人でなしの恋1
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問題文
(いち)
一
(かどの、ごぞんじでいらっしゃいましょう。じゅうねんいぜんになくなったせんのおっとなので)
門野、御存知でいらっしゃいましょう。十年以前になくなった先の夫なので
(ございます。こんなにつきひがたちますと、かどのとくちにだしていってみましても、)
ございます。こんなに月日がたちますと、門野と口に出していって見ましても、
(いっこうひとさまのようで、あのできごとにしましても、なんだかこう、ゆめではなかった)
一向他人様の様で、あの出来事にしましても、何だかこう、夢ではなかった
(かしら、なんておもわれるほどでございます。かどのけへわたしがおよめいりをしました)
かしら、なんて思われるほどでございます。門野家へ私がお嫁入りをしました
(のは、どうしたごえんからでございましたかしら、もうすまでもなく、およめいりまえに)
のは、どうした御縁からでございましたかしら、申すまでもなく、お嫁入り前に
(おたがいにすきあっていたなんて、そんなみだらなのではなく、なこうどがははをとき)
お互に好き合っていたなんて、そんなみだらなのではなく、仲人が母を説き
(つけて、ははがまたわたしにもうしきかせて、それを、おぼこむすめのわたしは、どういなやが)
つけて、母が又私に申し聞かせて、それを、おぼこ娘の私は、どう否やが
(もうせましょう。おきまりでございますわ。たたみにののじをかきながら、つい)
申せましょう。おきまりでございますわ。畳にのの字を書きながら、つい
(うなずいてしまったのでございます。)
うなずいてしまったのでございます。
(でも、あのひとがわたしのおっとになるかたかとおもいますと、せまいまちのことで、それにせんぽうも)
でも、あの人が私の夫になる方かと思いますと、狭い町のことで、それに先方も
(そうとうのいえがらなものですから、かおくらいはみしっていましたけれど、うわさによれば、)
相当の家柄なものですから、顔位は見知っていましたけれど、噂によれば、
(なんとなくきむずかしいかたのようだがとか、あんなきれいなかたのことだから、ええ、)
何となく気むずかしい方の様だがとか、あんな綺麗な方のことだから、ええ、
(ごしょうちかもしれませんが、かどのというのは、それはそれは、すごいようなびだんしで、)
御承知かも知れませんが、門野というのは、それはそれは、凄い様な美男子で、
(いいえ、おのろけではございません。うつくしいといいますうちにも、びょうしんなせいも)
いいえ、おのろけではございません。美しいといいます中にも、病身なせいも
(あったのでございましょう、どこやらいんきで、あおじろく、すきとおるような、ですから)
あったのでございましょう、どこやら陰気で、青白く、透き通る様な、ですから
(いっそうみずぎわだったとのごぶりだったのでございますが、それが、ただうつくしいいじょうに、)
一層水際立った殿御ぶりだったのでございますが、それが、ただ美しい以上に、
(なにかこうすごいかんじをあたえたのでございます。そのようにきれいなかたのことですから、)
何かこう凄い感じを与えたのでございます。その様に綺麗な方のことですから、
(きっとほかにうつくしいむすめさんもおありでしょうし、もしそうでないとしましても、)
きっと外に美しい娘さんもおありでしょうし、もしそうでないとしましても、
(わたしのようなこのおたふくが、どうまあいっしょうかわいがってもらえよう、などといろいろ)
私の様なこのお多福が、どうまあ一生可愛がって貰えよう、などと色々
(とりこしくろうもしますれば、したがっておともだちだとか、めしつかいなどの、そのかたのうわさばなしにも)
取越苦労もしますれば、従ってお友達だとか、召使などの、その方の噂話にも
(ききみみをたてるといったちょうしなのでございます。)
聞き耳を立てるといった調子なのでございます。
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