紫式部 源氏物語 松風 8 與謝野晶子訳

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(「つまらないかくれがをはっけんされたことはどうもざんねんだ」)

「つまらない隠れ家を発見されたことはどうも残念だ」

(げんじはしゃちゅうでしきりにこういっていた。 「さくやはよいつきでございましたから、)

源氏は車中でしきりにこう言っていた。 「昨夜はよい月でございましたから、

(さがのおとものできませんでしたことがくちおしくてなりませんで、)

嵯峨のお供のできませんでしたことが口惜しくてなりませんで、

(けさはきりのこいなかをやってまいったのでございます。あらしやまのもみじは)

今朝は霧の濃い中をやって参ったのでございます。嵐山の紅葉は

(まだはようございました。いまはあきくさのさかりでございますね。ぼうあそんは)

まだ早うございました。今は秋草の盛りでございますね。某朝臣は

(あすこでこたかがりをはじめてただいまいっしょにまいれませんでしたが、)

あすこで小鷹狩を始めてただ今いっしょに参れませんでしたが、

(どういたしますか」 などとわかいひとはいった。)

どういたしますか」 などと若い人は言った。

(「きょうはもういちにちかつらのいんであそぶことにしよう」 とげんじはいって、)

「今日はもう一日桂の院で遊ぶことにしよう」 と源氏は言って、

(くるまをそのほうへやった。かつらのべっそうのほうではにわかにきゃくのきょうおうのしたくが)

車をそのほうへやった。桂の別荘のほうではにわかに客の饗応の支度が

(はじめられて、うかいなどもよばれたのであるがそのにんぷたちの)

始められて、鵜飼いなども呼ばれたのであるがその人夫たちの

(たかいわからぬかいわがきこえてくるごとにかいがんにいたころのぎょふのこえが)

高いわからぬ会話が聞こえてくるごとに海岸にいたころの漁夫の声が

(おもいだされるげんじであった。おおいののにのこったてんじょうやくにんが、しるしだけの)

思い出される源氏であった。大井の野に残った殿上役人が、しるしだけの

(ことりをはぎのえだなどへつけてあとをおってきた。さかずきがたびたびめぐったあとで)

小鳥を萩の枝などへつけてあとを追って来た。杯がたびたび巡ったあとで

(かわべのしょうようをあやぶまれながらげんじはかつらのいんであそびくらした。)

川べの逍遥を危ぶまれながら源氏は桂の院で遊び暮らした。

(つきがはなやかにのぼってきたころからおんがくのがっそうがはじまった。)

月がはなやかに上ってきたころから音楽の合奏が始まった。

(げんがくのほうはびわ、わごんなどだけでふえのじょうずがみなえらばれてばんそうをしたきょくは)

絃楽のほうは琵琶、和琴などだけで笛の上手が皆選ばれて伴奏をした曲は

(あきにしっくりあったもので、かんじのよいこのしょうがっそうにかわかぜがふきまじって)

秋にしっくり合ったもので、感じのよいこの小合奏に川風が吹き混じって

(おもしろかった。つきがたかくのぼったころ、せいちょうなせかいがここに)

おもしろかった。月が高く上ったころ、清澄な世界がここに

(げんしゅつしたようなこんやのかつらのいんへ、てんじょうびとがまたし、ごにんづれできた。)

現出したような今夜の桂の院へ、殿上人がまた四、五人連れで来た。

(てんじょうにしこうしていたのであるが、おんがくのあそびがあって、みかどが、)

殿上に伺候していたのであるが、音楽の遊びがあって、帝が、

など

(「きょうはむいかのきんしんびがすんだひであるから、きっとげんじのおとどは)

「今日は六日の謹慎日が済んだ日であるから、きっと源氏の大臣は

(くるはずであるのだ、どうしたか」 とおおせられたときに、)

来るはずであるのだ、どうしたか」 と仰せられた時に、

(さがへいっていることがそうされて、それでくだされたひとりのおつかいと)

嵯峨へ行っていることが奏されて、それで下された一人のお使いと

(どうこうしゃなのである。 )

同行者なのである。

(「つきのすむかわのをちなるさとなればかつらのかげはのどけかるらん )

「月のすむ川の遠なる里なれば桂の影はのどけかるらん

(うらやましいことだ」 これがくろうどのべんであるおつかいがげんじにつたえた)

うらやましいことだ」 これが蔵人弁であるお使いが源氏に伝えた

(おことばである。げんじはかしこまってうけたまわった。せいりょうでんでのおんがくよりも、)

お言葉である。源氏はかしこまって承った。清涼殿での音楽よりも、

(ばしょのおもしろさのおおくくわわったここのかんげんがくにしんらいのひとびとは)

場所のおもしろさの多く加わったここの管弦楽に新来の人々は

(きょうみをおぼえた。またさかずきがおおくめぐった。ここにはてんとうにするものが)

