「モノグラム」5 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(こんなふうにおはなしすると、なんだかくどいようですけれど、そのときはおたがいに)

こんな風にお話すると、何だかくどい様ですけれど、その時はお互に

(なかなかきんちょうしていて、なんねんからなんねんまでどこにいて、なんねんのなんがつには)

なかなか緊張していて、何年から何年までどこにいて、何年の何月には

(どこそこへりょこうしたと、こまかいことまでおもいだし、くらべあってみても、)

どこそこへ旅行したと、細かいことまで思出し、比べ合って見ても、

(ひとつもそれがぶつからない。たまにおなじちほうへりょこうしているかとおもうと、)

一つもそれがぶつからない。たまに同じ地方へ旅行しているかと思うと、

(まるでねんだいがちがったりするのです。さあそうなると、ふしぎでしようが)

まるで年代が違ったりするのです。さあそうなると、不思議で仕様が

(ないのですね。ひとちがいではないかといってもあいては、こんなによくにたひとが)

ないのですね。人違いではないかと云っても相手は、こんなによく似たひとが

(ふたりいるとはかんがえられぬとしゅちょうしますし、それがいっぽうだけならまだしも、)

二人いるとは考えられぬと主張しますし、それが一方丈けならまだしも、

(わたしのほうでも、みおぼえがあるようなきがするのですから、いちがいにひとちがいと)

私の方でも、見覚えがある様な気がするのですから、一概に人違いと

(いいきるわけにもいきません。はなせばはなすほど、あいてがむかしなじみのようにおもえ、)

云い切る訳にも行きません。話せば話す程、相手が昔馴染の様に思え、

(それにもかかわらず、どこであったかはいよいよわからなくなる。あなたにはこんな)

それにも拘らず、どこで逢ったかは愈々分らなくなる。あなたにはこんな

(ごけいけんはありませんか、じっさいへんてこなきもちのものですよ。しんぴてき、そうです。)

御経験はありませんか、実際変てこな気持のものですよ。神秘的、そうです。

(なんだかしんぴてきなかんじなんです。ひまつぶしや、たいくつをまぎらすためばかりでは)

何だか神秘的な感じなんです。ひまつぶしや、退屈をまぎらす為ばかりでは

(なく、そういうふうにぎもんがぜんそうてきにたかまってくると、しつようにどこまでも)

なく、そういう風に疑問が漸層的に高まって来ると、執拗にどこまでも

(しらべてみたくなるのがにんじょうでしょうね。)

検べて見たくなるのが人情でしょうね。

(が、けっきょくわからないのです。たしょうあせりぎみで、おもいだそうとすればするほど、)

が、結局分らないのです。多少あせり気味で、思い出そうとすればする程、

(あたまがこんらんして、ふたりがいぜんからしりあいであることは、わかりすぎるほど)

頭が混乱して、二人が以前から知合いであることは、分り過ぎる程

(わかっているではないか、なんておもわれてきたりするのです。でも、いくら)

分っているではないか、なんて思われて来たりするのです。でも、いくら

(はなしてみても、ようりょうをえないので、わたしたちはまたまたわらいだすほかはないのでした。)

話して見ても、要領を得ないので、私達は又々笑い出す外はないのでした。

(しかしようりょうはえないながらも、そうしてはなしこんでいるうちに、おたがいにこういをかんじ、)

併し要領は得ないながらも、そうして話し込んでいる内に、お互に好意を感じ、

(いぜんはいざしらず、すくなくともそのばからはわすれがたいなじみになってしまった)

以前はいざ知らず、少くともその場からは忘れ難い馴染みになって了った

など

(わけです。それからたなかのおごりで、いけのそばのきっさてんにはいり、おちゃをのみながら、)

訳です。それから田中のおごりで、池の側の喫茶店に入り、お茶をのみながら、

(そこでもしばらくわたしたちのきえんをかたりあったあと、そのひはなにごともなくわかれました。)

そこでも暫く私達の奇縁を語り合った後、その日は何事もなく分れました。

(そしてわかれるときには、おたがいのじゅうしょをしらせ、ちとおあそびにといいかわすほどの)

そして分れる時には、お互の住所を知らせ、ちとお遊びにと云い交す程の

(あいだがらになっていたのです。)

間柄になっていたのです。

(それが、これっきりですんでしまえば、べつだんおはなしするほどのことはないのですが、)

それが、これっきりで済んで了えば、別段お話する程のことはないのですが、

(それからしごにちたって、みょうなことがわかったのです。たなかとわたしとは、)

それから四五日たって、妙なことが分ったのです。田中と私とは、

(やっぱりあるしゅのつながりをもっていたことがわかったのです。はじめにいった)

やっぱりある種のつながりを持っていたことが分ったのです。始めに云った

(わたしのおのろけというのはこれからなんですよ。(くりはらさんはここでちょっとわらって)

私のお惚気というのはこれからなんですよ。(栗原さんはここで一寸笑って

(みせるのです)たなかのほうでは、これはあてのあるしゅうしょくうんどうにいそがしいとみえて、)

見せるのです)田中の方では、これは当てのある就職運動に忙しいと見えて、

(いっこうたずねてきませんでしたが、わたしはれいによってじかんつぶしにこまっていた)

一向訪ねて来ませんでしたが、私は例によって時間つぶしに困っていた

(ものですから、あるひ、ふとおもいついて、かれのとまっているうえのこうえんうらの)

ものですから、ある日、ふと思いついて、彼の泊まっている上野公園裏の

(げしゅくやでをほうもんしたのです。もうゆうがたで、かれはちょうどがいしゅつからかえったところでしたが、)

下宿屋でを訪問したのです。もう夕方で、彼は丁度外出から帰った所でしたが、

(わたしのかおをみると、まっていたといわぬばかりに、いきなり「わかりました、)

私の顔を見ると、待っていたと云わぬばかりに、いきなり「分りました、

(わかりました」とさけぶのです。)

分りました」と叫ぶのです。

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