「モノグラム」1 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(わたしが、わたしのつとめていたあるこうじょうのろうしゅえい(といっても、まだごじゅっさいには)

私が、私の勤めていたある工場の老守衛(といっても、まだ五十歳には

(まのあるおとこなのですが、なんとなくろうじんみたいなかんじがするのです))

間のある男なのですが、何となく老人みたいな感じがするのです)

(くりはらさんとこころやすくなってまもなく、おそらくこれはくりはらさんのとっておきの)

栗原さんと心安くなって間もなく、恐らくこれは栗原さんの取って置きの

(はなしのたねで、かれはだれにでも、そうしたうちあけばなしをしてもさしつかえのないあいだがらになると、)

話の種で、彼は誰にでも、そうした打開け話をしても差支のない間柄になると、

(まちかねたように、それをもちだすのでありましょうが、わたしもあるばんのこと、しゅえいしつの)

待兼ねた様に、それを持出すのでありましょうが、私もある晩のこと、守衛室の

(すとーぶをかこんで、そのくりはらさんのみょうなたいけんだんをきかされたのです。)

ストーブを囲んで、その栗原さんの妙な体験談を聞かされたのです。

(くりはらさんははなしじょうずなうえに、なかなかしょうせつかでもあるらしく、このこばなしめいた)

栗原さんは話上手な上に、なかなか小説家でもあるらしく、この小噺めいた

(けいけんだんにも、どうやらさくいのあとがみえぬではありませんが、それならそれとして)

経験談にも、どうやら作為の跡が見えぬではありませんが、それならそれとして

(やっぱりすてがたいあじがあり、そうしたしゅるいのうちあけばなしとしては、わたしはいまだに)

やっぱり捨て難い味があり、そうした種類の打開け話としては、私は未だに

(わすれることのできないもののひとつなのです。くりはらさんのはなしっぷりをまねて、)

忘れることの出来ないものの一つなのです。栗原さんの話っぷりを真似て、

(つぎにそれをかいてみることにいたしましょうか。)

次にそれを書いて見ることに致しましょうか。

(いやはや、おとしばなしみたいなおはなしなんですよ。でも、さきにそれをいって)

いやはや、落としばなしみたいなお話なんですよ。でも、先にそれを云って

(しまっちゃおなぐさみがうすい。まああたりまえの、えー、おのろけのつもりで)

了っちゃ御慰みが薄い。まあ当り前の、エー、お惚気のつもりで

(きいてくださいよ。わたしがしじゅうのこえをきいてまもなく、しごねんあとのことなんです。)

聞いて下さいよ。私が四十の声を聞いて間もなく、四五年あとのことなんです。

(いつもおはなしするとおり、わたしはこれでそうとうのきょういくはうけながら、みょうにものごとに)

いつもお話する通り、私はこれで相当の教育は受けながら、妙に物事に

(あきっぽいたちだものですから、なにかのしょくぎょうについても、たいていいちねんとは)

飽きっぽいたちだものですから、何かの職業に就いても、大抵一年とは

(もたない。つぎからつぎとしょうばいがえをして、とうとうこんなものにおちぶれてしまった)

もたない。次から次と商売替えをして、到頭こんなものに落ちぶれて了った

(わけなんですが、そのときもやっぱり、ひとつのしょくぎょうをよして、つぎのしょくぎょうを)

訳なんですが、その時もやっぱり、一つの職業を止して、次の職業を

(めっけるあいだの、つまりしつぎょうじだいだったのですね。ごしょうちのこのとしになって)

めっける間の、つまり失業時代だったのですね。御承知のこの年になって

(こどもはなし、ひすてりーのかないとせまいうちにさしむかいじゃやりきれませんや。)

子供はなし、ヒステリーの家内と狭い家に差し向いじゃやりきれませんや。

など

(わたしはよくあさくさこうえんへでかけて、しょざいのないじかんをつぶしたものです。)

私はよく浅草公園へ出掛けて、所在のない時間をつぶしたものです。

(いますね、あすこには。こうえんといってもろっくのみせものごやのほうでなく、)

いますね、あすこには。公園といっても六区の見世物小屋の方でなく、

(いけからみなみのはやしになった、きょうどうべんちのたくさんならんでいるほうですよ。あのふううに)

池から南の林になった、共同ベンチの沢山並んでいる方ですよ。あの風雨に

(さらされて、ぺんきがはげ、しろっぽくなったべんちに、またはすていしや)

さらされて、ペンキがはげ、白っぽくなったベンチに、又は捨て石や

(きのかぶなどに、ちょうどそれらのふさわしく、うきよのあめかぜにせめさいなまれて、)

木の株などに、丁度それらのふさわしく、浮世の雨風に責めさいなまれて、

(きのぬけたようなれんちゅうが、すきまもなく、こう、しあんにくれたというかっこうで)

木の抜けた様な連中が、すき間もなく、こう、思案に暮れたという格好で

(こしをかけていますね。じぶんもそのひとりとして、あのこうけいをみていますと、)

腰をかけていますね。自分もその一人として、あの光景を見ていますと、

(あなたがたにはおわかりにならないでしょうが、まあなんともいえない、)

あなた方にはお分りにならないでしょうが、まあ何とも云えない、

(ものがなしいきもちになるものですよ。)

物悲しい気持になるものですよ。

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