりわからなかったです。しかし面白く拝見しました。あなたの演技は

(じつにしんけんでしたね。それにそうちもなかなかけっこうで)

実に真剣でしたね。それに装置も中々結構で

((ま))

(間)

(このみずうみにはさかながどっさりいるでしょうな ええ)

この湖には魚がどっさりいるでしょうな ええ

(ぼくはつりがすきでしてね。ゆうがた、きしにすわりこんでじっとうきをみてるほど)

僕は釣りが好きでしてね。夕方、岸に座り込んでじっと浮子を見てるほど

(たのしいことはほかにありませんね)

楽しい事は他にありませんね

(でもいったんそうさくのたのしみをあじわったかたにはほかのたのしみなんか)

でも一旦創作の楽しみを味わった方には他の楽しみなんか

(なくなるんじゃないかしら)

無くなるんじゃないかしら

((わらいごえをたてて)そんなこといわないほうがいいわ。)

(笑い声を立てて)そんな事いわない方がいいわ。

(このかた、ひとからもちあげられるとしりもちをつくくせがおありなの)

この方、人から持ち上げられると尻持ちをつく癖がお有りなの

(わすれもしませんが、いつぞやもすくわのおぺらざでね、ゆうめいなあのしるばが)

忘れもしませんが、いつぞやモスクワのオペラ座でね、有名なあのシルバが

(うんとひくいどのおとをだしたんです。ところがそのとき、おりもおりですな)

うんと低いドの音を出したんです。ところがその時、折りも折ですな

(ぐれむりんのがっしょうたいのばすうたいがひとり、てんじょうさじきにじんどってけんぶつ)

グレムリンの合唱隊のバスうたいが一人、天井桟敷に陣取って見物

(してたんですがとつぜんやぶからぼうに、いやどうもおどろくまいことか、そのてんじょうさじきから)

してたんですが突然藪から棒に、いやどうも驚くまい事か、その天井桟敷から

(「ぶらぼーしるば!」と、やってのけた。それがかんぜんに1おくたーぶひくいやつ)

「ブラボーシルバ!」と、やってのけた。それが完全に1オクターブ低いやつ

(でね。こんなぐあい(ひくいばすで)ぶらぼーしるば)

でね。こんな具合(低いバスで)ブラボーシルバ

(まんじょうしーんとしてしまいましたよ(ま))

満場シーンとしてしまいましたよ(間)

(しじまのてんしとびすぎぬ)

静寂(しじま)の天使とびすぎぬ

(わたしいかなくちゃ、さようなら)

私いかなくちゃ、さようなら

(どこへいらっしゃるの?こんなにはやくから?はなしちゃあげませんよ)

どこへいらっしゃるの?こんなに早くから?放しちゃあげませんよ

(ぱぱがまってますから)

パパが待ってますから

(なんてぱぱでしょうね、ほんとに(きすをかわす)じゃしかたがないわ)

なんてパパでしょうね、ほんとに(キスを交わす)じゃ仕方がないわ

(おかえしするの、ほんとにざんねんだけれど)

お帰しするの、ほんとに残念だけれど

(わたしだって、おいとまするの、どんなにつらいかわかりませんわ)

私だって、お暇するの、どんなに辛いかわかりませんわ

(だれかおおくりするといいんだけれど、しんぱいよ)

誰かお送りするといいんだけれど、心配よ

((おどおどして)まあ、そんないいんですの)

(おどおどして)まあ、そんないいんですの

((あいがんするようにかのじょに)もっといてくださいよ)

(哀願する様に彼女に)もっといてくださいよ

(だめなんですのそーりんさん)

駄目なんですのソーリンさん

(せめていちじかん、とまあいったしだいでね、いいじゃありませんか、ほんとに)

せめて一時間、とまあ言った次第でね、いいじゃ有りませんか、ほんとに

((ちょっとかんがえてなみだごえで)いけませんわ(あくしゅしてあしばやにたいじょう))

(ちょっと考えて涙声で)いけませんわ(握手して足早に退場)

(きのどくなむすめさんだことまったく。ひとのはなしだとあのこのははおやがなくなるまえ)

気の毒な娘さんだ事まったく。人の話だとあの子の母親が亡くなる前

(ばくだいなざいさんをいちもんのこらず、すっかりごしゅじんのめいぎにかきかえたんですって)

莫大な財産を一文残らず、すっかりご主人の名義に書き換えたんですって

(それをこんどはあのちちおやがのちぞいのめいぎにしてしまったものでいまじゃあのこ)

それを今度はあの父親が後添いの名義にしてしまったもので今じゃあの子

(はだかどうぜんのみのうえなのよ。ひどいはなしですわ)

裸同然の身の上なのよ。ひどい話ですわ

(さようあのこのおやじさんはそうとうなひとでなしでねひとことのべんかいのよちもありませんや)

