源氏物語 若菜上「女三の宮の乳母、源氏を推薦」
問題文
(ひめみやのいとうつくしげにて、わかくなにごころなきおんありさまなるを)
姫宮のいとうつくしげにて、若く何心なき御ありさまなるを
(みたてまつりたまふにも、「みはやしたてまつり、かつはまた、)
見たてまつりたまふにも、「見はやしたてまつり、かつはまた、
(みかくしおしへきこえつべからむひとの、うしろやすからむにあづけきこえばや」)
見隠し教へきこえつべからむ人の、うしろやすからむに預けきこえばや」
(などきこえたまふ。)
など聞こえたまふ。
(おとなしきおんめのとどもめしいでて、おんもぎのほどのことなどのたまはするついでに、)
大人しき御乳母ども召し出でて、御裳着の程のことなどのたまはするついでに、
(「ろくじょうのおとどの、しきぶきょうしんわうのにょわうほしたてけむやうに、)
「六条の大殿の、式部卿親王の女王ほし立てけむやうに、
(このみやをあづかりてはぐくまむひともがな。ただびとのなかにはありがたし。)
この宮を預かりて育まむ人もがな。ただ人の中にはありがたし。
(うちにはちゅうぐうさぶらひたまふ。つぎつぎのにょうごたちとても、)
内裏には中宮さぶらひたまふ。次々の女御たちとても、
(いとやむごとなきかぎりものせらるるに、はかばかしきうしろみなくて、)
いとやむごとなき限りものせらるるに、はかばかしき後見なくて、
(さやうのまじらひ、いとなかなかならむ。)
さやうの交じらひ、いとなかなかならむ。
(このごんのちゅうなごんのあそんのひとりありつるほどに、うちかすめてこそこころみるべかりけれ。)
この権中納言の朝臣の独りありつる程に、うちかすめてこそ試みるべかりけれ。
(わかけれど、いとかうざくに、おひさきたのもしげなるひとにこそあめるを」とのたまはす。)
若けれど、いと警策に、生ひ先頼もしげなる人にこそあめるを」とのたまはす。
(「ちゅうなごんは、もとよりいとまめびとにて、としごろも、かのわたりにこころをかけて、)
「中納言は、もとよりいとまめ人にて、年ごろも、かのわたりに心をかけて、
(ほかざまにおもひうつろふべくもはべらざりけるに、そのおもひかなひては、)
ほかざまに思ひ移ろふべくもはべらざりけるに、その思ひ叶ひては、
(いとどゆるぐかたはべらじ。かのいんこそ、なかなか、なほいかなるにつけても、)
いとど揺るぐ方はべらじ。かの院こそ、なかなか、なほいかなるにつけても、
(ひとをゆかしくおぼしたるこころは、たえずものせさせたまふなれ。そのなかにも、)
人をゆかしく思したる心は、絶えずものせさせたまふなれ。その中にも、
(やむごとなきおんねがひふかくて、ぜんさいいんなどをも、)
やむごとなき御願ひ深くて、前斎院などをも、
(いまにわすれがたくこそ、きこえたまふなれ」とまうす。)
今に忘れがたくこそ、聞こえたまふなれ」と申す。
(「いで、そのふりせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」とはのたまはすれど)
「いで、その旧りせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」とはのたまはすれど
(「げに、あまたのなかにかかづらひて、めざましかるべきおもひはありとも、)
「げに、あまたの中にかかづらひて、めざましかるべき思ひはありとも、
(なほやがておやざまにさだめたるにて、さもやゆづりおききこえまし」)
なほやがて親ざまに定めたるにて、さもや譲りおききこえまし」
(なども、おぼしめすべし。)
なども、思し召すべし。
(「まことに、すこしもよづきてあらせむとおもはむをんなごもたらば、おなじくは、)
「まことに、少しも世づきてあらせむと思はむ女子持たらば、同じくは、
(かのひとのあたりにこそ、ふればはせまほしけれ。いくばくならぬこのよのあひだは、)
かの人のあたりにこそ、触ればはせまほしけれ。幾許ならぬこの世のあひだは、
(さばかりこころゆくありさまにてこそ、すぐさまほしけれ。われをんなならば、)
さばかり心ゆくありさまにてこそ、過ぐさまほしけれ。われ女ならば、
(かならずむつびよりなまし。わかかりしときなど、さなむおぼえし。)
かならず睦び寄りなまし。若かりし時など、さなむおぼえし。
(まして、おんなのあざむかれむは、いと、ことわりぞや」とのたまはせて、)
まして、女の欺かれむは、いと、ことわりぞや」とのたまはせて、
(みこころのうちに、かんのきみのおんことも、おぼしいでらるべし。)
御心のうちに、尚侍の君の御ことも、思し出でらるべし。