日記帳5 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「日記帳」です。
今はあまり使われていない、漢字や読み方、表現などがありますが、原文のままです。
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問題文

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(わたしはもう、おとうとのしをいたむことなぞわすれてしまったかのように、そのなぞをとくのに)

私はもう、弟の死をいたむことなぞ忘れてしまったかの様に、その謎を解くのに

(むちゅうになりました。にっきもくりかえしよんでみました。そのほかのおとうとのかきものなぞも、)

夢中になりました。日記も繰返し読んで見ました。その他の弟の書ものなぞも、

(のこらずさがしだしてしらべました。しかし、そこには、こいのきろくらしいものは、)

残らず探し出して調べました。しかし、そこには、恋の記録らしいものは、

(なにひとつはっけんすることができないのです。かんがえみれば、)

何一つ発見することが出来ないのです。考えみれば、

(おとうとはひじょうなはにかみやだったうえに、このうえもなくようじんぶかいたちでしたから、)

弟は非常なはにかみ屋だった上に、この上もなく用心深いたちでしたから、

(いくらさがしたとて、そういうものがのこっているはずもないのでした。)

いくら探したとて、そういうものが残っているはずもないのでした。

(でも、わたしはよるのふけるのもわすれて、このどうかんがえてもとけそうにないなぞを)

でも、私は夜の更けるのも忘れて、このどう考えても解け相担いなぞを

(とくことにぼっとうしていました。ながいじかんでした。)

解くことに没頭していました。長い時間でした。

(やがて、しゅじゅさまざまなむだなほねおりのすえ、ふとわたしは、おとうとのはがきをだしたひづけに)

やがて、種々様々な無駄な骨折りの末、ふと私は、弟の葉書を出した日附に

(ふしんをいだきました。にっきのきろくによれば、それはつぎのようなじゅんじょなのです。)

不審を抱きました。日記の記録によれば、それは次のような順序なのです。

(さんがつ・・・・・・・ここのか、じゅうににち、じゅうごにち、にじゅうににち、)

三月・・・・・・・九日、十二日、十五日、二十二日、

(しがつ・・・・・・・いつか、にじゅうごにち、)

四月・・・・・・・五日、二十五日、

(ごがつ・・・・・・・じゅうごにち、にじゅういちにち、)

五月・・・・・・・十五日、二十一日、

(このひづけは、こいするもののしんりにはんしてはいないでしょうか、)

この日附は、恋するものの心理に反してはいないでしょうか、

(たとえこいぶみでなくとも、こいするひとへのぶんつうが、あとになるほどうとましく)

たとえ恋文でなくとも、恋する人への文通が、あとになる程うとましく

(なっているのは、どうやらへんではありますまいか。これをゆきえさんからの)

なっているのは、どうやら変ではありますまいか。これを雪枝さんからの

(はがきのひづけとたいしょうしてみますと、なおさらそのへんなことがめだちます。)

葉書の日附と対照してみますと、なお更その変なことが目立ます。

(さんがつ・・・・・・・とおか、じゅうさんにち、じゅうしちにち、にじゅうさんにち、)

三月・・・・・・・十日、十三日、十七日、二十三日、

(しがつ・・・・・・・むいか、じゅうよっか、じゅうはちにち、にじゅうろくにち、)

四月・・・・・・・六日、十四日、十八日、二十六日、

(ごがつ・・・・・・・みっか、じゅうしちにち、にじゅうごにち、)

五月・・・・・・・三日、十七日、二十五日、

など

(これをみると、ゆきえさんはおとうとのはがきにたいして(それらはみななんのいみもない)

これを見ると、雪枝さんは弟の葉書に対して(それらは皆何の意味もない

(ぶんめんではありましたけれど)それぞれへんじをだしているほかに、しがつのじゅうよっか、)

文面ではありましたけれど)それぞれ返事を出している外に、四月の十四日、

(じゅうはちにち、ごがつのみっかと、すくなくともこのさんかいだけは、かのじょのほうからせっきょくてきに)

十八日、五月の三日と、少くともこの三回丈けは、彼女の方から積極的に

(ぶんつうしているのですが、もしおとうとがかのじょをこいしていたとすれば、)

文通しているのですが、若し弟が彼女を恋していたとすれば、

(なぜこのさんかいのぶんつうにたいしてこたえることをおこたっていたのでしょう。)

なぜこの三回の文通に対して答えることを怠っていたのでしょう。

(それは、あのにっきちょうのもんくとかんがえあわせて、あまりにふしぜんではないでしょうか。)

それは、あの日記帳の文句と考え合せて、余りに不自然ではないでしょうか。

(にっきによれば、とうじおとうとはりょこうをしていたのでもなければ、あるいはまた、)

日記によれば、当時弟は旅行をしていたのでもなければ、あるいは又、

(ふでもれとれぬほどのびょうきをやっていたわけでもないのです。それからもひとつは、)

筆もれとれぬ程の病気をやっていた訳でもないのです。それからも一つは、

(ゆきえさんの、むいみなぶんめんだとはいえ、このひんぱんなぶんつうは、)

雪枝さんの、無意味な文面だとはいえ、この頻繁な文通は、

(あいてがわかいおとこであるだけに、おかしくかんがえればかんがえられぬこともありません。)

相手が若い男である丈けに、おかしく考えれば考えられぬこともありません。

(それが、そうほうともいいあせたように、ごがつにじゅうごにちいごはふっつりと)

それが、双方ともいい合せた様に、五月二十五日以後はふっつりと

(ぶんつうしなくなっているのは、いったいどうしたわけなのでしょう。)

文通しなくなっているのは、一体どうした訳なのでしょう。

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