かもめ 喜劇4幕 第一幕(1)

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(だいいちまく)

第一幕

(そーりんけのりょうちないのはいえんのいちぶ。ひろいなみきみちがかんきゃくせきからにわのおくのほうへはしって)

ソーリン家の領地内の廃園の一部。広い並木道が観客席から庭の奥の方へ走って

(みずうみにつうじているのだがかていげきのため、きゅうせつされたかりぶたいにふさがれてみずうみは)

湖に通じているのだが家庭劇の為、急設された仮舞台に塞がれて湖は

(まったくみえない。かりぶたいのさゆうにかんぼくのしげみ。いすがすうきゃく、しょうてーぶるがひとつ)

全く見えない。仮舞台の左右に潅木の茂み。椅子が数脚、小テーブルが一つ

(ひがいましずんだばかり。まくのおりているかりぶたいのうえにはやーこふほかげなんたちが)

日が今沈んだばかり。幕の降りている仮舞台の上にはヤーコフほか下男たちが

(いて、せきばらいやつちおとがきこえる。さんぽがえりのまーしゃとめどヴぇーじぇんことうじょう)

いて、咳払いや槌音が聞こえる。散歩帰りのマーシャとメドヴェージェンコ登場

(あなたはいつみてもくろいふくですね、どういうわけです?)

貴女はいつ見ても黒い服ですね、どういう訳です?

(わがじんせいのもふくなの、わたし、ふしあわせなおんなですもの)

我が人生の喪服なの、私、不幸せな女ですもの

(なぜです?わからんですなあ。あなたはけんこうだしおとうさんにしたってかねもちじゃない)

何故です?判らんですなあ。貴女は健康だしお父さんにしたって金持ちじゃ無い

(までもくらしにふじゆうはないし。ぼくなんかあなたにくらべたら、ずっとせいかつはつらいで)

までも暮らしに不自由はないし。僕なんか貴女に比べたら、ずっと生活は辛いで

(すよ。つきに23るーぶりしかもらってないのに、そのなかからたいしょくつみたてきんをてんびき)

すよ。月に23ルーブリしか貰ってないのに、その中から退職積立金を天引き

(されるんですからね。それだってぼくはもふくなんぞきませんぜ)

されるんですからね。それだって僕は喪服なんぞ着ませんぜ

(おかねのことじゃないの。びんぼうにんだってしあわせにはなれるわ)

お金の事じゃないの。貧乏人だって幸せにはなれるわ

(そりゃりろんではね。だがじっさいとなると、そうはいかない。ぼくにおふくろ、いもうとがふたり)

そりゃ理論ではね。だが実際となると、そうは行かない。僕にお袋、妹が二人

(それにちいさいおとうと。それでげっきゅうがたったの23るーぶり。まさかくわずのまずでも)

それに小さい弟。それで月給がたったの23ルーブリ。まさか食わず飲まずでも

(いられない、おちゃもさとうもいりますね。たばこもいる。そこできりきりまいになる)

いられない、お茶も砂糖もいりますね。煙草もいる。そこでキリキリ舞になる

((かりぶたいのほうをふりむいて)もうじきまくがあくのね)

(仮舞台の方を振り向いて)もうじき幕が開くのね

(そう。しゅえんはにーなじょうできゃくほんはとれーぷれふくんのかきおろし。ふたりはこいなかなんだ)

そう。主演はニーナ嬢で脚本はトレープレフ君の書き下ろし。二人は恋仲なんだ

(からきょうはふたりのたましいがゆうごうしておなじひとつのげいじゅつてきいめーじを、ひたすらひょうげんしよ)

から今日は二人の魂が融合して同じ一つの芸術的イメージを、ひたすら表現しよ

(うというすんぽうでさ。ところがぼくとあなたのたましいにはきょうつうのせってんがない。ぼくはあなたをおもって)

うという寸法でさ。所が僕と貴女の魂には共通の接点が無い。僕は貴女を想って

など

(います。こいしさにいえにじっとしていられずまいにちいちりをてくてくやってきては)

います。恋しさに家にじっとしていられず毎日一里をてくてくやって来ては

(またいちりはんかえっていく。そのはんたいきゅうふといえばあなたのそっけないかおつきだけです)

また一里半帰っていく。その反対給付といえば貴女の素っ気無い顔付きだけです

(それもむりはない。ぼくはざいさんもなしかぞくはおおぜいときてますからね、くうやくわず)

それも無理はない。僕は財産も無し家族は大勢ときてますからね、食うや食わず

(のおとことだれがすきこのんでけっこんなんかするものか?)

