怖い話《笑顔の一家》

背景
投稿者投稿者やゆいいね0お気に入り登録
プレイ回数263難易度(4.3) 4148打 長文

※このタイピングは、ランキング登録を受け付けていません。

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(だいがくせいのころ、だいがくかんさーくるでしりあったじょせいのかたとおつきあいしていました。)

大学生の頃、大学間サークルで知り合った女性の方とお付き合いしていました。

(かのじょはえがおがとてもいんしょうてきで、だれにたいしてもかんじよくせっする、)

彼女は笑顔がとても印象的で、誰に対しても感じよく接する、

(まわりからすかれるこだったとおもいます。)

周りから好かれる子だったと思います。

(かのじょのわらっていないかおは、いちどもみたきおくがありません。)

彼女の笑っていない顔は、一度も見た記憶がありません。

(どんなはなしをしていても、なきそうなときですら、かのじょはうっすらわらっていました。)

どんな話をしていても、泣きそうな時ですら、彼女はうっすら笑っていました。

(とうじはただ「おだやかでいいこだな」としかおもっていませんでした。)

当時はただ「穏やかでいい子だな」としか思っていませんでした。

(そんな、えがおのたえないかのじょのじっかにいったときのはなしです。)

そんな、笑顔の絶えない彼女の実家に行った時の話です。

(「そろそろ、うちのおやにあってみない?」)

「そろそろ、うちの親に会ってみない?」

(つきあいはじめて、はんとしほどたったあるひ。)

付き合い始めて、半年ほど経ったある日。

(かのじょからていあんされたわたしは、とくにふかいいみはかんがえずかるいきもちでりょうしょうしました。)

彼女から提案された私は、特に深い意味は考えず軽い気持ちで了承しました。

(きくところによると、かのじょのじっかは、でんしゃとばすをのりついださんかんのしゅうらく。)

聞くところによると、彼女の実家は、電車とバスを乗り継いだ山間の集落。

(ふべんではありましたが、くうきがとてもすんでいて、)

不便ではありましたが、空気がとても澄んでいて、

(どこかりょこうにきたようなきぶんになったことをおぼえています。)

どこか旅行に来たような気分になった事を覚えています。

(けれど・・・いえがみえてきたしゅんかん、くうきがかわりました。)

けれど・・・家が見えてきた瞬間、空気が変わりました。

(もくぞうのひらやで、ふるびてはいるものの、みょうにととのっていてていれはいきとどいている。)

木造の平屋で、古びてはいるものの、妙に整っていて手入れは行き届いている。

(かぜでじゃりひとつうごかないそのいえは、まるでしゃしんのなかにあるようでした。)

風で砂利一つ動かないその家は、まるで写真の中にあるようでした。

(げんかんのまえにたつと、かのじょはのっくもちゃいむもならさず、)

玄関の前に立つと、彼女はノックもチャイムも鳴らさず、

(そっとどあをあけて「ただいまー・・・」とちいさくいいます。)

そっとドアを開けて「ただいまー・・・」と小さく言います。

(へんじはありませんでしたが、かわりにおくからだれかのけはいが)

返事はありませんでしたが、代わりに奥から誰かの気配が

(すうっとちかづいてきたのをかんじました。)

すうっと近づいてきたのを感じました。

など

(あらわれたのは、かのじょのははおやでした。)

現れたのは、彼女の母親でした。

(「まあまあ・・・きてくれたのねえ」)

「まあまあ・・・来てくれたのねえ」

(そういいながらでむかえてくれたかのじょのははは、)

そう言いながら出迎えてくれた彼女の母は、

(くちもとがきょくたんにひきつっていて、めがまったくわらっていなかったのです。)

口元が極端に引きつっていて、目が全く笑っていなかったのです。

(まるで、おめんがはりついたようなえがお。)

まるで、お面が張り付いたような笑顔。

(くちもとだけがぐいっとあがっていて、)

