芥川龍之介『年末の一日』

投稿者由佳梨プレイ回数806
難易度(5.0) 6502打 長文タグ小説 文豪 文学 タイピング文庫 長文
友人が漱石の墓を見に行こうと誘いにやってくる短編小説。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 もも店4 4873 B 5.1 94.8% 1258.0 6482 351 86 2021/09/16
2 4370 C+ 4.7 92.8% 1372.9 6504 504 86 2021/09/12
3 やまちゃん 4324 C+ 4.4 96.7% 1440.1 6443 215 86 2021/09/28
4 kome 3903 D++ 4.0 97.0% 1593.1 6414 196 86 2021/09/17
5 taka 3006 E++ 3.3 90.8% 1945.4 6506 657 86 2021/09/17

関連タイピング

問題文

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(・・・・・・ぼくはなんでもぞうきのはえた、さびしいがけのうえをあるいていった。がけのしたはすぐに)

……僕は何でも雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに

(ぬまになっていた。そのまたぬまのきしよりにはみずどりが2わおよいでいた。どちらもうすい)

沼になっていた。その又沼の岸寄りには水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い

(こけのはえたいしのいろにちかいみずどりだった。ぼくはかくべつそのみずどりにめずらしいかんじは)

苔の生えた石の色に近い水鳥だった。僕は格別その水鳥に珍しい感じは

(もたなかった。が、あまりつばさなどのあざやかにみえるのはぶきみだった。----)

持たなかった。が、余り翼などの鮮かに見えるのは無気味だった。―― ――

(ぼくはこういうゆめのなかからがたがたいうおとにめをさました。それはしょさいとかぎのてに)

僕はこう言う夢の中からがたがた言う音に目をさました。それは書斎と鍵の手に

(なった。ざしきのがらすどのおとらしかった。ぼくはしんねんごうのしごとちゅう、しょさいにねどこを)

なった。座敷の硝子戸の音らしかった。僕は新年号の仕事中、書斎に寝床を

(とらせていた。3けんのざっししゃにやくそくしたしごとは3へんともぼくにはふまんぞくだった。)

とらせていた。三軒の雑誌社に約束した仕事は三篇とも僕には不満足だった。

(しかしとにかくさいごのしごとはきょうのよあけまえにかたづいていた。ねどこのすその)

しかし兎に角最後の仕事はきょうの夜明け前に片づいていた。寝床の裾の

(しょうじにはたけのかげもちらちらうつっていた。ぼくはおもいきっておきあがり、ひとまずこうかへ)

障子には竹の影もちらちら映っていた。僕は思い切って起き上り、一まず後架へ

(しょうべんをしにいった。ちかごろこのくらいしょうべんからすいじょうきのさかんにたったことはなかった。)

小便をしに行った。近頃この位小便から水蒸気の盛んに立ったことはなかった。

(ぼくはべんきにむかいながら、きょうはふだんよりもさむいぞとおもった。おばやつまはざしきの)

僕は便器に向いながら、今日はふだんよりも寒いぞと思った。伯母や妻は座敷の

(えんがわにせっせとがらすどをみがいていた。がたがたいうのはこのおとだった。そでなしの)

縁側にせっせと硝子戸を磨いていた。がたがた言うのはこの音だった。袖無しの

(うえへたすきをかけたおばはばけつのぞうきんをしぼりながら、たしょうぼくにからかうように)

上へ襷をかけた伯母はバケツの雑巾を絞りながら、多少僕にからかうように

(「おまえ、もう12じですよ」といった。なるほど12じにちがいなかった。ろうかを)

「お前、もう十二時ですよ」と言った。成程十二時に違いなかった。廊下を

(ぬけたちゃのまにはいつかふるいながひばちのまえにひるめしのしたくもできあがっていた。)

抜けた茶の間にはいつか古い長火鉢の前に昼飯の支度も出来上っていた。

(のみならずはははじなんのたかしにぎゅうにゅうやとおすとをやしなっていた。しかしぼくはしゅうかんじょう)

のみならず母は次男の多加志に牛乳やトオストを養っていた。しかし僕は習慣上

(あさらしいきもちをもったまま、ひとけのないだいどころへかおをあらいにいった。あさめしけん)

朝らしい気もちを持ったまま、人気のない台所へ顔を洗いに行った。朝飯兼

(ひるめしをすませたあと、ぼくはしょさいのおきごたつへはいり、23しゅのしんぶんをよみ)

昼飯をすませた後、僕は書斎の置き炬燵へはいり、二三種の新聞を読み

(はじめた。しんぶんのきじはしょがいしゃのぼおなすやはごいたのうれゆきでもちきって)

