芥川龍之介『カルメン』
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | すもさん | 5550 | A | 5.7 | 95.9% | 676.0 | 3919 | 167 | 56 | 2024/10/30 |
関連タイピング
-
プレイ回数12万歌詞200打
-
プレイ回数4.4万歌詞1030打
-
プレイ回数77万長文300秒
-
プレイ回数97万長文かな1008打
-
プレイ回数5191長文かな179打
-
プレイ回数1141歌詞かな1186打
-
プレイ回数16かな30秒
-
プレイ回数125万歌詞かな1119打
問題文
(かくめいぜんだったか、かくめいごだったか、--いや、あれはかくめいぜんではない。なぜ)
革命前だったか、革命後だったか、--いや、あれは革命前ではない。なぜ
(またかくめいぜんではないかといえば、ぼくはとうじこみみにはさんだだんちぇんこのしゃれを)
また革命前ではないかと言えば、僕は当時小耳に挟んだダンチェンコの洒落を
(おぼえているからである。あるむしあついあまもよいのよ、ぶたいかんとくのtくんは、ていげきの)
覚えているからである。ある蒸し暑い雨もよいの夜、舞台監督のT君は、帝劇の
(ばるこにーにたたずみながら、たんさんすいのこっぷをかたてにしじんのだんちぇんことはなしていた。)
露台に佇みながら、炭酸水のコップを片手に詩人のダンチェンコと話していた。
(あのあまいろのかみのけをしたもうもくしじんのだんちぇんことである。「これもやっぱり)
あの亜麻色の髪の毛をした盲目詩人のダンチェンコとである。「これもやっぱり
(じせいですね。はるばるろしあのぐらんど・おぺらがにほんのとうきょうへやってくると)
時勢ですね。はるばる露西亜のグランド・オペラが日本の東京へやって来ると
(いうのは。」「それはぼるしぇヴぃっきはかげきはですから。」このもんどうの)
言うのは。」「それはボルシェヴィッキはカゲキ派ですから。」この問答の
(あったのはたしかしょにちからいつかめのばん、--かるめんがぶたいへのぼったばんである。)
あったのは確か初日から五日目の晩、--カルメンが舞台へ登った晩である。
(ぼくはかるめんにふんするはずのいいな・ぶるすかあやにむちゅうになっていた。)
僕はカルメンに扮するはずのイイナ・ブルスカアヤに夢中になっていた。
(いいなはめのおおきい、こばなのはった、にくかんのつよいおんなである。ぼくはもちろんかるめんに)
イイナは目の大きい、小鼻の張った、肉感の強い女である。僕は勿論カルメンに
(ふんするいいなをみることをたのしみにしていた、が、だいいちまくがあがったのをみると、)
扮するイイナを観ることを楽しみにしていた、が、第一幕が上ったのを見ると、
(かるめんにふんしたいいなではない。みずいろのめをした、はなのたかい、なんとかいう)
カルメンに扮したイイナではない。水色の目をした、鼻の高い、何とか云う
(ひんそうなじょゆうである。ぼくはtくんとおなじぼっくすにたきしいどのむねをならべながら、)
貧相な女優である。僕はT君と同じボックスにタキシイドの胸を並べながら、
(らくたんしないわけにはいかなかった。「かるめんはぼくらのいいなじゃないね。」)
落胆しない訣には行かなかった。「カルメンは僕等のイイナじゃないね。」
(「いいなはこんやはやすみだそうだ。そのげんいんがまたすこぶるろまんてぃっくでね。)
「イイナは今夜は休みだそうだ。その原因がまた頗るロマンティックでね。
(--」「どうしたんだ?」「なんとかいうきゅうていこくのこうしゃくがひとり、いいなのあとを)
--」「どうしたんだ?」「何とか云う旧帝国の侯爵が一人、イイナのあとを
(おっかけてきてね、おとといとうきょうへついたんだそうだ。ところがいいなは)
追っかけて来てね、おととい東京へ着いたんだそうだ。ところがイイナは
(いつのまにかあめりかじんのしょうにんのせわになっている。そいつをみたこうしゃくは)
いつのまにか亜米利加人の商人の世話になっている。そいつを見た侯爵は
(ぜつぼうしたんだね、ゆうべほてるのじぶんのへやでくびをくくってしんじまったんだ)
絶望したんだね、ゆうべホテルの自分の部屋で首を縊って死んじまったんだ
(そうだ。」ぼくはこのはなしをきいているうちに、あるじょうけいをおもいだした。それはよの)
そうだ。」僕はこの話を聞いているうちに、ある場景を思い出した。それは夜の
(ふけたほてるのいっしつにおおぜいのなんにょにかこまれたまま、とらんぷをもてあそんでいる)
更けたホテルの一室に大勢の男女に囲まれたまま、トランプを弄んでいる
(いいなである。くろとあかとのきものをきたいいなはじぷしいうらないをしているとみえ、)
イイナである。黒と赤との着物を着たイイナはジプシイ占いをしていると見え、
(tくんにほほえみかけながら、「こんどはあなたのうんをみてあげましょう」と)
T君にほほ笑みかけながら、「今度はあなたの運を見て上げましょう」と
(いった。(あるいはいったのだということである。だあいがいのろしあごを)
言った。(あるいは言ったのだと云うことである。ダア以外の露西亜語を
(しらないぼくはもちろんじゅうにかこくのことばにつうじたtくんにほんやくしてもらうほかはない。))
知らない僕は勿論十二箇国の言葉に通じたT君に翻訳して貰うほかはない。)