口元だけがぐいっと上がっていて、

(よろこんでいるようにはみえない、”つくりもの”のえがおでした。)

喜んでいるようには見えない、”つくりもの”の笑顔でした。

(しょうじき、このじてんでだいぶこわかったのですが・・・)

正直、この時点でだいぶ怖かったのですが・・・

(さすがにここでかえったらしつれいすぎるし・・・)

流石にここで帰ったら失礼すぎるし・・・

(そんなことをおもいながら、いえにあがりました。)

そんな事を思いながら、家にあがりました。

(りびんぐにとおされると、すでにかぞくがそろっていました。)

リビングに通されると、既に家族が揃っていました。

(しかし、ちちおや、おとうと、そぼ・・・そこにいるだれもが、)

しかし、父親、弟、祖母・・・そこにいる誰もが、

(ははおやとまったくおなじえがおをうかべているのです。)

母親と全く同じ笑顔を浮かべているのです。

(うごかず、おともなく、ただえがおをつくっています。)

動かず、音も無く、ただ笑顔を作っています。

(わたしが「こんにちは・・・」とこえをかけると、)

私が「こんにちは・・・」と声を掛けると、

(ぜんいんがまるであいずされたかのように、ほんのいっしゅんずれてから)

全員がまるで合図されたかのように、ほんの一瞬ずれてから

(「「「こんにちは」」」)

「「「こんにちは」」」

(とかえしてきました。)

と返してきました。

(そのしゅんかん、せなかをへんなものがぞわっとはいあがってくるかんかくがありましたが、)

その瞬間、背中を変なものがぞわっと這い上がってくる感覚がありましたが、

(なんとかおしころして、へいせいをたもとうとしたことをおぼえています。)

なんとか押し殺して、平静を保とうとしたことを覚えています。

(かのじょはいたってふつうのちょうしで「かぞくです」としょうかいしてくれましたが、)

彼女はいたって普通の調子で「家族です」と紹介してくれましたが、

(だれひとりとしてうなずくわけでもなく、)

誰一人としてうなずくわけでもなく、

(ただはりついたようなえがおのままこちらをみつめたままです。)

ただ張り付いたような笑顔のままこちらを見つめたままです。

(しょくたくにはすでにりょうりがならんでいます。)

食卓にはすでに料理が並んでいます。

(やきざかな、みそしる、つけもの、わしょくらしいないようでしたが、)

焼き魚、味噌汁、漬物、和食らしい内容でしたが、

(どれもひとくち、ふたくちだけはしをつけたようなたべかけのじょうたいで、)

どれもひとくち、ふたくちだけ箸をつけたような食べかけの状態で、

(ゆげもたっておらず、かんぜんにさめきっていました。)

湯気も立っておらず、完全に冷め切っていました。

(「・・・おいしそうですね」)

「・・・おいしそうですね」

(ぎこちなくなりつつも、そうこえをかけると、)

ぎこちなくなりつつも、そう声を掛けると、

(「そうでしょう?みんなえがおでたべるのよ」と)

「そうでしょう?みんな笑顔で食べるのよ」と

(おくにすわっているそぼがちいさなこえでつぶやきます。)

奥に座っている祖母が小さな声で呟きます。

(そのちょくご。)

その直後。

(これまでぴくりともうごかなかったははおやのほうがふるえ、わらいはじめました。)

これまでピクリとも動かなかった母親の方が震え、笑い始めました。

(こえはでているようなうごきなのに、わらいごえはきこえない。)

声は出ているような動きなのに、笑い声は聞こえない。

(のどをふるわせているのに、おとだけがまったくでていません。)

喉を震わせているのに、音だけが全く出ていません。

(それにこおうするように、ほかのかぞくもじゅんばんにわらいだしました。)

それに呼応するように、他の家族も順番に笑い出しました。

(くちもとだけが、かかか・・・とおとをたてそうないきおいで、でもおとはたてずに、)

