日記帳1 江戸川乱歩

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タグ長文 小説
江戸川乱歩の小説「日記帳」です。
今はあまり使われていない、漢字や読み方、表現などがありますが、原文のままです。
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1 pechi 6873 S++ 7.5 91.4% 227.7 1727 162 26 2024/09/26

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(ちょうどしょなのかのよるのことでした。)

ちょうど初七日の夜のことでした。

(わたしはしんだおとうとのしょさいにはいって、なにかとかれのかきのこしたものなどをとりだしては、)

私は死んだ弟の書斎に入って、何かと彼の書き残したものなどを取出しては、

(ひとりものおもいにふけっていました。)

ひとり物思いにふけっていました。

(まだ、さしてよるもふけていないのに、いえじゅうはなみだにしめって、)

まだ、さして夜もふけていないのに、家中は涙にしめって、

(しんとしずまりかえっています。そこへもってきてなんだかしんぱの)

しんと鎮まり返っています。そこへ持って来て何だか新派の

(おしばいめいていますけれど、とおくのほうからは、ものうりのよびごえなどが、)

お芝居めいていますけれど、遠くの方からは、物売りの呼声などが、

(さもかなしげなちょうしでひびいてくるのです。わたしはながいあいだわすれていた、おさない、)

さも悲しげな調子で響いてくるのです。私は長い間忘れていた、幼い、

(しみじみしたきもちになって、ふと、そこにあったおとうとのにっきちょうを)

しみじみした気持になって、ふと、そこにあった弟の日記帳を

(くりひろげてみました。)

繰り広げて見ました。

(このにっきちょうをみるにつけても、わたしは、おそらくこいもしらないでこのよをさった、)

この日記帳を見るにつけても、私は、恐らく恋も知らないでこの世を去った、

(はたちのおとうとをあわれにおもわないではいられません。)

はたちの弟をあわれに思わないではいられません。

(うちきもので、ともだちもすくなかったおとうとは、しぜんしょさいにひきこもっているじかんが)

内気物で、友達も少なかった弟は、自然書斎に引きこもっている時間が

(おおいのでした。ほそいぺんでこくめいにかかれたにっきちょうからだけでも、)

多いのでした。細いペンでこくめいに書かれた日記帳からだけでも、

(そうしたかれのせいしつはじゅうぶんうかがうことができます。)

そうした彼の性質は十分うかがうことが出来ます。

(そこには、じんせいにたいするうたがいだとか、しんこうにかんするはんもんだとか、)

そこには、人生に対する疑いだとか、信仰に関する煩悶だとか、

(かれのとしごろにはたれでもがけいけんするところの、いわゆるせいしゅんのなやみについて、)

彼の年頃にはたれでもが経験するところの、いわゆる青春の悩みについて、

(ようちではありますけれど、いかなるしんしなぶんしょうがかきつづってあるのです。)

幼稚ではありますけれど、如何なる真摯な文章が書きつづってあるのです。

(わたしはじぶんじしんのかこのすがたをながめるようなこころもちで、いちまいいちまいとぺいじをはぐって)

私は自分自身の過去の姿を眺めるような心持で、一枚一枚とペイジをはぐって

(いきました。それらのぺいじにはいたるところに、そこにかかれたぶんしょうのおくから)

行きました。それらのペイジには到る所に、そこに書かれた文章の奥から

(あのおとうとのはとのようなおくびょうらしいめが、じっとわたしのほうをみつめているのです。)

あの弟の鳩のような臆病らしい目が、じっと私の方を見つめているのです。

など

(そうして、さんがつここのかのところまでよんでいったときに、かんがいにしずんでいたわたしが、)

そうして、三月九日のところまで読んで行った時に、感慨に沈んでいた私が、

(おもわずかるいさけびごえをはっしたほども、わたしのめをひいたものがありました。)

思わず軽い叫声を発した程も、私の目をひいたものがありました。

(それは、じゅんけつなそのにっきのぶんしょうのなかに、はじめてぽっつりと、)

それは、純潔なその日記の文章の中に、初めてポッツリと、

(はなやかなおんなのなまえがあらわれたのです。そして「はっしんらん」といんさつしたばしょに)

はなやかな女の名前が現れたのです。そして「発信欄」と印刷した場所に

(「きたがわゆきえ(はがき)」とかかれた、そのゆきえさんは、わたしもよくしっている、)

「北川雪枝(葉書)」と書かれた、その雪枝さんは、私もよく知っている、

(わたしたちとはとおえんにあたるいえの、わかいうつくしいむすめだったのです。)

私達とは遠縁に当る家の、若い美しい娘だったのです。

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