「野分」夏目漱石 3
読み仮名がない部分は予想でルビを振っているので間違っている可能性があります。
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問題文
(みんなちってしまった」「だってまいとしねんしじょうをおよこしになるあだちさんなんか)
みんな散ってしまった」「だって毎年年始状を御寄こしになる足立さんなんか
(とうきょうでりっぱにしていらっしゃるじゃありませんか」「あだちか、うん、だいがくきょうじゅ)
東京で立派にしていらっしゃるじゃありませんか」「足立か、うん、大学教授
(だね」「そう、あなたのようにたかくばかりかまえていらっしゃるからひとにきらわれる)
だね」「そう、あなたのように高くばかり構えていらっしゃるから人に嫌われる
(んですよ。だいがくきょうじゅだねって、だいがくのせんせいになりゃけっこうじゃありませんか」)
んですよ。大学教授だねって、大学の先生になりゃ結構じゃありませんか」
(「そうかね。じゃあだちのところへでもいってたのんでみようよ。しかしかねさえとれれば)
「そうかね。じゃ足立の所へでも行って頼んで見ようよ。しかし金さえ取れれば
(かならずあだちのところへいくひつようはなかろう」「あら、まだあんなことをいって)
必ず足立の所へ行く必要はなかろう」「あら、まだあんな事を云って
(いらっしゃる。あなたはよっぽどごうじょうね」「うん、おれはよっぽどごうじょうだよ」)
いらっしゃる。あなたはよっぽど強情ね」「うん、おれはよっぽど強情だよ」
(ごにせまるあきのひは、いただくぼうをとおしてずがいこつのなかさえほがらかならしめたかの)
二 午に逼る秋の日は、頂く帽を透して頭蓋骨のなかさえ朗かならしめたかの
(かんがある。こうえんのろはだいはそのろはだいたるのゆえをもってことごとくろはてきに)
感がある。公園のロハ台はそのロハ台たるの故をもってことごとくロハ的に
(せんりょうされてしまった。たかやなぎくんは、どこぞあいたところはあるまいかと、さっきから)
占領されてしまった。高柳君は、どこぞ空いた所はあるまいかと、さっきから
(ちょうどみたびひびやをじゅんかいした。みたびじゅんかいしていっきゃくのこしかけもおもうようにわれを)
ちょうど三度日比谷を巡回した。三度巡回して一脚の腰掛も思うように我を
(むかえないのをはっけんしたとき、おもそうなあしをせいもんのかたへむけた。するとはんたいの)
迎えないのを発見した時、重そうな足を正門のかたへ向けた。すると反対の
(かたからどうねんぱいのせいねんがはやあしにはいってきて、やあとこえをかけた。「やあ」)
方から同年輩の青年が早足に這入って来て、やあと声を掛けた。「やあ」
(とたかやなぎくんもおなじようなあいさつをした。「どこへいったんだい」とせいねんがきく。)
と高柳君も同じような挨拶をした。「どこへ行ったんだい」と青年が聞く。
(「いまぐるぐるまわって、やすもうとおもったが、どこもあいていない。だめだ、ただで)
「今ぐるぐる巡って、休もうと思ったが、どこも空いていない。駄目だ、ただで
(かけられるところはみんなひとがさきへかけている。なかなかぬけめはないもんだな」)
掛けられる所はみんな人が先へかけている。なかなか抜目はないもんだな」
(「てんきがいいせいだよ。なるほどずいぶんじんがでているね。ーーおい、あのもうそうやぶを)
「天気がいいせいだよ。なるほど随分人が出ているね。ーーおい、あの孟宗藪を
(まわってふんすいのほうへいくひとをみたまえ」「どれ。あのおんなか。きみのしってるひとかね」)
