山本周五郎 赤ひげ診療譚 鶯ばか 一-1

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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 BE 3904 D++ 4.2 93.3% 729.2 3066 219 45 2024/10/16
2 りつ 3710 D+ 3.8 95.4% 796.7 3104 148 45 2024/10/08

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問題文

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(ぞくに「いずさまうら」とよばれるそのいったいのとちは、まつだいらいずのかみのひろい)

俗に「伊豆さま裏」と呼ばれるその一帯の土地は、松平伊豆守の広い

(なかやしきと、かんえいじのたっちゅうにはさまれて、ほぼなんぼくにながくのびていた。おもてどおりには)

中屋敷と、寛永寺の塔頭に挟まれて、ほぼ南北に長く延びていた。表通りには

(わずかばかりのしょうてんと、はなやあかおけをならべたてらぢゃやがあるほかは、しょうかの)

僅かばかりの商店と、花やあか桶を並べた寺茶屋があるほかは、商家の

(つつましいいんたくとか、かこいもの、かよいばんとうなどのしずかなしもたやがおおく、だが、)

つつましい隠宅とか、囲い者、かよい番頭などの静かなしもたやが多く、だが、

(ごすじあるろじへはいると、どのろじもさゆうのむねわりながやがのきをせっしていて、)

五筋ある路地へはいると、どの路地も左右の棟割り長屋が軒を接していて、

(なれないものにはうっかりとおることができないほど、いつもうすぐらく、せまく、)

馴れない者にはうっかり通ることができないほど、いつもうす暗く、狭く、

(そしてとびまわるこどもたちでごたごたしていた。こすうはぜんぶでしじゅうしちあるが、)

そしてとびまわる子供たちでごたごたしていた。戸数は全部で四十七あるが、

(すっかりこわれてひとのすめないところがじゅうにこもあり、そのほかにもかりてのない)

すっかり毀れて人の住めないところが十二戸もあり、そのほかにも借り手のない

(あきだながななこかはちこあるので、じっさいのじゅうにんはにじゅうしちかはちかぞく、)

空き店が七戸か八戸あるので、実際の住人は二十七か八家族、

(あわせてひゃくごじゅうにんからひゃくしちはちじゅうにんをぜんごしていた。)

合わせて百五十人から百七八十人を前後していた。

(やすもとのぼるが、きょじょうのともでそのながやへいったのは、「うぐいすばか」とよばれるおとこを)

保本登が、去定の供でその長屋へいったのは、「鶯ばか」と呼ばれる男を

(しんさつしたときのことであった。くがつちゅうじゅんのかぜのつよいひで、ごかしょをかいしんしたあと)

診察したときのことであった。九月中旬の風の強い日で、五カ所を回診したあと

(だから、もうひはくれかかってい、ろじのなかはにたきのけむりでいっぱいだった。)

だから、もう日は昏れかかってい、路地の中は煮炊きの煙でいっぱいだった。

(むろん、きょじょうはもうなじみなのだろう、そんけいをこめたあいさつや、したしげによびかける)

むろん、去定はもう馴染なのだろう、尊敬をこめた挨拶や、親しげに呼びかける

(こえが、つよいかぜにあおられるすいじのけむりのなかで、みぎからひだりからと、ほとんどたえまなしに)

声が、強い風に煽られる炊事の煙の中で、右から左からと、殆んど絶えまなしに

(きこえた。いちどなどはやねのうえからよびかけたので、あんないにたっていた)

聞えた。いちどなどは屋根の上から呼びかけたので、案内に立っていた

(さはいのうへえがしかりつけた。 「そんなところからなんだ、やすけだな、)

差配の卯兵衛が叱りつけた。 「そんなところからなんだ、弥助だな、

(このばかやろう」とうへえはどなった。「やねのうえからせんせいにこえをかけるという)

このばか野郎」と卯兵衛はどなった。「屋根の上から先生に声をかけるという

(ほうがあるか、うまかたをしていたってそのくらいのれいぎはしっているだろう、)

法があるか、馬方をしていたってそのくらいの礼儀は知っているだろう、

(おりてこい」 「やねがとんじまうがいいかい」)

おりて来い」 「屋根が飛んじまうがいいかい」

など

(「やねがどうしたと」 「このかぜだよ、うへえ」とやねのうえのおとこがどなり)

「屋根がどうしたと」 「この風だよ、うへえ」と屋根の上の男がどなり

(かえした、「おこっちゃいけねえよ、さはいさん、いまのうへえってのはおまえさんの)

