今日からあなたも哲学者!?
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問題文
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(てつがくしゃとは、じぶんでわたしはてつがくしゃとなのればなれるものなのでしょうか?)
哲学者とは、自分で私は哲学者と名乗ればなれるものなのでしょうか?
(それとも、あなたはきょうからてつがくしゃです!といったしかくのようなものが)
それとも、あなたは今日から哲学者です!といった資格のようなものが
(あるのでしょうか?けつろんからいうと、じぶんで「わたしはてつがくしゃです」と)
あるのでしょうか?結論から言うと、自分で「私は哲学者です」と
(なのれば、いまこのしゅんかんからてつがくしゃになれます。てつがくしゃになるためのこうてきな)
名乗れば、今この瞬間から哲学者になれます。哲学者になるための公的な
(こっかしかくや「きょうからあなたはてつがくしゃです」とにんていしてくれるせかいきょうつうの)
国家資格や「今日からあなたは哲学者です」と認定してくれる世界共通の
(そしき・めんきょのようなものはいっさいそんざいしません。ただし「じしょうできること」)
組織・免許のようなものは一切存在しません。ただし「自称できること」
(「しゃかいてきにてつがくしゃとしてみとめられること」はまったくべつです。れきしてき・げんだいてきに)
「社会的に哲学者として認められること」は全く別です。歴史的・現代的に
(「あのひとはてつがくしゃだ」としゅういやしゃかいからみとめられるには、おおきくわけて)
「あの人は哲学者だ」と周囲や社会から認められるには、大きく分けて
(3つのるーとがあります。)
3つのルートがあります。
(1。あかでみっくるーと(げんだいのもっともいっぱんてきなほうほう))
1。アカデミックルート(現代の最も一般的な方法)
(「しょくぎょうとしてのてつがくしゃ」とよばれるひとのほとんどがこのるーとです。)
「職業としての哲学者」と呼ばれる人のほとんどがこのルートです。
(ぷろせす:だいがくのてつがくがっかにしんがくし、だいがくいんではくしごうをしゅとくする。そのご)
プロセス:大学の哲学学科に進学し、大学院で博士号を取得する。その後
(だいがくのきょうじゅ・じゅんきょうじゅ・けんきゅうしゃとしてやとわれ、てつがくのろんぶんをはっぴょうして)
大学の教授・准教授・研究者として雇われ、哲学の論文を発表して
(きゅうりょうをえる。)
給料を得る。
(とくちょう:せんもんきかん(がっかいやだいがく)から「てつがくのけんきゅうしゃ」としてのきゃっかんてきな)
特徴:専門機関(学会や大学)から「哲学の研究者」としての客観的な
(かたがきとたちばをあたえられているじょうたいです。)
肩書と立場を与えられている状態です。
(2。ちょじゅつ・しそうるーと(ほんやげんろんでしゃかいにえいきょうをあたえる))
2。著述・思想ルート(本や言論で社会に影響を与える)
(だいがくにしょぞくしていなくても、ほんをかいたりげんろんかつどうをおこなったりすることで)
大学に所属していなくても、本を書いたり言論活動を行ったりすることで
(しゃかいから「てつがくしゃ」とにんちされるるーとです。)
社会から「哲学者」と認知されるルートです。
(ぷろせす:どくじのしそうやろんりをほんやめでぃあではっぴょうし、それがよのなかに)
プロセス:独自の思想や論理を本やメディアで発表し、それが世の中に
など
(おおきなえいきょうをあたえたり、ほかのしそうかたちとぎろんをうんだりする。)
大きな影響を与えたり、他の思想家たちと議論を生んだりする。
(とくちょう:れきしじょうのてつがくしゃのおおく(そくらてす、すぴのざ、るそーなど)は)
特徴:歴史上の哲学者の多く(ソクラテス、スピノザ、ルソーなど)は