回って噴水の方へ行く人を見たまえ」「どれ。あの女か。君の知ってる人かね」
(「しるものか」「それじゃなんでみるひつようがあるのだい」「あのきもののいろさ」)
「知るものか」「それじゃ何で見る必要があるのだい」「あの着物の色さ」
(「なんだかりっぱなものをきているじゃないか」「あのいろをたけやぶのそばへもっていくと)
「何だか立派なものを着ているじゃないか」「あの色を竹藪の傍へ持って行くと
(ひじょうにあざやかにみえる。あれは、こういうとうめいなあきのひにてらしてみないと)
非常にあざやかに見える。あれは、こう云う透明な秋の日に照らして見ないと
(ひきたたないんだ」「そうかな」「そうかなって、きみそうかんじないか」「べつに)
引き立たないんだ」「そうかな」「そうかなって、君そう感じないか」「別に
(かんじない。しかしきれいはきれいだ」「ただきれいだけじゃかわいそうだ。きみはこれから)
感じない。しかし奇麗は奇麗だ」「ただ奇麗だけじゃ可哀想だ。君はこれから
(さっかになるんだろう」「そうさ」「それじゃもうすこしかんじがえいびんでなくっちゃ)
作家になるんだろう」「そうさ」「それじゃもう少し感じが鋭敏でなくっちゃ
(だめだぜ」「なに、あんなほうはにぶくってもいいんだ。ほかにえいびんなところが)
駄目だぜ」「なに、あんな方は鈍くってもいいんだ。ほかに鋭敏なところが
(たくさんあるんだから」「ははははそうじしんがあればけっこうだ。ときにきみせっかく)
沢山あるんだから」「ハハハハそう自信があれば結構だ。時に君せっかく
(あったものだから、もういっぺんあるこうじゃないか」「あるくのは、まっぴらだ。)
逢ったものだから、もう一遍あるこうじゃないか」「あるくのは、真平だ。
(これからすぐでんしゃへのってかえらないとひるめしをくいそこなう」「そのひるめしを)
これからすぐ電車へ乗って帰えらないと午食を食い損なう」「その午食を
(おごろうじゃないか」「うん、またこんどにしよう」「なぜ?いやかい」)
奢ろうじゃないか」「うん、また今度にしよう」「なぜ? いやかい」
(「いやじゃないーーいやじゃないが、しじゅうごちそうにばかりなるから」「ははは)
「厭じゃない厭じゃないが、始終御馳走にばかりなるから」「ハハハ
(えんりょか。まあきたまえ」とせいねんはいやおうなしにたかやなぎくんをこうえんのまんなかのせいようりょうりやへ)
遠慮か。まあ来たまえ」と青年は否応なしに高柳君を公園の真中の西洋料理屋へ
(ひっぱりこんで、ちょうぼうのいいにかいへじんをとる。)
引っ張り込んで、眺望のいい二階へ陣を取る。
(ちゅうもんのくるあいだ、たかやなぎくんはあおいかおへりょうてでつっかいぼうをして、さもつかれたと)
注文の来る間、高柳君は蒼い顔へ両手で突っかい棒をして、さもつかれたと
(いうふうにおうらいをみている。せいねんはひとりで「ふんだいぶひろいな」「なかなかはんじょう)
云う風に往来を見ている。青年は独りで「ふんだいぶ広いな」「なかなか繁昌
(するとみえる」「なんだ、みょうなところへすがたみのこうこくなどをだして」などとはんぶんくちの)
すると見える」「なんだ、妙な所へ姿見の広告などを出して」などと半分口の
(うちでいうかとおもったら、やがてずぼんのかくしへてをいれて「や、しまった。)
うちで云うかと思ったら、やがて洋袴の隠袋へ手を入れて「や、しまった。
(たばこをかってくるのをわすれた」とおおきなこえをだした。「たばこなら、ここに)
煙草を買ってくるのを忘れた」と大きな声を出した。「煙草なら、ここに
(あるよ」とたかやなぎくんは「しきしま」のふくろをしろいたくふのうえへほうりだす。)