の男と誰が好き好んで結婚なんかするものか?

(つまらないことを。おきもちはありがたいとおもうけれど、それにおこたえできないの)

つまらない事を。お気持ちは有り難いと思うけれど、それにお応え出来ないの

(それだけのことよ(たばこいれをさしだして)いかが?)

それだけの事よ(煙草入れを差し出して)いかが?

(ほしくないです(ま))

欲しくないです(間)

(むしむしすること。おそくなってごろごろざーっときそうね。あなたはしょっちゅう)

蒸し蒸しする事。遅くなってゴロゴロザーっときそうね。貴方はしょっちゅう

(りくつをこねるか、おかねのはなしか、そのどっちかなのね。あなたにいわせるとびんぼうほど)

理屈をこねるか、お金の話か、そのどっちかなのね。貴方に言わせると貧乏ほど

(ふしあわせなものはないみたいだけれどわたしなんかぼろをきてこじきぐらしをしたほうが)

不幸せな物はないみたいだけれど私なんかボロを着て乞食暮らしをした方が

(どんなにきらくだかしれやしないわ。あなたにはわかってもらえそうもないけど)

どんなに気楽だか知れやしないわ。貴方には判ってもらえそうも無いけど

(そーりんととれーぷれふとうじょう)

ソーリンとトレープレフ登場

((すてっきにもたれながら)わたしはどうもいなかがにがてでな、このぶんじゃてっきり)

(ステッキにも垂れながら)私はどうも田舎が苦手でな、この分じゃてっきり

(いっしょうこのとちにはなじめまいよ。さくやは10じにとこへはいってけさ9じにめがさめた)

一生この土地には馴染まいよ。昨夜は10時に床へ入って今朝9時に目が覚めた

(が、あんまりねすぎたもんでのうみそがずがいこつに、べったりくっついたようなきがし)

が、あんまり寝過ぎたもんで脳味噌が頭蓋骨に、べったりくっついた様な気がし

(た、とまあいったしだいでな(わらう)ところがひるめしのあとで、ついまたねこんでし)

た、とまあいった次第でな(笑う)ところが昼飯の後で、ついまた寝込んでし

(まっていまじゃぜんしんへとへと、ゆめにうなされてるみたいなきもちさ、はやいはなしがね)

まって今じゃ全身ヘトヘト、夢にうなされてるみたいな気持ちさ、早い話がね

(そりゃもちろん、おじさんはとかいにすむひとですよ(まーしゃとめどべーじぇんこを)

そりゃ勿論、伯父さんは都会に住む人ですよ(マーシャとメドベージェンコを

(みて)みなさんはじまるときにはよびますよ。いまここにはいられちゃこまるな)

見て)皆さん始まる時には呼びますよ。今ここに入られちゃ困るな

(ざんじごたいじょうをねがいます)

残事ご退場を願います

((まーしゃに)ちょいとまーしゃさん、あのいぬのくさりをといてやるようにひとつぱぱに)

(マーシャに)ちょいとマーシャさん、あの犬の鎖を解いてやる様に一つパパに

(おねがいしてみてはくださらんか。やけにほえるでなあ。おかげでいもうとはよっぴてまた)

お願いして見ては下さらんか。やけに吠えるでなあ。おかげで妹は夜っぴてまた

(ねられなかった)

寝られなかった

(ごじぶんでちちにおっしゃってくださいまし、あたしはごめんこうむります。あしからず)

ご自分で父に仰って下さいまし、あたしはご免こうむります。あしからず

((めどべーじぇんこに)さ、いきましょう!)

(メドベージェンコに)さ、行きましょう!

((とれーぷれふに)じゃはじまるまえにしらせをつかわしてください。ふたりたいじょう)

(トレープレフに)じゃ始まる前に知らせをつかわしてください。二人退場

(するとよどおしまたほえられるのか。さあことだぞ)

すると夜通しまた吠えられるのか。さあ事だぞ

(わたしはいなかへきておもいどおりのくらしのできたためしがない。まえにゃよく28にちの)

私は田舎へ来て思い通りの暮らしの出来た試しがない。前にゃよく28日の

(きゅうかをとっちゃここへやってきたもんだ。ほねやすめやらなにやらといったしだいでな)

休暇を取っちゃここへやってきたもんだ。骨休めやら何やらと言った次第でな

(ところがくだらんことにせめたてられてついたそのひからにげだしたくなったよ(わらう))