口元だけが、カカカ・・・と音を立てそうな勢いで、でも音は立てずに、

(けいれんするようにうごき、わらうそぶりをしています。)

痙攣するように動き、笑う素振りをしています。

(かのじょはそれをみて、ほほえみながら)

彼女はそれを見て、微笑みながら

(「うち、ちょっとかわってるでしょ?」とといかけましたが・・・)

「うち、ちょっと変わってるでしょ?」と問いかけましたが・・・

(そのしゅんかん、わたしはこころのなかで「これはだめだ」とかくしんしました。)

その瞬間、私は心の中で「これはダメだ」と確信しました。

(ことばがつうじないとか、じょうしきがちがうとか、そういったじげんではない)

言葉が通じないとか、常識が違うとか、そういった次元ではない

(にんげんのふりをしてる”なにか”にまじってしまったようなかんかく。)

人間のふりをしてる”なにか”に混じってしまったような感覚。

(こんぽんてきにことなるそんざいをまえにしている、というりかいが、とつぜんおそってきたのです。)

根本的に異なる存在を前にしている、という理解が、突然襲ってきたのです。

(「すみません、かえります」)

「すみません、帰ります」

(ききかんをおぼえたわたしは、ないしんびくびくしながらもそういって、)

危機感をおぼえた私は、内心びくびくしながらもそう言って、

(そのばからたちあがりましたが・・・)

その場から立ち上がりましたが・・・

(たちさろうとするわたしを、だれもとめませんでした。)

立ち去ろうとする私を、誰も止めませんでした。

(ただ、げんかんをでるちょくぜん、せなかごしにだれかがぽつりとつぶやいたのです。)

ただ、玄関を出る直前、背中越しに誰かがぽつりと呟いたのです。

(「わらっているのに」)

「笑っているのに」

(わたしは、ふりかえらず、ただはしってそのばからにげました。)

私は、振り返らず、ただ走ってその場から逃げました。

(それいらい、かのじょとはれんらくをとっていません。)

それ以来、彼女とは連絡を取っていません。

(なんどかちゃくしんがありましたが、でることができませんでした。)

何度か着信がありましたが、出る事ができませんでした。

(しばらくは、おもいだすことすらもこわかったのです。)

しばらくは、思い出す事すらも怖かったのです。

(きおくをふういんして、あのさーくるにもかおをださずに、)

記憶を封印して、あのサークルにも顔を出さずに、

(だいがくせいかつをただだせいですごしていました。)

大学生活をただ惰性で過ごしていました。

(でも、いまになっておもいかえすと、・・・)

でも、今になって思い返すと、・・・

(あれがほんとうにいじょうなことだったのかどうか・・・)

あれが本当に異常な事だったのかどうか・・・

(しょうじきなところ、よくわかりません。)

正直なところ、よくわかりません。

(だれかがどなったわけでもないし、せめられたわけでもありません。)

誰かが怒鳴ったわけでもないし、責められた訳でもありません。

(みんな、ただわらっていただけだったのですから。)

みんな、ただ笑っていただけだったのですから。

(わらっているひとを、どうこういうりゆうなんてありません。)

笑っている人を、どうこういう理由なんてありません。

(いまおもうと、むりにひていすることもなかったのかもしれません。)

今思うと、無理に否定する事もなかったのかもしれません。

(だから、もういいのです。)

だから、もういいのです。

(そういうことは、もうどうでもいいのかもしれません。)

そういうことは、もうどうでもいいのかもしれません。

(そうかんがえているうちに、ふしぎと、こうかくがゆるんでしまいました。)

そう考えているうちに、不思議と、口角が緩んでしまいました。

問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告

やゆのタイピング

オススメの新着タイピング

タイピング練習講座 ローマ字入力表 アプリケーションの使い方 よくある質問

人気ランキング

注目キーワード