(それからとらんぷをまくってみたのち、「あなたはあのひとよりもこうふくですよ。)
それからトランプをまくって見た後、「あなたはあの人よりも幸福ですよ。
(あなたのあいするひととけっこんできます」といった。あのひとというのはいいなのそばに)
あなたの愛する人と結婚出来ます」と言った。あの人と云うのはイイナの側に
(だれかとはなしていたろしあじんである。ぼくはふこうにも「あのひと」のかおだのふくそうだのを)
誰かと話していた露西亜人である。僕は不幸にも「あの人」の顔だの服装だのを
(おぼえていない。わずかにぼくがおぼえているのはむねにさしていたせきちくだけである。)
覚えていない。わずかに僕が覚えているのは胸に挿していた石竹だけである。
(いいなのあいをうしなったためにくびをくくってしんだというのはあのばんの「あのひと」では)
イイナの愛を失ったために首を縊って死んだと云うのはあの晩の「あの人」では
(なかったであろうか?・・・・・・「それじゃこんやはでないはずだ。」「いいかげんにそとへ)
なかったであろうか?……「それじゃ今夜は出ないはずだ。」「好い加減に外へ
(でていっぱいやるか?」tくんももちろんいいなとうである。「まあ、もうひとまくみていこう)
出て一杯やるか?」T君も勿論イイナ党である。「まあ、もう一幕見て行こう
(じゃないか?」ぼくらがだんちぇんことはなしたりしたのはおそらくはこの)
じゃないか?」僕等がダンチェンコと話したりしたのは恐らくはこの
(まくあいだったのであろう。つぎのまくもぼくらにはたいくつだった。しかしぼくらがせきに)
幕合いだったのであろう。次の幕も僕等には退屈だった。しかし僕等が席に
(ついてまだごふんとたたないうちにがいこくじんがごろくにんちょうどぼくらのしょうめんにあたる)
ついてまだ五分とたたないうちに外国人が五六人ちょうど僕等の正面に当る
(むこうがわのぼっくすへはいってきた。しかもかれらのまっさきにたったのはまぎれもない)
向う側のボックスへはいって来た。しかも彼等のまっ先に立ったのは紛れもない
(いいな・ぶるすかあやである。いいなはぼっくすのいちばんまえにすわり、くじゃくのはねの)
イイナ・ブルスカアヤである。イイナはボックスの一番前に坐り、孔雀の羽根の
(おうぎをつかいながら、ゆうゆうとぶたいをながめだした。のみならずどうはんのがいこくじんのなんにょと)
扇を使いながら、悠々と舞台を眺め出した。のみならず同伴の外国人の男女と
((そのなかにはかならずかのじょのだんなのあめりかじんもまじっていたのであろう。))
(その中には必ず彼女の檀那の亜米利加人も交っていたのであろう。)
(ゆかいそうにわらったりはなしたりしだした。「いいなだね。」「うん、いいなだ。」)
愉快そうに笑ったり話したりし出した。「イイナだね。」「うん、イイナだ。」
(ぼくらはとうとうさいごのまくまで、--かるめんのしがいをようしたほせが、)
僕等はとうとう最後の幕まで、--カルメンの死骸を擁したホセが、
(「かるめん!かるめん!」とどうこくするまでぼくらのぼっくすをはなれなかった。)
「カルメン! カルメン!」と慟哭するまで僕等のボックスを離れなかった。
(それはもちろんぶたいよりもいいな・ぶるすかあやをみていたためである。このおとこを)
それは勿論舞台よりもイイナ・ブルスカアヤを見ていたためである。この男を
(ころしたことをなんともおもっていないらしいろしあのかるめんをみていたためで)
殺したことを何とも思っていないらしい露西亜のカルメンを見ていたためで
(ある。)
ある。
(ばつばつばつ)
× × ×
(それからにさんにちたったあるばん、ぼくはあるれすとらんのすみにtくんとてえぶるを)
それから二三日たったある晩、僕はあるレストランの隅にT君とテエブルを
(かこんでいた。「きみはいいながあのばんいらい、たしかひだりのくすりゆびにほうたいしていたのにきが)
囲んでいた。「君はイイナがあの晩以来、確か左の薬指に繃帯していたのに気が
(ついているかい?」「そういえばほうたいしていたようだね。」「いいなはあのばん)
ついているかい?」「そう云えば繃帯していたようだね。」「イイナはあの晩
(ほてるへかえると、・・・・・・」「だめだよ、きみ、それをのんじゃ。」ぼくはtくんに)
ホテルへ帰ると、……」「駄目だよ、君、それを飲んじゃ。」僕はT君に
(ちゅういした。うすいひかりのさしたぐらすのなかにはまだちいさいこがねむしがいっぴき、あおむけに)
注意した。薄い光のさしたグラスの中にはまだ小さい黄金虫が一匹、仰向けに
(なってもがいていた。tくんはしろぶどうしゅをゆかへこぼし、みょうなかおをしてつけくわえた。)
なってもがいていた。T君は白葡萄酒を床へこぼし、妙な顔をしてつけ加えた。
(「さらをかべへたたきつけてね、そのまたかけらをかすたねっとのかわりにしてね、ゆびから)
「皿を壁へ叩きつけてね、そのまた欠片をカスタネットの代りにしてね、指から
(ちがでるのもかまわずにね、・・・・・・」「かるめんのようにおどったのかい?」そこへ)
血が出るのもかまわずにね、……」「カルメンのように踊ったのかい?」そこへ
(ぼくらのこうふんとはぜんぜんつりあわないかおをした、あたまのしろいきゅうじがひとり、しずかにさけのさらを)
僕等の興奮とは全然つり合わない顔をした、頭の白い給仕が一人、静に鮭の皿を
(はこんできた。・・・・・・)
運んで来た。……