所が下らん事に責め立てられてついたその日から逃げ出したくなったよ(笑う)

(ひきあげるときにゃやれやれとおもったもんだ。だがいまじゃやくをしりぞいてしまって)

引き上げる時にゃやれやれと思ったもんだ。だが今じゃ役を退いてしまって

(ほかにいばしょがない。はやいはなしがね。いやでもここにくぎづけだ)

他に居場所がない。早い話がね。いやでもここに釘付けだ

((とれーぷれふに)わかだんなわっしらちょいとひとあびしてきます)

(トレープレフに)若旦那わっしらちょいと一浴びしてきます

(いいとも。だが10ぷんしたらみんなもちばにいてくれよ、もうすぐじかんだからな)

いいとも。だが10分したらみんな持場にいてくれよ、もうすぐ時間だからな

(しょうちしやした(たいじょう))

承知しやした(退場)

((かりぶたいをみやりながら)さあこれがぼくのげきじょうだ。かーてん、そでがひとつ)

(仮舞台を見やりながら)さあこれが僕の劇場だ。カーテン、袖が一つ

(そでがもうひとつ、そのさきはがらんどうだかきわりなんかひとつもない)

袖がもう一つ、その先はがらんどうだ書割りなんか一つもない

(いきなりぱっとみずうみとちへいせんのながめがひらけるんだ。まくあきはきっかり8じはん)

いきなりパッと湖と地平線の眺めが開けるんだ。幕開きはきっかり8時半

(ちょうどつきのでをめがけてやる)

ちょうど月の出を目がけてやる

(きれいだな)

綺麗だな

(まんいちにーなさんがちこくしようもんならぶたいこうかはふっとんじまう)

万一ニーナさんが遅刻しようもんなら舞台効果は吹っ飛んじまう

(もうくるじぶんだがなあ。あのひとはおとうさんやままははのみはりがきびしいもんで)

もう来る時分だがなあ。あの人はお父さんやママ母の見張が厳しいもんで

(いえをぬけだすのはろうやぶりもどうようむずかしいんですよ(おじのねくたいをなおしてやる))

家を抜け出すのは牢破りも同様難しいんですよ(伯父のネクタイを直してやる)

(おじさんはあたまもひげももじゃもじゃだなあ、ひとつからせるんですね)

伯父さんは頭も髭もモジャモジャだなあ、一つ刈らせるんですね

((ひげをしごきながら)これでいっしょうたたられたよわたしはわかいじぶんからのんだくれ)

(髭をしごきながら)これで一生祟られたよ私は若い時分から飲んだくれ

(そっくりのふうさいとまあいったしだいでな。ついぞおんなにもてたためしがない)

そっくりの風采とまあいった次第でな。ついぞ女にモテたためしが無い

((こしかけながら)いもうとのやつなぜああおかんむりなんだろう?)

(腰掛けながら)妹のやつ何故ああおかんむりなんだろう?

(なぜかって?さびしいんですよ(ならんでこしをおろしながら)やけるんでさ)

何故かって?淋しいんですよ(並んで腰を下ろしながら)妬けるんでさ

(おっかさんはてんからもうこのぼくにもきょうのしばいにもぼくのきゃくほんにもはんかんをもって)

おっかさんはてんからもうこの僕にも今日の芝居にも僕の脚本にも反感を持って

(るんだ。というのもやるのがじぶんじゃなくてあのにーなさんだからなんです)

るんだ。というのも演るのが自分じゃなくてあのニーナさんだからなんです

(ぼくのきゃくほんもみないさきからめのかたきにしてるんだ)

僕の脚本も見ない先から目の敵にしてるんだ

((わらう)まさか、そうきをまわさんでも)

(笑う)まさか、そう気を回さんでも

(おっかさんはね、このちっぽけなぶたいでかっさいをあびるのがあのにーなさんで)

おっかさんはね、このちっぽけな舞台で喝采を浴びるのがあのニーナさんで

(じぶんじゃないのがしゃくのたねなんですよ。ちょいとしんりてきなかわりだねでね)

自分じゃないのが癪の種なんですよ。ちょいと心理的な変わり種でね

(おっかさんは、そりゃさいのうもある、あたまもいい、しょうせつぼんをよみながら)

おっかさんは、そりゃ才能もある、頭もいい、小説本を読みながら

(めそめそなくのもとくいだしねくらーそふのしだってそくざにのこらずあんしょうできるし)

メソメソ泣くのも得意だしネクラーソフの詩だって即座に残らず暗唱出来るし

(びょうにんのせわをさせたらえんじぇるもはだしですよ)

病人の世話をさせたらエンジェルも裸足ですよ

(ところがためしにあのひとのまえでえれおのらどぅーぜでもほめてごらんなさい、ことですぜ!)