(このたいぷです。しかくやしょぞくではなく「かれらののこしたかんがえ(ちょさく)のしつと)
このタイプです。資格や所属ではなく「彼らの残した考え(著作)の質と
(えいきょうりょく」によってこうせいからてつがくしゃとみとめられました。)
影響力」によって後世から哲学者と認められました。
(3。ぱぶりっく・ふぃろそふぁー(たいわやじっせんをおこなう))
3。パブリック・フィロソファー(対話や実践を行う)
(きんねんふえているすたいるで、かふぇやちいきしゃかい、きぎょうなどで「てつがくたいわ」を)
近年増えているスタイルで、カフェや地域社会、企業などで「哲学対話」を
(しゅさいしたり、りんりてきなといをしゃかいになげかけたりするかつどうかです。)
主催したり、倫理的な問いを社会に投げかけたりする活動家です。
(ぷろせす:しみんむけにてつがくわーくしょっぷをひらいたり、びじねすの)
プロセス:市民向けに哲学ワークショップを開いたり、ビジネスの
(りんりこんさるてぃんぐをおこなったりする。)
倫理コンサルティングを行ったりする。
(とくちょう:けんきゅうしゃというよりは「ひとびとにふかくかんがえさせるといをていきょうするぷろ」)
特徴:研究者というよりは「人々に深く考えさせる問いを提供するプロ」
(としてかつどうします。)
として活動します。
(「じしょう・てつがくしゃ」と「ほんもののてつがくしゃ」のちがいとは?)
「自称・哲学者」と「本物の哲学者」の違いとは?
(だれでもなのれるからこそ、せけんから「ただのぽえむやひとりごとをいっているひと」)
誰でも名乗れるからこそ、世間から「ただのポエムや独り言を言っている人」
(とおもわれるか「てつがくしゃ」とそんけいされるかのあいだには、めいかくなきょうかいせんがそんざいします)
と思われるか「哲学者」と尊敬されるかの間には、明確な境界線が存在します
(しゃかいてきにみとめられるてつがくしゃのじょうけんは、いかの3てんにしゅうやくされます。)
社会的に認められる哲学者の条件は、以下の3点に集約されます。
(1。れきしじょうのぎろんをふまえているか)
1。歴史上の議論を踏まえているか
(「にんげんとはなにか」といったといにたいして、かこ2000ねんいじょうのてつがくしで)
「人間とは何か」といった問いに対して、過去2000年以上の哲学史で
(せんじんたちがどうかんがえてきたか(ぜんていちしき)をふまえたうえではつげんしていること)
先人たちがどう考えてきたか(前提知識)を踏まえた上で発言していること
(2。ろんりにすじがとおっているか)
2。論理に筋が通っているか
(たんなる「こじんのかんそう」や「かんじょうろん」ではなく、だれもがけんしょう・はんろんできる)
単なる「個人の感想」や「感情論」ではなく、誰もが検証・反論できる
(きゃっかんてきなろんり(ろじっく)でしこうをてんかいしていること。)
客観的な論理(ロジック)で思考を展開していること。
(3。たしゃからの「はんろん」にたえられるか)
3。他者からの「反論」に耐えられるか
(じぶんのかんがえをおーぷんにし、たにんからのきびしいひはんやぎろんにさらされても)
自分の考えをオープンにし、他人からの厳しい批判や議論に晒されても
(はたんしないきょうどをもっていること。)
破綻しない強度を持っていること。
(まとめ:てつがくのごげんは、こだいぎりしゃごのふぃろそふぃあ(ちをあいすること))
まとめ:哲学の語源は、古代ギリシャ語のフィロソフィア(知を愛すること)
(です。そのいみでいえば、しかくのうむにかかわらず「せけんやにんげんのありかたに)
です。その意味で言えば、資格の有無にかかわらず「世間や人間のあり方に
(ついて、こたえのないといをどこまでもろんりてきにかんがえつづけるひと」は)
ついて、答えのない問いをどこまでも論理的に考え続ける人」は
(だれであってもせいしんてきないみでの「てつがくしゃ」といえます。)
誰であっても精神的な意味での「哲学者」といえます。