夏目漱石「こころ」2-2
こっちゃん様が(上)の方を上げて下さっていたものの続きでございます。
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こっちゃん様による(上)
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順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | ぽむぽむ | 5127 | B+ | 5.3 | 95.6% | 392.6 | 2110 | 97 | 41 | 2024/11/05 |
2 | mame | 5124 | B+ | 5.2 | 96.9% | 393.2 | 2081 | 66 | 41 | 2024/11/24 |
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問題文
(しょうしょはなにかにおしつぶされて、もとのかたちをうしなっていた。ちちはそれをていねいにのした。)
証書は何かに圧し潰されて、元の形を失っていた。父はそれを鄭寧に伸した。
(「こんなものはまいたなりてにもってくるものだ」)
「こんなものは巻いたなり手に持ってくるものだ」
(「なかにしんでもいれるとよかったのに」とははもかたわらからちゅういした。)
「中に芯でも入れると好かったのに」と母も傍から注意した。
(ちちはしばらくそれをながめたあと、たってとこのまのところへいって、)
父はしばらくそれを眺めた後、起って床の間の所へ行って、
(だれのめにもはいるようなしょうめんへしょうしょをおいた。)
誰の目にも這入るような正面へ証書を置いた。
(いつものわたくしならすぐなんとかいうはずであったが、)
何時もの私ならすぐ何とかいう筈であったが、
(そのときのわたくしはまるでへいぜいとちがっていた。)
その時の私はまるで平生と違っていた。
(ちちやははにたいしてすこしもさからうきがおこらなかった。)
父や母に対して少しも逆らう気が起らなかった。
(わたくしはだまってちちのなすがままにまかせておいた。)
私はだまって父の為すがままに任せて置いた。
(いったんくせのついたとりのこがみのしょうしょは、なかなかちちのじゆうにならなかった。)
一旦癖のついた鳥の子紙の証書は、なかなか父の自由にならなかった。
(てきとうないちにおかれるやいなや、すぐおのれにしぜんないきおいをえてたおれようとした。)
適当な位置に置かれるや否や、すぐ己れに自然な勢を得て倒れようとした。
(に)
二
(わたくしはははをかげへよんでちちのびょうじょうをたずねた。)
私は母を蔭へ呼んで父の病状を尋ねた。
(「おとうさんはあんなにげんきそうににわへでたりなにかしているが、)
「御父さんはあんなに元気そうに庭へ出たり何かしているが、
(あれでいいんですか」)
あれで可いんですか」
(「もうなんともないようだよ。おおかたよくおなりなんだろう」)
「もう何ともないようだよ。大方好く御なりなんだろう」
(はははあんがいへいきであった。)
母は案外平気であった。
(とかいからかけへだたったもりやたのなかにすんでいるおんなのつねとして、)
都会から懸け隔たった森や田の中に住んでいる女の常として、
(はははこういうことにかけてはまるでむちしきであった。)
母はこういう事に掛けてはまるで無知識であった。
(それにしてもこのまえちちがそっとうしたときには、あれほどおどろいて、)
それにしてもこの前父が卒倒した時には、あれ程驚いて、
(あんなにしんぱいしたものを、とわたくしはこころのうちでひとりいなかんじをいだいた。)
あんなに心配したものを、と私は心のうちで独り異な感じを抱いた。
(「でもいしゃはあのときとてもむずかしいってせんこくしたじゃありませんか」)
「でも医者はあの時到底むずかしいって宣告したじゃありませんか」
(「だからにんげんのからだほどふしぎなものはないとおもうんだよ。)
「だから人間の身体ほど不思議なものはないと思うんだよ。
(あれほどいしゃがておもくいったものが、いままでしゃんしゃんしているんだからね。)
あれ程医者が手重く云ったものが、今までしゃんしゃんしているんだからね。
(おかあさんもはじめのうちはしんぱいして、)
御母さんも始めのうちは心配して、
(なるべくうごかさないようにとおもってたんだがね。)
なるべく動かさないようにと思ってたんだがね。
(それ、あのきしょうだろう。)
それ、あの気性だろう。
(ようじょうはしなさるけれどもごうじょうでねえ。じぶんがいいとおもいこんだら、)
養生はしなさるけれども強情でねえ。自分が好いと思い込んだら、
(なかなかわたしのいうことなんか、ききそうにもなさらないんだからね」)
中々私のいう事なんか、聞きそうにもなさらないんだからね」
(わたくしはこのまえかえったとき、むりにとこをあげさして、)
私はこの前帰った時、無理に床を上げさして、
(ひげをそったちちのようすとたいどとをおもいだした。)
髭を剃った父の様子と態度とを思い出した。
(「もうだいじょうぶ、おかあさんがあんまりぎょうさんすぎるからいけないんだ」)
「もう大丈夫、御母さんがあんまり仰山過ぎるから不可ないんだ」
(といったそのときのことばをかんがえてみると、)
といったその時の言葉を考えて見ると、
(まんざらははばかりせめるきにもなれなかった。)
満更母ばかり責める気にもなれなかった。
(「しかしはたでもすこしはちゅういしなくっちゃ」といおうとしたわたくしは、)
「然し傍でも少しは注意しなくっちゃ」と云おうとした私は、
(とうとうえんりょしてなにもくちへださなかった。ただちちのやまいのせいしつについて、)
とうとう遠慮して何にも口へ出さなかった。ただ父の病の性質に就いて、
(わたくしのしるかぎりをおしえるようにはなしてきかせた。)
私の知る限りを教えるように話して聞かせた。
(しかしそのだいぶぶんはせんせいとせんせいのおくさんからえたざいりょうにすぎなかった。)
然しその大部分は先生と先生の奥さんから得た材料に過ぎなかった。
(はははべつにかんどうしたようすもみせなかった。)
母は別に感動した様子も見せなかった。
(ただ「へえ、やっぱりおんなじびょうきでね。おきのどくだね。)
ただ「へえ、やっぱり同なじ病気でね。御気の毒だね。
(いくつでおなくなりかえ、そのかたは」などときいた。)
いくつで御亡くなりかえ、その方は」などと聞いた。