哲学者の収入源と生活の秘密
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問題文
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(れきしになをのこすようなかこのてつがくしゃたちはどのようなしゅうにゅうげんを)
歴史に名を残すような過去の哲学者たちはどのような収入源を
(もっていたのでしょうか?あたらしいてつがくをはっぴょうすることによってせいふや)
持っていたのでしょうか?新しい哲学を発表する事によって政府や
(だんたいなどからおかねがもらえたのでしょうか?しらべてみました。)
団体などからお金がもらえたのでしょうか?調べてみました。
(かこのてつがくしゃたちがせいふなどから「あたらしいしそうのはっぴょうてあて」のようなものを)
過去の哲学者たちが政府などから「新しい思想の発表手当」のようなものを
(もらっていたわけではありません。また「いえがゆうふくでひまをもてあまして)
もらっていたわけではありません。また「家が裕福で暇を持て余して
(いたひと」もいっていすういましたが、ぜんいんがそうではなく、じっさいにはさまざまな)
いた人」も一定数いましたが、全員がそうではなく、実際にはさまざまな
(しゅだんでせいけいをたてていました。かれらのだいひょうてきなしゅうにゅうげんはおもにいかの5つに)
手段で生計を立てていました。彼らの代表的な収入源は主に以下の5つに
(ぶんるいできます。)
分類できます。
(1。ふどうさんしゅうにゅう・じっかのしさん(ゆうふくなひまじんたいぷ))
1。不動産収入・実家の資産(裕福な暇人タイプ)
(こだいぎりしゃなどでは、どれいせいによってろうどうをまぬがれたゆうふくなしみんかいきゅうと)
古代ギリシャなどでは、奴隷制によって労働を免れた裕福な市民階級と
(しさくかつどうがつよくむすびついていました。)
思索活動が強く結びついていました。
(ぷらとん:あてないのちょうめいもんきぞくしゅっしんで、ゆうふくなしさんかでした。じしんが)
プラトン:アテナイの超名門貴族出身で、裕福な資産家でした。自身が
(せつりつしたがくえん「あかでめいあ」のうんえいもじしんのざいさんやきふにもとづいています)
設立した学園「アカデメイア」の運営も自身の財産や寄付に基づいています
(みしぇる・ど・もんてーにゅ:じょうしゅでありりょうしゅ。こうだいなりょうちから)
ミシェル・ド・モンテーニュ:城主であり領主。広大な領地から
(じだいしゅうにゅうがあったため、わかくしていんたいし、しろのとうにこもって)
地代収入があったため、若くして引退し、城の塔にこもって
(「えせー(しろん)」をかきつづけました。)
「エセー(試論)」を書き続けました。
(2。ぱとろん(おうこうきぞく)からのえんじょ・かていきょうし)
2。パトロン(王侯貴族)からの援助・家庭教師
(おうさまやきぞくに「かていきょうし」としてやとわれたり、おかかえのずのうとしてねんきんを)
王様や貴族に「家庭教師」として雇われたり、お抱えの頭脳として年金を
(もらったりするぱたーんです。)
もらったりするパターンです。
(ありすとてれす:まけどにあおうこくのしょうかんをうけ、わかきひのあれくさんどろす)
アリストテレス:マケドニア王国の召喚を受け、若き日のアレクサンドロス
など
(だいおうのかていきょうしをつとめ、じゅうぶんなほうしゅうをえました。)
大王の家庭教師を務め、十分な報酬を得ました。
(るね・でかると:すうぇーでんじょおうくりすてぃーなにまねかれ、かのじょの)
ルネ・デカルト:スウェーデン女王クリスティーナに招かれ、彼女の
(こじんかていきょうし(けんてつがくのしどうやく)としてやとわれました。)
個人家庭教師(兼哲学の指導役)として雇われました。
(3。だいがくきょうじゅ・こうぎりょう(あかでみっくたいぷ))
3。大学教授・講義料(アカデミックタイプ)
(きんだい~きんだいいこう、だいがくせいどがととのってくると「だいがくでおしえてきゅうりょうをもらう」)
近代〜近代以降、大学制度が整ってくると「大学で教えて給料をもらう」
(すたいるがいっぱんてきになりました。)
スタイルが一般的になりました。
(いまぬえる・かんと:さいしょはしじんこうし(がくせいがはらうじゅこうりょうがそのまましゅうにゅう)
イマヌエル・カント:最初は私人講師(学生が払う受講料がそのまま収入