あるよ」と高柳君は「敷島」の袋を白い卓布の上へ抛り出す。
(ところへげじょがおあつらえをもってくる。たばこにひをつけるまはなかった。)
ところへ下女が御誂を持ってくる。煙草に火を点ける間はなかった。
(「これはたるびーるだね。おいきみたるびーるのしゅくはいをひとつあげようじゃないか」とせいねんは)
「これは樽麦酒だね。おい君樽麦酒の祝杯を一つ挙げようじゃないか」と青年は
(こはくいろのそこからわきあがるあわをぐいとのむ。「なんのしゅくはいをあげるのだい」と)
琥珀色の底から湧き上がる泡をぐいと飲む。「何の祝杯を挙げるのだい」と
(たかやなぎくんはひとくちのみながらせいねんにきいた。「そつぎょういわいさ」「いまごろそつぎょういわいか」と)
高柳君は一口飲みながら青年に聞いた。「卒業祝いさ」「今頃卒業祝いか」と
(たかやなぎくんはてのついたこっぷをしたへおろしてしまった。「そつぎょうはしょうがいにたったいちど)
高柳君は手のついた洋盃を下へおろしてしまった。「卒業は生涯にたった一度
(しかないんだから、いつまでいわってもいいさ」「たったいちどしかないんだから)
しかないんだから、いつまで祝ってもいいさ」「たった一度しかないんだから
(いわわないでもいいくらいだ」「ぼくとまるではんたいだね。ーーねえさん、このふらいは)
祝わないでもいいくらいだ」「僕とまるで反対だね。ーー姉さん、このフライは
(なんだい。え?さけか。ここんとこへきみ、このおれんじのつゆをかけてみたまえ」と)
何だい。え? 鮭か。ここん所へ君、このオレンジの露をかけて見たまえ」と
(せいねんはひとさしゆびとおやゆびのあいだからちゅうときいろいしるをさけのころものうえへおとす。にわのおもてに)
青年は人指指と親指の間からちゅうと黄色い汁を鮭の衣の上へ落す。庭の面に
(はらはらとふるしぐれのごとく、すぐあぶらのなかへすいこまれてしまった。「なるほど)
はらはらと降る時雨のごとく、すぐ油の中へ吸い込まれてしまった。「なるほど
(そうしてくうものか。ぼくはそうしょくについてるのかとおもった」)
そうして食うものか。僕は装飾についてるのかと思った」
(すがたみのさっぽろびーるのこうこくのもとに、おおきくなってかまえていたふたりのおとこが、このとき)
姿見の札幌麦酒の広告の本に、大きくなって構えていた二人の男が、この時
(きゅうにおおきなわれるようなこえをだしてわらいはじめた。たかやなぎくんはおれんじをつまんだ)
急に大きな破れるような声を出して笑い始めた。高柳君はオレンジをつまんだ
(まま、いやなかおをしてふたりをみる。ふたりはいっこうかまわない。「いやいくよ。)
まま、厭な顔をして二人を見る。二人はいっこう構わない。「いや行くよ。
(いつでもいくよ。えへへへへ。こんやいこう。あんまりきがはやい。ははははは」)
いつでも行くよ。エヘヘヘヘ。今夜行こう。あんまり気が早い。ハハハハハ」
(「えへへへへ。いえね、じつはね、こんやあたりきみをさそってくりだそうとおもって)
「エヘヘヘヘ。いえね、実はね、今夜あたり君を誘って繰り出そうと思って
(いたんだ。え?はははは。なにそれほどでもない。はははは。そられいのが、)
いたんだ。え? ハハハハ。なにそれほどでもない。ハハハハ。そら例のが、
(あれでしょう。だから、どうにもこうにもやりきれないのさ。えへへへへ、)
あれでしょう。だから、どうにもこうにもやり切れないのさ。エヘヘヘヘ、
(あはははははは」)
アハハハハハハ」
(どなべのそこのようなあかいかおがこうこくのすがたみにうつってくずれたり、かたまったり、)