興味を覚えた。また杯が多く巡った。ここには纏頭にする物が

(そなえてなかったために、げんじはおおいのさんそうのほうへ、)

備えてなかったために、源氏は大井の山荘のほうへ、

(「たいそうでないてんとうのしながあれば」 といってやった。)

「たいそうでない纏頭の品があれば」 と言ってやった。

(あかしはてもとにあったしなをとりそろえてもたせてきた。)

明石は手もとにあった品を取りそろえて持たせて来た。

(いふくばこにかであった。おつかいのべんははやくかえるので、)

衣服箱二荷であった。お使いの弁は早く帰るので、

(さっそくおんなしょうぞくがてんとうにだされた。 )

さっそく女装束が纏頭に出された。

(ひさかたのひかりにちかきなのみしてあさゆうぎりもはれぬやまざと )

久方の光に近き名のみして朝夕霧も晴れぬ山ざと

(というのがげんじのちょくとうのうたであった。みかどのぎょうこうをまちたてまつるいが)

というのが源氏の勅答の歌であった。帝の行幸を待ち奉る意が

(あるのであろう。「なかにおいたる」(ひさかたのなかにおいたるさとなれば)

あるのであろう。「中に生ひたる」(久方の中におひたる里なれば

(ひかりをのみぞたのむべらなる)とげんじはこかをくちずさんだ。げんじがまた)

光をのみぞ頼むべらなる)と源氏は古歌を口ずさんだ。源氏がまた

(みつねが「あわじにてあわとはるかにみしつきのちかきこよいはところがらかも」)

躬恒が「淡路にてあはとはるかに見し月の近き今宵はところがらかも」

(とふしぎがったうたのことをいいだすと、げんじのいぜんのことをおもって)

と不思議がった歌のことを言い出すと、源氏の以前のことを思って

(なくひともでてきた。みなもよっているからである。 )

泣く人も出てきた。皆も酔っているからである。

(めぐりきててにとるばかりさやけきやあわじのしまのあわとみしつき )

めぐりきて手にとるばかりさやけきや淡路の島のあはと見し月

(これはげんじのさくである。 )

これは源氏の作である。

(うきぐもにしばしまがいしつきかげのすみはつるよぞのどけかるべき)

浮き雲にしばしまがひし月影のすみはつるよぞのどけかるべき

(とうのちゅうじょうである。うだいべんはろうじんであって、こいんのみよにもむつまじく)

頭中将である。右大弁は老人であって、故院の御代にも睦まじく

(おめしつかいになったひとであるが、そのひとのさく、 )

お召し使いになった人であるが、その人の作、

(くものうえのすみかをすててやはのつきいづれのたににかげかくしけん )

雲の上の住みかを捨てて夜半の月いづれの谷に影隠しけん

(なおいろいろなひとのさくもあったがしょうりゃくする。うたがでてからは、ひとびとは)

なおいろいろな人の作もあったが省略する。歌が出てからは、人々は

(かんじょうのあふれてくるままに、こうしたにんげんのあいしあうせかいを)

感情のあふれてくるままに、こうした人間の愛し合う世界を

(せんねんもつづけてみていきたいきをおこしたが、にじょうのいんをでて)

千年も続けて見ていきたい気を起こしたが、二条の院を出て

(よっかめのあさになったげんじは、きょうはぜひかえらねばならぬといそいだ。)

四日目の朝になった源氏は、今日はぜひ帰らねばならぬと急いだ。

(いっこうにいろいろなものをかついだとものひとがくわわったれつは、きりのあいだをいくのが)

一行にいろいろな物をかついだ供の人が加わった列は、霧の間を行くのが

(あきくさのそののようでうつくしかった。このえふのゆうめいなげいにんのとねりで、)

秋草の園のようで美しかった。近衛府の有名な芸人の舎人で、

(よくなにかのときにはげんじについてくるおとこにけさも「そのこま」などを)

よく何かの時には源氏について来る男に今朝も「その駒」などを

(うたわせたが、げんじをはじめこうかんなどのぬいであたえるいふくのかずがおおくて)

歌わせたが、源氏をはじめ高官などの脱いで与える衣服の数が多くて

(そこにもまたあきのののにしきのひるがえるおもむきがあった。おおさわぎに)

そこにもまた秋の野の錦の翻る趣があった。大騒ぎに

(はしゃぎにはしゃいでかつらのいんをひとびとのひきあげていくものおとを)

はしゃぎにはしゃいで桂の院を人々の引き上げて行く物音を

(おおいのさんそうでははるかにきいてさびしくおもった。)

大井の山荘でははるかに聞いて寂しく思った。

(ことづてもせずにかえっていくことをげんじはこころぐるしくおもった。)

言づてもせずに帰って行くことを源氏は心苦しく思った。

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