「毒草」3 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「毒草」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(いっせつな、わたしのめには、はいけいがそらばかりだったためか、それが、ひじょうにおおきな)

一刹那、私の目には、背景が空ばかりだった為か、それが、非常に大きな

(いぎょうのものにみえた。しかし、つぎのせつなには、それは、もののけなどよりは)

異形のものに見えた。併し、次の刹那には、それは、物の怪などよりは

(もっとおそろしいものであることがわかった。というのは、そこにかせきしたように、)

もっと恐ろしいものであることが分った。というのは、そこに化石した様に、

(つったっていたのは、いまいったわたしのうらのあわれなゆうびんはいたつふのはらみにょうぼう)

つっ立っていたのは、今云った私の裏の哀れな郵便配達夫のはらみ女房

(だったからである。わたしはかおのきんにくがこわばったようになって、むろんあいさつなんか)

だったからである。私は顔の筋肉が硬った様になって、無論挨拶なんか

(できなかった。せんぽうでも、くうどうのようなまなざしで、あらぬほうをみつめていて、)

出来なかった。先方でも、空洞の様なまなざしで、あらぬ方を見つめていて、

(わたしのほうなどみむきもしなかった。このむちなしじゅうおんなはいうまでもなく、)

私の方など見向きもしなかった。この無智な四十女はいうまでもなく、

(さっきからのわたしたちのはなしを、すっかりきいていたのだ。)

さっきからの私達の話を、すっかり聞いていたのだ。

(わたしたちはにげるようにしていえにむかった。わたしもともだちも、みょうにだまりこんで、)

私達は逃げる様にして家に向った。私も友達も、妙に黙り込んで、

(わかれのことばもろくろくかわさなかった。ふたりは、ことにわたしは、おもわぬおんなの)

分れの言葉もろくろく交わさなかった。二人は、殊に私は、思わぬ女の

(たちぎきに、そしてそのけっかのそうぞうに、すっかりおびやかされていた。)

立聞きに、そしてその結果の想像に、すっかりおびやかされていた。

(いったんいえにかえったわたしは、かんがえればかんがえるほど、あのにょうぼうのようすがきになりだした。)

一旦家に帰った私は、考えれば考える程、あの女房の様子が気になり出した。

(かのじょはきっとはじめから、れいのしょくぶつのようとのせつめいのところからきいていたに)

彼女はきっと始めから、例の植物の用途の説明の所から聞いていたに

(そういない。わたしはあのとき、そのしょくぶつをもちいるときは、どんなにやすやすと、)

相違ない。私はあの時、その植物を用いる時は、どんなにやすやすと、

(すこしのくつうもなくだたいをおこなうことができるかについて、かなりこちょうてきなせつめいを)

少しの苦痛もなく堕胎を行うことが出来るかについて、可也誇張的な説明を

(したはずである。それをきいて、こぶくしゃのはらみおんなは、そもそもなにをかんがえるのが)

した筈である。それを聞いて、子福者のはらみ女は、そもそも何を考えるのが

(しぜんであるか。そのこどもをうむためには、くるしいなかからいくらかのひようを)

自然であるか。その子供を産む為には、苦しい中から幾千かの費用を

(ししゅつしなければならぬ。もうろうきょうにちかいとしで、うまれたこどもをふところに、さんさいのこを)

支出しなければならぬ。もう老境に近い年で、生れた子供を懐に、三歳の子を

(せなかに、そうしてせんたくをし、すいじをはたらかねばならぬ。いまでさえまいばんきまった)

背中に、そうして洗濯をし、炊事を働かねばならぬ。今でさえ毎晩極まった

(ようにどなりちらすていしゅは、よけいにどなるようになるだろう。ごさいのむすめは、)

様に怒鳴り散らす亭主は、余計に怒鳴る様になるだろう。五歳の娘は、

など

(ますますひすてりいをひどくするだろう。それらのかずかずのくつうが、たったいっぽんの)

ますますヒステリイをひどくするだろう。それらの数々の苦痛が、たった一本の

(なもないしょくぶつによって、すこしのきけんもなくとりのぞかれるとしたら。)

名もない植物によって、少しの危険もなく取り除かれるとしたら。

(・・・・・・かのじょはそんなふうにかんがえないであろうか。)

・・・・・・彼女はそんな風に考えないであろうか。

(なにがこわいのだ。おまえはさんじせいげんろんしゃではなかったのか。あのにょうぼうが)

何が怖いのだ。お前は産児制限論者ではなかったのか。あの女房が

(おまえのおしえにしたがって、ふようなひとりのいのちを、やみからやみへとほうむったとて、)

お前の教えに従って、不用な一人の命を、暗から暗へと葬ったとて、

(それがどうしてざいあくになるのだ。わたしはりくつではそんなふうにかんがえることが)

それがどうして罪悪になるのだ。私は理窟ではそんな風に考えることが

(できた。しかし、りくつで、このみぶるいがどうとまるものぞ。わたしはただ、)

出来た。併し、理窟で、この身震いがどう止まるものぞ。私はただ、

(おそろしいさつじんつみでもおかしたように、むしょうにこわいのであった。)

恐ろしい殺人罪でも犯した様に、無性に怖いのであった。

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