「モノグラム」6 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(「れいのことね。すっかりわかりましたよ。ゆうべです。ゆうべとこのなかでね、はっと)

「例のことね。すっかり分りましたよ。昨夜です。昨夜床の中でね、ハッと

(きがついたのです。どうもすみません。やっぱりわたしのおもいちがいでした。)

気がついたのです。どうも済みません。やっぱり私の思い違いでした。

(いちどもおあいしたことはないのです。しかし、おあいはしていないけれど、)

一度も御逢いしたことはないのです。併し、御逢いはしていないけれど、

(まんざらごえんがなくはないのですよ。あなたはもしや、きたがわすみこというおんなを)

満更御縁がなくはないのですよ。あなたはもしや、北川すみ子という女を

(ごぞんじじゃないでしょうか」やぶからぼうのしつもんでちょっとおどろきましたが、きたがわすみこと)

ご存知じゃないでしょうか」薮から棒の質問で一寸驚きましたが、北川すみ子と

(いうなをきくと、とおいとおいむかしの、はなやかなかぜが、そよそよとふいてくるような)

いう名を聞くと、遠い遠い昔の、華やかな風が、そよそよと吹いて来る様な

(かんじで、すうじつらいのふしぎななぞが、いくらかはとけたきがしました。)

感じで、数日来の不思議な謎が、いくらかは解けた気がしました。

(「しってます。でも、ずいぶんふるいことですよ。じゅうしごねんもまえでしょうか、)

「知ってます。でも、随分古いことですよ。一四五年も前でしょうか、

(わたしのがくせいじだいなんですから」というのは、いつかもおはなししましたとおり、)

私の学生時代なんですから」というのは、いつかもお話ししました通り、

(わたしはがっこうにいたじぶんは、これでなかなかこうさいかでして、おんなのともだちなども)

私は学校にいた時分は、これでなかなか交際家でして、女の友達なども

(いくらかあったのですが、きたがわすみこというのはそのうちのひとりで、とくべつに)

いくらかあったのですが、北川すみ子というのはその内の一人で、特別に

(わたしのきおくにのこっているじょせいなのです。ばつばつじょがっこうにかよっていましたがね。)

私の記憶に残っている女性なのです。××女学校に通っていましたがね。

(うつくしいひとで、われわれのなかまのかるたかいなんかでは、いつでもだいいちのにんきもの、)

美しい人で、我々の仲間の歌留多会なんかでは、いつでも第一の人気者、

(というよりはくぃーんですね、びじんなかわりにはどことなくけんがあり、)

というよりはクィーンですね、美人な代りにはどことなく険があり、

(こうちかよりがたいかんじのおんなでした。そのおんなにね(くりはらさんはちょっといいしぶって、)

こう近寄り難い感じの女でした。その女にね(栗原さんは一寸云い渋って、

(あたまをかくのです)じつはわたしはほれていたのですよ。しかもそれが、はずかしながら)

頭をかくのです)実は私は惚れていたのですよ。しかもそれが、恥しながら

(かたおもいというわけなんです。そして、わたしがけっこんしたのは、やっぱりおなじじょがっこうを)

片思いという訳なんです。そして、私が結婚したのは、やっぱり同じ女学校を

(でた、なかまではだいにりゅうのびじん、いやいまじゃびじんどころか、てにおえない)

出た、仲間では第二流の美人、イヤ今じゃ美人どころか、手におえない

(ひすてりぃかんじゃですが、とうじはまあまあじゅうにんなみだったごしょうちのみそのなんです。)

ヒステリィ患者ですが、当時はまあまあ十人並だったご承知の御園なんです。

(てごろなところでがまんしちまったわけですね。つまり、きたがわすみこというおんなは、)

手頃な所で我慢しちまった訳ですね。つまり、北川すみ子という女は、

など

(わたしのむかしのこいびとであり、かないにとってはがっこうともだちであったのです。)

私の昔の恋人であり、家内にとっては学校友達であったのです。

(しかしそのすみこを、みえけんじんのたなかがどうしてしっていたのか、)

併しそのすみ子を、三重県人の田中がどうして知っていたのか、

(またそれだからといって、なぜわたしのかおをみおぼえていたか、どうもふにおちない)

またそれだからといって、何故私の顔を見覚えていたか、どうも腑に落ちない

(のですね。そこでだんだんききただしてみますと、じつにいがいなことがわかってきました。)

のですね。そこで段々聞訊して見ますと、実に意外なことが分って来ました。

(たなかがいうには、ちょうどそのまえのばんに、ねどこのなかではっとあることをおもいだした)

田中が云うには、丁度その前の晩に、寝床の中でハッとある事を思い出した

(のだそうです。どういうわけでわたしをみおぼえていたかについてですね。で、すっかり)

のだ相です。どういう訳で私を見覚えていたかについてですね。で、すっかり

(ぎもんがとけてしまったので、さっそくそのことをわたしにしらせようとおもったのだけれど、)

疑問が解けて了ったので、早速そのことを私に知らせようと思ったのだけれど、

(あいにく、そのひは(つまりわたしがかれをほうもんしたひですね)しゅうしょくのことで)

あいにく、その日は(つまり私が彼を訪問した日ですね)就職のことで

(せんやくがあったために、わたしのところへくることができなかったというのです。)

先約があった為に、私の所へ来ることが出来なかったというのです。

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