夏目漱石「こころ」3-7

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投稿者投稿者たけしいいね0お気に入り登録
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夏目漱石「こころ」3-7
下)先生と遺書
夏目漱石の「こころ」(下)でございます。
なるべく原文ママで問題を設定しておりますので、誤字なのか原文なのかややこしいとは思われますが最後までお付き合い下さい。

オリジナルの書き方・読み方については以下に載せますので、参考の程よろしくお願い致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
4:極った(きまった)
5:好(すき)
18:楽み(たのしみ)
21:隔った(へだたった)
31:材幹(さいかん)
39:疑がう(うたがう)
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 berry 8287 8.3 98.7% 257.5 2161 27 43 2024/04/24
2 HAKU 7981 8.1 97.4% 266.1 2182 58 43 2024/04/24
3 subaru 7953 8.1 97.6% 266.3 2171 53 43 2024/04/23
4 □「いいね」する 7885 8.0 97.6% 268.6 2171 53 43 2024/04/23
5 りく 5950 A+ 6.1 96.6% 364.0 2244 78 43 2024/04/23

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問題文

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(のみならずかずあるどうきゅうせいのうちで、けいざいのてんにかけては、)

のみならず数ある同級生のうちで、経済の点にかけては、

(けっしてひとをうらやましがるあわれなきょうぐうにいたわけではないのです。)

決して人を羨ましがる憐れな境遇にいた訳ではないのです。

(いまからかいこすると、むしろひとにうらやましがられるほうだったのでしょう。)

今から回顧すると、寧ろ人に羨やましがられる方だったのでしょう。

(というのは、わたくしはつきづききまったそうきんのほかに、)

と云うのは、私は月々極った送金の外に、

(しょせきひ、(わたくしはそのじぶんからしょもつをかうことがすきでした)、)

書籍費、(私はその時分から書物を買う事が好でした)、

(およびりんじのひようを、よくおじからせいきゅうして、)

及び臨時の費用を、よく叔父から請求して、

(ずんずんそれをじぶんのおもうようにしょうひすることができたのですから。)

ずんずんそれを自分の思うように消費する事が出来たのですから。

(なにもしらないわたくしは、おじをしんじていたばかりでなく、)

何も知らない私は、叔父を信じていたばかりでなく、

(つねにかんしゃのこころをもって、おじをありがたいもののようにそんけいしていました。)

常に感謝の心をもって、叔父をありがたいもののように尊敬していました。

(おじはじぎょうかでした。)

叔父は事業家でした。

(けんかいぎいんにもなりました。)

県会議員にもなりました。

(そのかんけいからでもありましょう。)

その関係からでもありましょう。

(せいとうにもえんこがあったようにきおくしています。)

政党にも縁故があったように記憶しています。

(ちちのじつのおとうとですけれども、)

父の実の弟ですけれども、

(そういうてんで、せいかくからいうと)

そういう点で、性格からいうと

(ちちとはまるでちがったほうへむいてはったつしたようにもみえます。)

父とはまるで違った方へ向いて発達した様にも見えます。

(ちちはせんぞからゆずられたいさんをだいじにまもっていくとくじついっぽうのおとこでした。)

父は先祖から譲られた遺産を大事に守って行く篤実一方の男でした。

(たのしみには、ちゃだのはなだのをやりました。)

楽みには、茶だの花だのを遣りました。

(それからししゅうなどをよむこともすきでした。)

それから詩集などを読む事も好きでした。

(しょがこっとうといったふうのもにも、おおくのしゅみをもっているようすでした。)

書画骨董といった風のものにも、多くの趣味を有っている様子でした。

など

(いえはいなかにありましたけれども、にりばかりへだたったし、)

家は田舎にありましたけれども、二里ばかり隔った市、

(ーーそのしにはおじがすんでいたのです、ーー)

--その市には叔父が住んでいたのです、--

(そのしからときどきどうぐやがかけものだの、こうろだのをもって、)

その市から時々道具屋が懸物だの、香炉だのを持って、

(わざわざちちにみせにきました。)

わざわざ父に見せに来ました。

(ちちはひとくちにいうと、まあまんおふみーんずとでもひょうしたらいいのでしょう。)

父は一口にいうと、まあマンオフミーンズとでも評したら好いのでしょう。

(ひかくてきじょうひんなしこうをもったいなかしんしだったのです。)

比較的上品な嗜好を有った田舎紳士だったのです。

(だからきしょうからいうと、かったつなおじとはよほどのけんかくがありました。)

だから気性からいうと、濶達な叔父とは余程の懸隔がありました。

(それでいてふたりはまたみょうになかがよかったのです。)

それでいて二人は又妙に仲が好かったのです。

(ちちはよくおじをひょうして、)

父はよく叔父を評して、

(じぶんよりもはるかにはたらきのあるたのもしいひとのようにいっていました。)

自分よりも遥かに働きのある頼もしい人のように云っていました。

(じぶんのように、おやからざいさんをゆずられたものは、どうしてもこゆうのさいかんがにぶる、)

自分のように、親から財産を譲られたものは、どうしても固有の材幹が鈍る、

(つまりよのなかとたたかうひつようがないからいけないのだともいっていました。)

つまり世の中と闘う必要がないから不可いのだとも云っていました。

(このことばはははもききました。)

この言葉は母も聞きました。

(わたくしもききました。)

私も聞きました。

(ちちはむしろわたくしのこころえになるつもりで、それをいったらしくおもわれます。)

父は寧ろ私の心得になる積りで、それを云ったらしく思われます。

(「おまえもよくおぼえているがいい」とちちはそのときわざわざわたくしのかおをみたのです。)

『御前もよく覚えているが好い』と父はその時わざわざ私の顔を見たのです。

(だからわたくしはまだそれをわすれずにいます。)

だから私はまだそれを忘れずにいます。

(このくらいわたくしのちちからしんようされたり、ほめられたりしていたおじを、)

この位私の父から信用されたり、褒められたりしていた叔父を、

(わたくしがどうしてうたがうことができるでしょう。)

私がどうして疑がう事が出来るでしょう。

(わたくしにはただでさえほこりになるべきおじでした。)

私にはただでさえ誇になるべき叔父でした。

(ちちやははがなくなって、ばんじそのひとのせわにならなければならないわたくしには、)

父や母が亡くなって、万事その人の世話にならなければならない私には、

(もうたんなるほこりではなかったのです。)

もう単なる誇ではなかったのです。

(わたくしのそんざいにひつようなにんげんになっていたのです。)

私の存在に必要な人間になっていたのです。

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