返した、「怒っちゃいけねえよ、差配さん、いまのうへえってのはお前さんの

(なめえじゃねえよ、おそれいったときのあいのてだからね、うへえ」)

名めえじゃねえよ、おそれいったときの合いの手だからね、うへえ」

(「ふざけるなこのやろう」 「あがってきてみな、わかるから」)

「ふざけるなこの野郎」 「あがって来てみな、わかるから」

(とやねのうえのおとこがどなった、「このやねははんときもめえからばきばき)

と屋根の上の男がどなった、「この屋根は半刻もめえからばきばき

(いってるんだ、おれがこうしておもしになってるからいいようなもんの、おれが)

いってるんだ、おれがこうして重石になってるからいいようなもんの、おれが

(どいてみねえ、いっぺんにひんまくられてとんでっちまうから」 きょじょうがわらって)

どいてみねえ、いっぺんにひん捲くられて飛んでっちまうから」 去定が笑って

(いった、「やすけ、するとおまえは、かぜのやむまでそうやっているつもりか」)

云った、「弥助、するとおまえは、風のやむまでそうやっているつもりか」

(「どうもしようがねえ」とやねのうえのおとこがいった、「たなちんがたまってるし、)

「どうもしようがねえ」と屋根の上の男が云った、「店賃が溜ってるし、

(このながやをでるあてもねえんだから、まあ、わっちのことはしんぺえしねえで)

この長屋を出るあてもねえんだから、まあ、わっちのことはしんぺえしねえで

(おくんなさい、せんせい」 「あきれたやろうだ」とうへえがいった、「そんなことを)

おくんなさい、先生」 「呆れた野郎だ」と卯兵衛が云った、「そんなことを

(いって、やねをふみぬきでもするとしょうちしねえぞ」 やねのうえのおとこがなにか)

云って、屋根を踏み抜きでもすると承知しねえぞ」 屋根の上の男がなにか

(いいかえしたが、「うへえ」ということばしかききとれなかった。)

云い返したが、「うへえ」という言葉しか聞きとれなかった。

(うへえはしたうちをし、まだせまいろじのなかでふざけているこどもや、のきしたでさかなを)

卯兵衛は舌打ちをし、まだ狭い路地の中でふざけている子供や、軒下で魚を

(やいているにょうぼうなどにこごとをいいながら、きょじょうたちをじゅうべえのじゅうきょへみちびいて)

焼いている女房などに小言を言いながら、去定たちを十兵衛の住居へ導いて

(いった。 じゅうべえはしじゅういっさい、おみきというつまに、)

いった。 十兵衛は四十一歳、おみきという妻に、

(おとめというななさいのおんなのこがあり、じゅうべえはふるくからこまもののぎょうしょうをしていた。)

おとめという七歳の女の子があり、十兵衛は古くから小間物の行商をしていた。

(ばくろちょうにもりぐちやといって、たび、ももひき、こまものなどのおろしやがある。じゅうべえは)

馬喰町に森口屋といって、足袋、股引、小間物などの卸屋がある。十兵衛は

(そのみせでつとめあげたが、にじゅういちでおれいぼうこうのおわるちょっとまえ、おんなにだまされて)

その店で勤めあげたが、二十一でお礼奉公の終るちょっとまえ、女に騙されて

(かなりたがくなかねをつかいこんでしまった。それでのれんをわけてもらうこともできず、)

かなり多額な金を遣いこんでしまった。それで暖簾を分けて貰うこともできず、

(じゅうねんちかいほうこうをみずのあわにして、そのみせをおわれた。みせのしゅじんのなさけで、)

十年ちかい奉公を水の泡にして、その店を逐われた。店の主人の情けで、

(なわつきにはならなかったが、それからごろくねんのあいだはしょくをてんてんとかえ、)

縄付きにはならなかったが、それから五六年のあいだは職を転々と変え、

(そばやのでまえもちをしているときに、おみきとしりあってふうふになった。せたいを)

蕎麦屋の出前持ちをしているときに、おみきと知りあって夫婦になった。世帯を

(もつとなるとはらもきまり、ばくろちょうのみせへいってじじょうをはなした。もりぐちやのしゅじんは)

持つとなると肚もきまり、馬喰町の店へいって事情を話した。森口屋の主人は

(しょうちをし、ろくじゅうにちぎりでしなものをかしてくれることになった。)

承知をし、六十日限で品物を貸してくれることになった。

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