所が試しにあの人の前でエレオノラドゥーゼでも褒めてご覧なさい、事ですぜ!

(ほめるならあのひとのことだけでなくてはならん。げきひょうもあのひとのことだけかけばよい)

褒めるならあの人の事だけでなくてはならん。劇評もあの人の事だけ書けば良い

(つばきひめだのじんせいのどくけだのをやるときのあのひとのめいえんぎをわいわいさわぎたてたり)

椿姫だの人生の毒気だのを演る時のあの人の名演技をわいわい騒ぎ立てたり

(かんげきしたりしなければならん。ところがこのいなかにゃそういうますいざいがない)

感激したりしなければならん。所がこの田舎にゃそういう麻酔剤がない

(そこでさびしいもんだからいらいらする。われわれがみんなわるものでおやのかたきだということになる)

そこで淋しいもんだから苛々する。我々がみんな悪者で親の仇だという事になる

(おまけにあのひとはごへいかつぎでさんぼんろうそくをこわがる、13にちときくとかおいろをかえる)

おまけにあの人は御幣担ぎで三本蝋燭を怖がる、13日と聞くと顔色を変える

(しかもけちんぼときている。おでっさのぎんこうに7まんもあずけてあることはぼくは)

しかもケチンボときている。オデッサの銀行に7万も預けてある事は僕は

(ちゃんとしってるんだ。だのにちょいとかしてとでもいおうもんなら)

ちゃんと知ってるんだ。だのにちょいと貸してとでも言おうもんなら

(めそめそなきだすしまつだ)

メソメソ泣きだす始末だ

(おまえさんはじぶんのきゃくほんがおっかさんのきにいらんものとあたまからきめこんで)

お前さんは自分の脚本がおっかさんの気に入らんものと頭から決め込んで

(しきりにむしゃくしゃといったしだいだがな、あんじることはないさ)

しきりにムシャクシャといった次第だがな、案じる事はないさ

(おっかさんはきみをすうはいしているよ)

おっかさんは君を崇拝しているよ

((ちいさなはなのべんをむしりながら)すききらいすききらいすききらい(わらう)そうらね)

(小さな花の弁をむしりながら)好き嫌い好き嫌い好き嫌い(笑う)そうらね

(おっかさんはぼくがきらいだ、あたりまえさ!あのひとはいきたい、こいがしたい)

おっかさんは僕が嫌いだ、当たり前さ!あの人は生きたい、恋がしたい

(はでなきものがきたい。ところがぼくがもう25にもなるもんだからおっかさんはいやでも)

派手な着物が着たい。所が僕がもう25にもなるもんだからおっかさんは嫌でも

(じぶんのとしをおもいださざるをえない。ぼくがいなけりゃあのひとは32でいられるが)

自分の年を思い出さざるを得ない。僕がいなけりゃあの人は32でいられるが

(ぼくがいるとあのひとはとたんに43になっちまう。だからあのひとはぼくがにがてなんです)

僕がいるとあの人は途端に43になっちまう。だからあの人は僕が苦手なんです

(それにあのひとはぼくがげきじょうひていろんしゃだということもしっている。あのひとはげきじょうが)

それにあの人は僕が劇場否定論者だという事も知っている。あの人は劇場が

(だいすきで、あっぱれじぶんがじんるいだのしんせいなげいじゅつだのにほうししているつもりなんだ)

大好きで、あっぱれ自分が人類だの神聖な芸術だのに奉仕しているつもりなんだ

(ところがぼくにいわせるととうせいのげきじょうというやつはかたにはまったいんしゅうにすぎない)

所が僕に言わせると当世の劇場という奴は型に嵌った因襲に過ぎない

(こうまくがあがるとばんがたのしょうめいにてらされたさんぽうかべのへやのなかでしんせいなげいじゅつの)

こう幕が上がると晩がたの照明に照らされた三方壁の部屋の中で神聖な芸術の

(もうしごみたいなめいゆうたちがにんげんのくったりのんだりほれたりあるいたりせびろをきたり)

申し子みたいな名優達が人間の食ったり飲んだり惚れたり歩いたり背広を着たり

(するありさまをえんじてみせる)

する有様を演じて見せる (続く)

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