夏目漱石「こころ」2-1

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夏目漱石「こころ」2-1
(中)両親と私
こっちゃん様が(上)の方を上げて下さっていたものの続きでございます。
タイピングを投稿するのは初めてですので、誤字脱字等ありましたらご連絡何卒宜しくお願い致します。

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こっちゃん様による(上)
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1 mame 5247 B+ 5.4 95.7% 432.8 2377 106 41 2024/11/19
2 4060 C 4.2 94.7% 557.3 2396 133 41 2024/12/23

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問題文

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(うちへかえってあんがいにおもったのは、)

宅へ帰って案外に思ったのは、

(ちちのげんきがこのまえみたときとたいしてかわっていないことであった。)

父の元気がこの前見た時と大して変わっていないことであった。

(「ああかえったかい。そうか、それでもそつぎょうができてまあけっこうだった。)

「ああ帰ったかい。そうか、それでも卒業が出来てまあ結構だった。

(ちょっとおまち、いまかおをあらってくるから」)

一寸御待ち、今顔を洗って来るから」

(ちちはにわへでてなにかしていたところであった。)

父は庭へ出て何か為ていたところであった。

(ふるいむぎわらぼうのうしろへ、ひよけのためにくくりつけたうすぎたないはんけちを)

古い麦藁帽の後へ、日除のために括り付けた薄汚いハンケチを

(ひらひらさせながら、いどのあるうらてのほうへまわっていった。)

ひらひらさせながら、井戸のある裏手の方へ廻って行った。

(がっこうをそつぎょうするのをふつうのにんげんとしてとうぜんのようにかんがえていたわたくしは、)

学校を卒業するのを普通の人間として当然のように考えていた私は、

(それをよきいじょうによろこんでくれるちちのまえにきょうしゅくした。)

それを予期以上に喜んでくれる父の前に恐縮した。

(「そつぎょうができてまあけっこうだ」)

「卒業が出来てまあ結構だ」

(ちちはこのことばをなんべんもくりかえした。)

父はこの言葉を何遍も繰り返した。

(わたくしはこころのうちでこのちちのよろこびと、そつぎょうしきのあったばんせんせいのいえのしょくたくで、)

私は心のうちでこの父の喜びと、卒業式のあった晩先生の家の食卓で、

(「おめでとう」といわれたときのせんせいのかおつきとをひかくした。)

「御目出とう」と云われた時の先生の顔付とを比較した。

(わたくしにはくちでいわってくれながら、はらのそこでけなしているせんせいのほうが、)

私には口で祝ってくれながら、腹の底でけなしている先生の方が、

(それほどにもないものをめずらしそうにうれしがるちちよりも、かえってこうしょうにみえた。)

それ程にもないものを珍しそうに嬉しがる父よりも、却って高尚に見えた。

(わたくしはしまいにちちのむちからでるいなかくさいところにふかいをかんじだした。)

私は仕舞に父の無知から出る田舎臭いところに不快を感じ出した。

(「だいがくくらいそつぎょうしたって、それほどけっこうでもありません。)

「大学位卒業したって、それ程結構でもありません。

(そつぎょうするものはまいとしなんびゃくにんだってあります」)

卒業するものは毎年何百人だってあります」

(わたくしはついにこんなくちのききようをした。するとちちがへんなかおをした。)

私は遂にこんな口の利きようをした。すると父が変な顔をした。

(「なにもそつぎょうしたからけっこうとばかりいうんじゃない。)

「何も卒業したから結構とばかり云うんじゃない。

など

(そりゃそつぎょうはけっこうにちがいないが、おれのいうのはもうすこしいみがあるんだ。)

そりゃ卒業は結構に違ないが、おれの云うのはもう少し意味があるんだ。

(それがおまえにわかっていてくれさえすれば、・・・・・・」)

それが御前に解っていてくれさえすれば、……」

(わたくしはちちからそのあとをきこうとした。)

私は父からその後を聞こうとした。

(ちちははなしたくなさそうであったが、とうとうこういった。)

父は話したくなさそうであったが、とうとうこう云った。

(「つまり、おれがけっこうということになるのさ。)

「つまり、おれが結構という事になるのさ。

(おれはおまえのしってるとおりのびょうきだろう。きょねんのふゆおまえにあったとき、)

おれは御前の知ってる通りの病気だろう。去年の冬御前に会った時、

(ことによるともうみつきかしつきくらいなものだろうとおもっていたのさ。)

ことによるともう三月か四月位なものだろうと思っていたのさ。

(それがどういうしあわせか、きょうまでこうしている。)

それがどういう仕合せか、今日までこうしている。

(たちいにふじゆうなくこうしている。)

起居に不自由なくこうしている。

(そこへおまえがそつぎょうしてくれた。だからうれしいのさ。)

そこへ御前が卒業してくれた。だから嬉しいのさ。

(せっかくたんせいしたむすこが、じぶんのいなくなったあとでそつぎょうしてくれるよりも、)

折角丹精した息子が、自分の居なくなった後で卒業してくれるよりも、

(じょうぶなうちにがっこうをでてくれるほうがおやのみになればうれしいだろうじゃないか。)

丈夫なうちに学校を出てくれる方が親の身になれば嬉しいだろうじゃないか。

(おおきなかんがえをもっているおまえからみたら、たかがだいがくをそつぎょうしたくらいで、)

大きな考を有っている御前から見たら、高が大学を卒業した位で、

(けっこうだけっこうだといわれるのはあまりおもしろくもないだろう。)

結構だ結構だと云われるのは余り面白くもないだろう。

(しかしおれのほうからみてごらん、たちばがすこしちがっているよ。)

然しおれの方から見て御覧、立場が少し違っているよ。

(つまりそつぎょうはおまえにとってより、このおれにとってけっこうなんだ。わかったかい」)

つまり卒業は御前に取ってより、このおれに取って結構なんだ。解ったかい」

(わたくしはいちごんもなかった。あやまるいじょうにきょうしゅくしてうつむいていた。)

私は一言もなかった。詫まる以上に恐縮して俯向いていた。

(ちちはへいきなうちにじぶんのしをかくごしていたものとみえる。)

父は平気なうちに自分の死を覚悟していたものと見える。

(しかもわたくしのそつぎょうするまえにしぬだろうとおもいさだめていたとみえる。)

しかも私の卒業する前に死ぬだろうと思い定めていたと見える。

(そのそつぎょうがちちのこころにどのくらいひびくかもかんがえずにいたわたくしはまったくおろかものであった。)

その卒業が父の心にどの位響くかも考えずにいた私は全く愚かものであった。

(わたくしはかばんのなかからそつぎょうしょうしょをとりだして、それをだいじそうにちちとははにみせた。)

私は鞄の中から卒業証書を取り出して、それを大事そうに父と母に見せた。

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