「モノグラム」11(終) 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(「まあ、きたがわさんのしゃしんじゃありませんか。どうしてこんなものがあったの。)

「まあ、北川さんの写真じゃありませんか。どうしてこんなものがあったの。

(それに、まあめずらしいかいちゅうかがみ、ずいぶんふるいものですわね。)

それに、まあ珍しい懐中鏡、随分古いものですわね。

(わたしのこうりからでてきたのですか、もうずっとまえになくしてしまったとば)

私の行李から出て来たのですか、もうずっと前になくして了ったと

(ばかりおもっていましたのに」それをききますと、わたしはなんだかへんだなとは)

ばかり思っていましたのに」それを聞きますと、私は何だか変だなとは

(おもいましたが、まだよくわからないで、ぼんやりして、そこにつったって)

思いましたが、まだよく分らないで、ぼんやりして、そこにつっ立って

(おりました。かないはさもなつかしそうにかいちゅうかがみをもてあそびながら、)

居りました。家内はさも懐し相に懐中鏡を弄びながら、

(「あたしが、このくみあわせもじのししゅうをおいたのは、がっこうにかよっているころですわ、)

「あたしが、この組合せ文字の刺繍を置いたのは、学校に通っている頃ですわ、

(あなた、これがわかって」そういって、さんじゅっさいのかないがみょうにいろっぽくなるのですよ)

あなた、これが分って」そういって、三十歳の家内が妙に色っぽくなるのですよ

(「いちぞうのiでしょう。そののsでしょう。まだあなたといっしょにならないまえ、)

「一造のIでしょう。園のSでしょう。まだあなたと一緒にならないまえ、

(おたがいのこころがかわらないおまじないに、これぬったのですわ。わかって。)

お互の心が変らないおまじないに、これ縫ったのですわ。分って。

(どうしたのでしょうね。がっこうのしゅうがくりょこうでにっこうにいったとき、とちゅうでぬすまれて)

どうしたのでしょうね。学校の修学旅行で日光に行った時、途中で盗まれて

(しまったつもりでいたのに」というわけです。おわかりでしょう。つまりそのかいちゅうかがみは)

了ったつもりでいたのに」という訳です。お分りでしょう。つまりその懐中鏡は

(わたしがあまくもしんじきっていたすみこのではなく、わたしのひすてりぃにょうぼうのおそのの)

私が甘くも信じ切っていたすみ子のではなく、私のヒステリィ女房のお園の

(ものだったのです。そのもすみこもかしらじはおなじsで、とんだおもいちがいを)

ものだったのです。園もすみ子も頭字は同じSで、飛んだ思い違いを

(したわけです。それにしても、おそののもちものがどうしてすみこのところにあったか、)

した訳です。それにしても、お園の持物がどうしてすみ子の所にあったか、

(そこがどうも、よくわかりません。で、いろいろとかないにといただしてみましたところ、)

そこがどうも、よく分りません。で、色々と家内に問い訊して見ました所、

(けっきょくこういうことがはんめいしたのです。かないがいいますには、そのしゅうがくりょこうのおり、)

結局こういうことが判明したのです。家内が云いますには、その修学旅行の折、

(かいちゅうかがみはさいふなどといっしょに、てさげのなかへいれてもっていたのを、)

懐中鏡は財布などと一緒に、手提の中へ入れて持っていたのを、

(とちゅうのやどやで、だれかにぬすまれてしまった。それがどうも、おなじせいとなかまらしかった)

途中の宿屋で、誰かに盗まれて了った。それがどうも、同じ生徒仲間らしかった

(というのです。わたしもしかたなく、すみこのおとうとのかいこうのことをうちあけたのですが、)

というのです。私も仕方なく、すみ子の弟の邂逅のことを打開けたのですが、

など

(するとかないは、それじゃこれはすみこさんがぬすんだのにそういない。)

すると家内は、それじゃこれはすみ子さんが盗んだのに相違ない。

(あんたなんかしるまいけれど、すみこさんのてくせのわるいことはきゅうちゅうでも)

あんたなんか知るまいけれど、すみ子さんの手癖の悪いことは級中でも

(だれしらぬものもないほどだったから、じゃきっとあのひとだわというのです。)

誰知らぬ者もない程だったから、じゃきっとあの人だわと云うのです。

(このかないのことばが、でたらめやかんちがいでなかったしょうこには、そのときには)

この家内の言葉が、出鱈目や感違いでなかった証拠には、その時には

(もうぬきだしてなくなっていた、かがみのうらのわたしのしゃしんのことをおぼえていました。)

もう抜き出してなくなっていた、鏡の裏の私の写真のことを覚えていました。

(それもかないがいれておいたものなんです。たぶんすみこは、しぬまで、)

それも家内が入れて置いたものなんです。多分すみ子は、死ぬまで、

(このしゃしんについてはしらずにすぎたものにそういありません。それをかのじょのおとうとが、)

この写真については知らずにすぎたものに相違ありません。それを彼女の弟が、

(きまぐれにもてあそんでいて、ぐうぜんみつけだし、とんだかんちがいをしたわけでしょう。)

気まぐれに弄んでいて、偶然見つけ出し、飛んだ感違いをした訳でしょう。

(つまり、わたしはにじゅうのしつぼうをあじわわねばならなかったのです。だいいちにすみこが)

つまり、私は二重の失望を味わわねばならなかったのです。第一にすみ子が

(けっしてわたしなどをおもってはいなかったこと、それから、もしかないのそうぞうをまことと)

決して私などを思ってはいなかったこと、それから、若し家内の想像を誠と

(すれば、あれほどわたしがこいしたっていたかのじょが、みかけによらぬどろぼうむすめで)

すれば、あれ程私が恋いしたっていた彼女が、見かけによらぬ泥坊娘で

(あったこと。)

あったこと。

(はははははは、どうもごたいくつさま。わたしのばかばかしいおもいでばなしは、これで)

ハハハハハハ、どうも御退屈さま。私の馬鹿馬鹿しい思出話は、これで

(おしまいです。おちをいってしまえば、このうえもなくつまらないことですけれど、)

おしまいです。落ちを云って了えば、此上もなくつまらないことですけれど、

(それがわかるまでには、ちょっときんちょうしたものですがね。)

それが分るまでには、一寸緊張したものですがね。

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