はじめた。新聞の記事は諸会社のボオナスや羽子板の売れ行きで持ち切って

(いた。けれどもぼくのこころもちはすこしもようきにはならなかった。ぼくはしごとをすませる)

いた。けれども僕の心もちは少しも陽気にはならなかった。僕は仕事をすませる

など

(たびにみょうによわるのをつねとしていた。それはぼうごのひろうのようにどうすることも)

度に妙に弱るのを常としていた。それは房後の疲労のようにどうすることも

(できないものだった。・・・・・・kくんのきたのは2じまえだった。ぼくはkくんをおきごたつに)

出来ないものだった。……K君の来たのは二時前だった。僕はK君を置き炬燵に

(しょうじ、さしあたりのようだんをすませることにした。しまのせびろをきたkくんはもとは)

請じ、差し当りの用談をすませることにした。縞の背広を着たK君はもとは

(ほうてんのとくはいん、--いまはほんしゃづめのしんぶんきしゃだった。「どうです?ひまならば)

奉天の特派員、――今は本社詰めの新聞記者だった。「どうです? 暇ならば

(でませんか?」ぼくはようだんをすませたころ、じっといえにとじこもっているのは)

出ませんか?」僕は用談をすませた頃、じっと家にとじこもっているのは

(やりきれないきもちになっていた。「ええ、4じごろまでならば。・・・・・・どこか)

やり切れない気もちになっていた。「ええ、四時頃までならば。……どこか

(おでかけになるさきはおきまりになっているんですか?」kくんはえんりょがちにとい)

お出かけになる先はおきまりになっているんですか?」K君は遠慮勝ちに問い

(かえした。「いいえ、どこでもいいんです。」「おはかはきょうはだめで)

返した。「いいえ、どこでも好いんです。」「お墓はきょうは駄目で

(しょうか?」kくんのおはかといったのはなつめせんせいのおはかだった。ぼくはもうはんとしほど)

しょうか?」K君のお墓と言ったのは夏目先生のお墓だった。僕はもう半年ほど

(まえにせんせいのあいどくしゃのkくんにおはかをおしえるやくそくをしていた。としのくれにおはかまいりを)

前に先生の愛読者のK君にお墓を教える約束をしていた。年の暮にお墓参りを

(する、--それはぼくのこころもちにかならずしもぴったりしないものではなかった。)

する、――それは僕の心もちに必ずしもぴったりしないものではなかった。

(「じゃおはかへいきましょう。」ぼくはさっそくがいとうをひっかけ、kくんといっしょにいえを)

「じゃお墓へ行きましょう。」僕は早速外套をひっかけ、K君と一しょに家を

(でることにした。てんきはさむいなりにはれあがっていた。せまくるしいどうざかのおうらいも)

出ることにした。天気は寒いなりに晴れ上っていた。狭苦しい動坂の往来も

(ふだんよりはひとあしがおおいらしかった。もんにたてるまつやたけもたばたせいねんだん)

ふだんよりは人あしが多いらしかった。門に立てる松や竹も田端青年団

(つめしょとかいういたぶきのこやのそばによせかけてあった。ぼくはこういうまちをみた)

詰め所とか言う板葺きの小屋の側に寄せかけてあった。僕はこう言う町を見た

(とき、いくぶんかぼくのしょうねんじだいにいだいたしわすのこころもちのよみがえるのをかんじた。ぼくらは)

時、幾分か僕の少年時代に抱いた師走の心もちのよみ返るのを感じた。僕等は

(しばらくまったあと、ごこくじまえゆきのでんしゃにのった。でんしゃはわりあいにこまなかった。)

少時待った後、護国寺前行の電車に乗った。電車は割り合いにこまなかった。

(kくんはがいとうのえりをたてたまま、このころせんせいのたんざくを1まいやっとてにいれた)

K君は外套の襟を立てたまま、この頃先生の短尺を一枚やっと手に入れた

(はなしなどをしていた。するとふじまえをとおりこしたころ、でんしゃのなかほどのでんきゅうが1つ、)

話などをしていた。すると富士前を通り越した頃、電車の中ほどの電球が一つ、

(ぐうぜんぬけおちてこなごなになった。そこにはかおもみなりもわるい245のおんなが)

偶然抜け落ちてこなごなになった。そこには顔も身なりも悪い二十四五の女が

(1り、かたてにおおきいつつみをもち、かたてにつりかわにつかまっていた。でんきゅうはゆかへ)