(になるぶあいせい)としてごくひんせいかつをおくりましたが、50さいちかくでようやく)
になる歩合制)として極貧生活を送りましたが、50歳近くでようやく
(けーにひすべるくだいがくのきょうじゅになり、あんていしたきゅうりょうをえるようになりました)
ケーニヒスベルク大学の教授になり、安定した給料を得るようになりました
(へーげる:べるりんだいがくのきょうじゅとしてかりすまてきなにんきをほこり)
ヘーゲル:ベルリン大学の教授としてカリスマ的な人気を誇り
(こうがくなきゅうよとしゃかいてきちいをてにいれました。)
高額な給与と社会的地位を手に入れました。
(4。てつがくとはかんけいのない「ふつうのほんぎょう」)
4。哲学とは関係のない「普通の本業」
(てつがくとはまったくかんけいのないしょくぎょうではたらき、せいかつひをかせぎながらよるやきゅうじつにしさくを)
哲学とは全く関係のない職業で働き、生活費を稼ぎながら夜や休日に思索を
(てんかいしていたひとたちです。)
展開していた人たちです。
(ばるーち・すぴのざ:れんずみがきしょくにんとしてはたらき、ほそぼそとせいかつひを)
バルーチ・スピノザ:レンズ磨き職人として働き、細々と生活費を
(かせぎました。だいがくきょうじゅのおふぁーもありましたが)
稼ぎました。大学教授のオファーもありましたが
(しさくのじゆうをうばわれることをきらってことわりました。)
思索の自由を奪われる事を嫌って断りました。
(じょん・ろっく:いしやぎょうせいかん(ないかくのしょきかんなど)としてのほんぎょうを)
ジョン・ロック:医師や行政官(内閣の書記官など)としての本業を
(もっていました。)
持っていました。
(5。ちょさくいんぜい・しっぴつかつどう(きんだいいこう))
5。著作印税・執筆活動(近代以降)
(あーさー・しょーぺんはうあー:いさんしゅうにゅうもありましたが、じしんのちょしょが)
アーサー・ショーペンハウアー:遺産収入もありましたが、自身の著書が
(べすとせらーとなりいんぜいをえていました。)
ベストセラーとなり印税を得ていました。
(ふりーどりひ・にーちぇ:わかくしてだいがくきょうじゅになりましたが)
フリードリヒ・ニーチェ:若くして大学教授になりましたが
(びょうきでそうきたいしょくし、そのごはだいがくからのわずかなねんきんとちょじゅつかつどうで)
病気で早期退職し、その後は大学からのわずかな年金と著述活動で
(しっそにくらしました。)
質素にくらしました。
(「ひますぎるからかんがえた」のはほんとうか?)
「暇すぎるから考えた」のは本当か?
(「あまりにもひまだから、ふつうひとがかんがえないようなことをかんがえていたのか?」)
「あまりにも暇だから、普通人が考えないようなことを考えていたのか?」
(というてんについては、はんぶんあたりではんぶんはずれといえます。)
という点については、半分アタリで半分ハズレと言えます。
(こだいのてつがく:ぎりしゃごの「ひま(すこれー)」がえいごの「がっこう(すくーる)」)
古代の哲学:ギリシャ語の「暇(スコレー)」が英語の「学校(スクール)」
(のごげんであるとおり「せいかつのろうどうからかいほうされたひまなじかんがあること」)
の語源である通り「生活の労働から解放された暇な時間があること」
(がてつがくのぜったいじょうけんでした。そのいみでは「ひまじんのどうらく」からすたーとした)
が哲学の絶対条件でした。その意味では「暇人の道楽」からスタートした
(そくめんはおおきいです。)
側面は大きいです。
(きんだいのてつがく:かんとやすぴのざのように、げきむやごくひんのなかで)
近代の哲学:カントやスピノザのように、激務や極貧の中で
(「どうしてもといをついきゅうせずにはいられない」というじょうねつやききかん)
「どうしても問いを追及せずにはいられない」という情熱や危機感
((しゃかいのへんかく、かがくのはってんとしゅうきょうのたいりつなど)からひっしにぺんをとった)
(社会の変革、科学の発展と宗教の対立など)から必死にペンを執った
(ひとびともおおくそんざいします。てつがくしゃは「ひまをもてあましたおおがねもち」から)
人々も多く存在します。哲学者は「暇を持て余した大金持ち」から
(「れんずみがきしょくにん」「だいがくきょうじゅ」まで、じだいやひとによっていきのこりの)
「レンズ磨き職人」「大学教授」まで、時代や人によって生き残りの
(せんりゃくがまったくことなっていました。)
戦略が全く異なっていました。