土鍋の底のような赭い顔が広告の姿見に写って崩れたり、かたまったり、
(のびたりちぢんだり、ぼうじゃくぶじんにどうようしている。たかやなぎくんはいっしゅいようないやなめつきを)
伸びたり縮んだり、傍若無人に動揺している。高柳君は一種異様な厭な眼つきを
(てんじて、あいてのせいねんをみた。「しょうにんだよ」とせいねんがこごえにいう。「じつぎょうかかな」)
転じて、相手の青年を見た。「商人だよ」と青年が小声に云う。「実業家かな」
(とたかやなぎくんもこごえにこたえながら、とうとうおれんじをしぼるのをやめてしまった。)
と高柳君も小声に答えながら、とうとうオレンジを絞るのをやめてしまった。
(どなべのそこは、やがてかんじょうをはらって、ついでにげじょにからかって、にかいを)
土鍋の底は、やがて勘定を払って、ついでに下女にからかって、二階を
(かいきったようなおおきなこえをだして、そうしてでていった。「おいなかのくん」)
買い切ったような大きな声を出して、そうして出て行った。「おい中野君」
(「むむ?」とせいねんはとりのにくをくちいっぱいほおばっている。「あのれんちゅうはよのなかを)
「むむ?」と青年は鳥の肉を口いっぱい頬張っている。「あの連中は世の中を
(なんとおもってるだろう」「なんともおもうものかね。ただああやってくらしている)
何と思ってるだろう」「何とも思うものかね。ただああやって暮らしている
(のさ」「うらやましいな。どうかしてーーどうもいかんな」「あんなものが)
のさ」「羨やましいな。どうかしてーーどうもいかんな」「あんなものが
(うらやましくっちゃたいへんだ。そんなかんがえだからそつぎょういわいにどういしないんだろう。さあもう)
羨しくっちゃ大変だ。そんな考だから卒業祝に同意しないんだろう。さあもう
(いっぱいけいきよくのんだ」「あのひとがうらやましいのじゃないが、ああいうふうによゆうが)
一杯景気よく飲んだ」「あの人が羨ましいのじゃないが、ああ云う風に余裕が
(あるようなみぶんがうらやましい。いくらそつぎょうしたってこうほんめいにつかれちゃ、すこしも)
あるような身分が羨ましい。いくら卒業したってこう奔命に疲れちゃ、少しも
(そつぎょうのありがたみはない」「そうかなあ、ぼくなんざうれしくってたまらない)
卒業のありがた味はない」「そうかなあ、僕なんざ嬉しくってたまらない
(がなあ。われわれのせいめいはこれからだぜ。いまからそんなこころぼそいことをいっちゃあ)
がなあ。我々の生命はこれからだぜ。今からそんな心細い事を云っちゃあ
(しようがない」「われわれのせいめいはこれからだのに、これからさきがおぼつかないからいやに)
しようがない」「我々の生命はこれからだのに、これから先が覚束ないから厭に
(なってしまうのさ」「なぜ?なにもそうひかんするひつようはないじゃないか、おおいに)
なってしまうのさ」「なぜ? 何もそう悲観する必要はないじゃないか、大に
(やるさ。ぼくもやるきだ、いっしょにやろう。おおいにせいようりょうりでもくってーーそら)
やるさ。僕もやる気だ、いっしょにやろう。大に西洋料理でも食ってーーそら
(びすてきがきた。これでおしまいだよ。きみびすてきのなまやきはしょうかがいいって)
ビステキが来た。これでおしまいだよ。君ビステキの生焼は消化がいいって
(いうぜ。こいつはどうかな」となかのくんはないふをふるってあつぎりのいっぺんをまんなかから)
云うぜ。こいつはどうかな」と中野君は洋刀を揮って厚切の一片を中央から
(せつだんした。「なあるほど、あかい。あかいよきみ、みたまえ。ちがでるよ」)
切断した。「なあるほど、赤い。赤いよ君、見たまえ。血が出るよ」
