白痴 14

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坂口安吾の小説。

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(かれはおんなをねどこへねせて、そのまくらもとにすわり、)

彼は女を寝床へねせて、その枕元に坐り、

(じぶんのこども、みっつかよっつのちいさなむすめをねむらせるように)

自分の子供、三ツか四ツの小さな娘をねむらせるように

(がくのかみのけをなでてやると、)

額の髪の毛をなでてやると、

(おんなはぼんやりめをあけて、)

女はボンヤリ眼をあけて、

(それがまったくおさないこどものむしんさとかわるところがないのであった。)

それがまったく幼い子供の無心さと変るところがないのであった。

(わたしはあなたをきらっているのではない、)

私はあなたを嫌っているのではない、

(にんげんのあいじょうのひょうげんはけっしてにくたいだけのものではなく、)

人間の愛情の表現は決して肉体だけのものではなく、

(にんげんのさいごのすみかはふるさとで、)

人間の最後の住みかはふるさとで、

(あなたはいわばつねにそのふるさとのじゅうにんのようなものなのだから、)

あなたはいわば常にそのふるさとの住人のようなものなのだから、

(などといざわもはじめはみょうにしかつめらしくそんなこともいいかけてみたが、)

などと伊沢も始めは妙にしかつめらしくそんなことも言いかけてみたが、

(もとよりそれがつうじるわけではないのだし、)

もとよりそれが通じるわけではないのだし、

(いったいことばがなにものであろうか、)

いったい言葉が何物であろうか、

(なにほどのねうちがあるのだろうか、)

何ほどの値打があるのだろうか、

(にんげんのあいじょうすらもそれだけがしんじつのものだという)

人間の愛情すらもそれだけが真実のものだという

(なにのあかしもありえない、)

何のあかしもあり得ない、

(なまのじょうねつをたくするにたるしんじつなものがはたしてどこにありえるのか、)

生の情熱を託するに足る真実なものが果してどこに有り得るのか、

(すべてはきょもうのかげだけだ。)

すべては虚妄の影だけだ。

(おんなのかみのけをなでていると、どうこくしたいおもいがこみあげ、)

女の髪の毛をなでていると、慟哭したい思いがこみあげ、

(さだまるかげすらもないこのとらえがたいちいさなあいじょうが)

さだまる影すらもないこの捉えがたい小さな愛情が

(じぶんのいっしょうのしゅくめいであるような、)

自分の一生の宿命であるような、

など

(そのしゅくめいのかみのけをむしんになでているような)

その宿命の髪の毛を無心になでているような

(せつないおもいになるのであった。)

切ない思いになるのであった。

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