一人、片手に大きい包を持ち、片手に吊り革につかまっていた。電球は床へ

(おちるとたんにかのじょのまえがみをかすめたらしかった。かのじょはみょうなかおをしたなり、)

落ちる途端に彼女の前髪をかすめたらしかった。彼女は妙な顔をしたなり、

(でんしゃじゅうのひとびとをながめまわした。それはひとびとのどうじょうを、--すくなくともひとびとの)

電車中の人々を眺めまわした。それは人々の同情を、――少くとも人々の

(ちゅういだけはひこうとするかおにちがいなかった。が、たれもいいあわせたようにぜんぜん)

注意だけは惹こうとする顔に違いなかった。が、誰も言い合せたように全然

(かのじょにはれいたんだった。ぼくはkくんとはなしながら、なにかひょうしぬけのしたかのじょのかおに)

彼女には冷淡だった。僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に

(おかしさよりもむしろはかなさをかんじた。ぼくらはしゅうてんででんしゃをおり、しめかざりの)

可笑しさよりも寧ろはかなさを感じた。僕等は終点で電車を下り、注連飾りの

(みせなどできたまちをぞうしがやのぼちへあるいていった。おおいちょうのはのおちつくした)

店など出来た町を雑司ヶ谷の墓地へ歩いて行った。大銀杏の葉の落ち尽した

(ぼちはあいかわらずきょうもひっそりしていた。はばのひろいちゅうおうのじゃりみちにもはかまいりの)

墓地は不相変きょうもひっそりしていた。幅の広い中央の砂利道にも墓参りの

(ひとさえみえなかった。ぼくはkくんのさきにたったまま、みぎがわのこみちへまがって)

人さえ見えなかった。僕はK君の先に立ったまま、右側の小みちへ曲って

(いった。こみちはかなめもちのいけがきやあかさびのふいたてっさくのなかにだいしょうのはかをならべて)

行った。小みちは要冬青の生け垣や赤さびのふいた鉄柵の中に大小の墓を並べて

(いた。が、いくらさきへいっても、せんせいのおはかはみあたらなかった。「もう1つさきの)

いた。が、いくら先へ行っても、先生のお墓は見当らなかった。「もう一つ先の

(みちじゃありませんか?」「そうだったかもしれませんね。」ぼくはそのこみちを)

道じゃありませんか?」「そうだったかも知れませんね。」僕はその小みちを

(ひきかえしながら、まいとし12がつ9かにはしんねんごうのしごとにおわれるため、めったにせんせいの)

引き返しながら、毎年十二月九日には新年号の仕事に追われる為、滅多に先生の

(おはかまいりをしなかったことをおもいだした。しかしなんどかこないにしても、おはかの)

お墓参りをしなかったことを思い出した。しかし何度か来ないにしても、お墓の

(しょざいのわからないことはぼくじしんにもしんじられなかった。そのつぎのややひろいこみちも)

所在のわからないことは僕自身にも信じられなかった。その次の稍広い小みちも

(おはかのないことはおなじだった。ぼくらはこんどはひきかえすかわりにいけがきのあいだをひだりへ)

お墓のないことは同じだった。僕等は今度は引き返す代りに生け垣の間を左へ

(まがった。けれどもおはかはみあたらなかった。のみならずぼくのみおぼえていたいくつかの)

曲った。けれどもお墓は見当らなかった。のみならず僕の見覚えていた幾つかの

(あきちさえみあたらなかった。「きいてみるひともなし、・・・・・・こまりましたね。」ぼくは)

空き地さえ見当らなかった。「聞いて見る人もなし、……困りましたね。」僕は

(こういうkくんのことばにはっきりれいしょうにちかいものをかんじた。しかしおしえるといった)

こう言うK君の言葉にはっきり冷笑に近いものを感じた。しかし教えると言った

(てまえ、はらをたてるわけにもいかなかった。ぼくらはやむをえずおおいちょうをめあてに)

手前、腹を立てる訣にも行かなかった。僕等はやむを得ず大銀杏を目当てに

(もう1どよこみちへはいっていった。が、そこにもおはかはなかった。ぼくはもちろん)

もう一度横みちへはいって行った。が、そこにもお墓はなかった。僕は勿論

(いらいらしてきた。しかしそのそこにひそんでいるのはみょうにわびしいこころもちだった。)

苛ら苛らして来た。しかしその底に潜んでいるのは妙に侘しい心もちだった。

(ぼくはいつかがいとうのしたにぼくじしんのたいおんをかんじながら、まえにもこういうこころもちを)