(たかやなぎくんはなんにもこたえずにむしゃむしゃあかいびすてきをくいはじめた。いくら)
高柳君は何にも答えずにむしゃむしゃ赤いビステキを食い始めた。いくら
(あかくてもけっしてしょうかがよさそうにはおもえなかった。)
赤くてもけっして消化がよさそうには思えなかった。
(ひとにわがふへいをうったえんとするとき、わがふへいがてっていせぬうち、せんぽうから)
人にわが不平を訴えんとするとき、わが不平が徹底せぬうち、先方から
(ちゅうとはんぱないしゃをあたえらるるのはこころよくないものだ。わがふへいがつうじたのか、)
中途半把な慰藉を与えらるるのは快よくないものだ。わが不平が通じたのか、
(つうじないのか、ほんとうにきのどくがるのか、おせじにきのどくがるのかわからない。)
通じないのか、本当に気の毒がるのか、御世辞に気の毒がるのか分らない。
(たかやなぎくんはびすてきのあかさかげんをながめながら、あいてはなぜこうかんじょうがそだいだろうと)
高柳君はビステキの赤さ加減を眺めながら、相手はなぜこう感情が粗大だろうと
(おもった。もうすこしきりこみたいというやさきへもってきて、ざああとみずをかける)
思った。もう少し切り込みたいと云う矢先へ持って来て、ざああと水を懸ける
(のがなかのくんのれいである。ふしんせつなひと、れいたんなひとならばはじめからそれそうおうのよういを)
のが中野君の例である。不親切な人、冷淡な人ならば始めからそれ相応の用意を
(してかかるから、いくらつめたくてもおどろくきづかいはない。なかのくんがかようなひとで)
してかかるから、いくら冷たくても驚ろく気遣はない。中野君がかような人で
(あったなら、でばなをはたかれてもさほどにくやしくはなかったろう。しかし)
あったなら、出鼻をはたかれてもさほどに口惜しくはなかったろう。しかし
(たかやなぎくんのめにえいずるなかのきいちはうつくしい、かしこい、よくにんじょうをかいしてじりをわきまえた)
高柳君の眼に映ずる中野輝一は美しい、賢こい、よく人情を解して事理を弁えた
(しゅうさいである。このしゅうさいがおりおりこのくせをだすのはかいしにくい。)
秀才である。この秀才が折々この癖を出すのは解しにくい。
(かれらはおなじこうとうがっこうの、おなじきしゅくしゃの、おなじまどにつくえをならべてせいかつして、おなじ)
彼らは同じ高等学校の、同じ寄宿舎の、同じ窓に机を並べて生活して、同じ
(ぶんかにおなじきょうじゅのこうぎをきいて、おなじとしのこのなつにおなじくがっこうをそつぎょうした)
文科に同じ教授の講義を聴いて、同じ年のこの夏に同じく学校を卒業した
(のである。おなじとしにそつぎょうしたものはりょうてのゆびをにさんどくっするほどいる。しかし)
のである。同じ年に卒業したものは両手の指を二三度屈するほどいる。しかし
(このふたりぐらいしたしいものはなかった。)
この二人ぐらい親しいものはなかった。
(たかやなぎくんはくちかずをきかぬ、ひとまじわりをせぬ、えんせいかのひにくやといわれたおとこである。)
高柳君は口数をきかぬ、人交をせぬ、厭世家の皮肉屋と云われた男である。
(なかのくんはおうような、えんまんな、しゅみにとんだしゅうさいである。このふたりがそつぜんとこうを)
中野君は鷹揚な、円満な、趣味に富んだ秀才である。この両人が卒然と交を
(ていしてから、はためにもふしんとおもわれるくらいじっこんなあいだがらとなった。うんめいは)
訂してから、傍目にも不審と思われるくらい昵懇な間柄となった。運命は
(おおしまのおもてとちちぶのうらとをぬいあわせる。)
大島の表と秩父の裏とを縫い合せる。