さようあの子の親父さんは相当な人でなしでね一言の弁解の余地もありませんや

((ひえたりょうてをこすりながら)われわれももういこうじゃありませんか、みなさん)

(冷えた両手をこすりながら)我々ももう行こうじゃ有りませんか、皆さん

(だいぶじめじめしてきたわい。わたしゃあしがずきずきする)

だいぶジメジメしてきたわい。わたしゃ脚がズキズキする

(あんたのあしはまるできでつくったみたい。あるくのもやっとなのね)

あんたの脚はまるで木で作ったみたい。歩くのもやっとなのね

(さ、まいりましょうみじめなおじいさん(かれのうでをささえる))

さ、参りましょう惨めなおじいさん(彼の腕を支える)

((つまにかたてをさしのべて)まだーむ?)

(妻に片手を差し伸べて)マダーム?

(ほらまたいぬがほえてる。おねがいだが、なあしゃむらーえふさん)

ほらまた犬が吠えてる。お願いだが、なあシャムラーエフさん

(あのいぬをはなしてやるようにいってくださらんか)

あの犬を放してやるように言ってくださらんか

(だめですなそーりんさんこくそうにどろぼうがはいるとこまりますからな。なにしろわたしの)

駄目ですなソーリンさん穀倉に泥棒が入ると困りますからな。なにしろ私の

(きびがおさめてあるんでね。かんぜんに1おくたーぶひくいやつでね「ぶらぼーしるば」)

キビが納めてあるんでね。完全に1オクターブ低いやつでね「ブラボーシルバ」

(それがきみ、せんもんのかしゅじゃなくてたかがきょうかいのうたうたいなんですからね)

それが君、専門の歌手じゃなくてたかが教会の歌うたいなんですからね

(きゅうりょうはどれくらいでしょうかね、くれむりんあたりのうたうたいだと?)

給料はどれくらいでしょうかね、クレムリンあたりの歌うたいだと?

(どーるんのほかいちどうたいじょう)

ドールンのほか一同退場

(ひょっとするとおれはなんにもわからんのか、それともきがちがったのかもしれんが)

ひょっとすると俺は何にも判らんのか、それとも気が違ったのかも知れんが

(とにかくあのしばいはきにいったよ。あれにはなにかがある。あのこがこどくのことを)

とにかくあの芝居は気に入ったよ。あれには何かがある。あの娘が孤独の事を

(いいだしたときや、やがてあくまのあかいめだまがあらわれたときにゃおれはこうふんしててが)

言い出した時や、やがて悪魔の紅い目玉が現れた時にゃ俺は興奮して手が

(ふるえたっけしんせんでそぼくだ。ほう、せんせいやってきたらしいぞ)

震えたっけ新鮮で素朴だ。ほう、先生やって来たらしいぞ

(なるべくきのひきたつようなことをいってやりたいものだ)

なるべく気の引き立つような事を言ってやりたいものだ

(もうだれもいない ぼくがいます)

もう誰もいない 僕がいます

(ぼくをにわじゅうさがしまわってるんだ、あのまーしゃのやつ、やりきれないおんなだ)

僕を庭中探しまわってるんだ、あのマーシャのやつ、やりきれない女だ

(ねえとれーぷれふくん、ぼくはきみのしばいがすっかりきにいっちまった)

ねえトレープレフ君、僕は君の芝居がすっかり気に入っちまった

(ちょいとこうふうがわりで、しかもおわりのほうはきかなかったけれどとにかく)

ちょいとこう風変わりで、しかも終わりの方は聞かなかったけれど兎に角

(いんしょうはきょうれつですね。きみはてんぶんのあるひとだ、ずっとつづけてやるんですね)

印象は強烈ですね。君は天分のある人だ、ずっと続けてやるんですね

(とれーぷれふはぎゅっとあいてのてをにぎり、いきなりだきつく)

トレープレフはギュッと相手の手を握り、いきなり抱きつく

(ひゅっなんてしんけいしつななみだをためたりしてさぼくのいいたいのはね、いいですか)

ヒュッなんて神経質な涙を溜めたりしてさ僕の言いたいのはね、いいですか

(きみはちゅうしょうがいねんのせかいにてーまをあおいだですね、これはあくまでただしい。なぜなら)

君は抽象概念の世界にテーマを仰いだですね、これは飽くまで正しい。何故なら

(げいじゅつじょうのさくひんというものはかならずなにものかおおきなしそうをひょうげんすべきものだからです)

芸術上の作品というものは必ず何ものか大きな思想を表現すべきものだからです

(しんけんなものだけがうつくしい。なんてあおいかおをしてるの!)

真剣なものだけが美しい。なんて蒼い顔をしてるの! (続く)

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