僕はいつか外套の下に僕自身の体温を感じながら、前にもこう言う心もちを

(しっていたことをおもいだした。それはぼくのしょうねんじだいにあるがきだいしょうにいじめられ、)

知っていたことを思い出した。それは僕の少年時代に或餓鬼大将にいじめられ、

(しかもなかずにがまんしてうちへかえったときのこころもちだった。なんどもおなじこみちに)

しかも泣かずに我慢して家へ帰った時の心もちだった。何度も同じ小みちに

(しゅつにゅうしたあと、ぼくはふるしきみをたいていたぼちそうじのおんなにみちをおそわり、おおきいせんせいの)

出入した後、僕は古樒を焚いていた墓地掃除の女に途を教わり、大きい先生の

(おはかのまえへやっとkくんをつれていった。おはかはこのまえにみたときよりもずっと)

お墓の前へやっとK君をつれて行った。お墓はこの前に見た時よりもずっと

(ふるびをくわえていた。おまけにおはかのまわりのつちもずっとしもにあらされていた。)

古びを加えていた。おまけにお墓のまわりの土もずっと霜に荒されていた。

(それは9かにたむけたらしいかんぎくやなんてんのたばのそとになにかしたしみのもてないもの)

それは九日に手向けたらしい寒菊や南天の束の外に何か親しみの持てないもの

(だった。kくんはわざわざがいとうをぬぎ、ていねいにおはかへおじぎをした。しかしぼくは)

だった。K君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧にお墓へお時宜をした。しかし僕は

(どうかんがえても、いまさらてんぜんとkくんといっしょにおじぎをするゆうきはでにくかった。)

どう考えても、今更恬然とK君と一しょにお時宜をする勇気は出悪かった。

(「もうなんねんになりますかね?」「ちょうど9ねんになるわけです。」ぼくらはそんなはなしを)

「もう何年になりますかね?」「丁度九年になる訣です。」僕等はそんな話を

(しながら、ごこくじまえのしゅうてんへひきかえしていった。ぼくはkくんといっしょにでんしゃに)

しながら、護国寺前の終点へ引き返して行った。僕はK君と一しょに電車に

(のり、ぼくだけ1りふじまえでおりた。それからとうようぶんこにいるあるともだちをたずねた)

乗り、僕だけ一人富士前で下りた。それから東洋文庫にいる或友だちを尋ねた

(あと、ひのくれにどうざかへかえりついた。どうざかのおうらいはじこくがらだけにまえよりも1そう)

後、日の暮に動坂へ帰り着いた。動坂の往来は時刻がらだけに前よりも一層

(こんざつしていた。が、こうしんどうをとおりすぎると、ひとどおりもだんだんへりはじめた。)

混雑していた。が、庚申堂を通り過ぎると、人通りもだんだん減りはじめた。

(ぼくはうけみになりきったまま、つまさきばかりみるようにかぜだったみちをあるいて)

僕は受け身になりきったまま、爪先ばかり見るように風立った路を歩いて

(いった。するとぼちうらのはちまんざかのしたにはこぐるまをひいたおとこが1り、かじぼうにてをかけて)

行った。すると墓地裏の八幡坂の下に箱車を引いた男が一人、楫棒に手をかけて

(やすんでいた。はこぐるまはちょっとながめたところ、にくやのくるまにちかいものだった。が、そばへ)

休んでいた。箱車はちょっと眺めた所、肉屋の車に近いものだった。が、側へ

(よってみると、よこにひろいあとくちにとうきょうえながいしゃとかいたものだった。ぼくはうしろから)

寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣会社と書いたものだった。僕は後から

(こえをかけたあと、ぐんぐんそのくるまをおしてやった。それはたしょうおしてやるのにきたない)

声をかけた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢い

(きもしたのにちがいなかった。しかしちからをだすだけでもたすかるきもしたのに)

気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに

(ちがいなかった。きたかぜはながいさかのうえからときどきまっすぐにふきおろしてきた。ぼちの)

違いなかった。北風は長い坂の上から時々まっ直ぐに吹き下ろして来た。墓地の

(じゅもくもそのたびにさあっとはのおちたこずえをならした。ぼくはこういううすくらがりのなかに)

樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢を鳴らした。僕はこう言う薄暗がりの中に

(みょうなこうふんをかんじながら、まるでぼくじしんとたたかうようにいっしんにはこぐるまをおしつづけて)

妙な興奮を感じながら、まるで僕自身と闘うように一心に箱車を押しつづけて

(いった。・・・・・・)

行った。……

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