白痴 30
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問題文
(ちいさなじゅうじろへきた。)
小さな十字路へきた。
(ながれのぜんぶがここでもいっぽうをめざしているのは)
流れの全部がここでも一方をめざしているのは
(やはりそっちがひのてがもっともとおいからだが、)
矢張りそっちが火の手が最も遠いからだが、
(そのほうこうにはあきちもはたけもないことをいざわはしっており、)
その方向には空地も畑もないことを伊沢は知っており、
(つぎのべいきのしょういだんがゆくてをふさぐとこのみちにはしのうんめいがあるのみだった。)
次の米機の焼夷弾が行く手をふさぐとこの道には死の運命があるのみだった。
(いっぽうのみちはすでにりょうがわのいえいえがもえくるっているのだが、)
一方の道は既に両側の家々が燃え狂っているのだが、
(そこをこすとおがわがながれ、)
そこを越すと小川が流れ、
(おがわのながれをすうちょうあがるとむぎばたけへでられることをいざわはしっていた。)
小川の流れを数町上ると麦畑へでられることを伊沢は知っていた。
(そのみちをかけぬけていくひとりのかげすらもないのだから、)
その道を駆けぬけて行く一人の影すらもないのだから、
(いざわのけついもにぶったが、ふとみるとひゃくごじゅうめーとるぐらいさきのほうで)
伊沢の決意も鈍ったが、ふと見ると百五十米ぐらい先の方で
(もうかにみずをかけているたったひとりのおとこのすがたがみえるのであった。)
猛火に水をかけているたった一人の男の姿が見えるのであった。
(もうかにみずをかけるといってもけっしていさましいすがたではなく、)
猛火に水をかけるといっても決して勇しい姿ではなく、
(ただばけつをぶらさげているだけで、)
ただバケツをぶらさげているだけで、
(たまにみずをかけてみたり、ぼんやりたったりあるいてみたりへんにちどんなうごきで、)
たまに水をかけてみたり、ぼんやり立ったり歩いてみたり変に痴鈍な動きで、
(そのおとこのしんりのかいしゃくにくるしむようなまのぬけたすがたなのだった。)
その男の心理の解釈に苦しむような間の抜けた姿なのだった。
(ともかくひとりのにんげんがやけしにもせずたっていられるのだからと、)
ともかく一人の人間が焼け死にもせず立っていられるのだからと、
(いざわはおもった。おれのうんをためすのだ。うん。)
伊沢は思った。俺の運をためすのだ。運。
(まさに、もうのこされたのは、ひとつのうん、)
まさに、もう残されたのは、一つの運、
(それをえらぶけつだんがあるだけだった。)
それを選ぶ決断があるだけだった。
(じゅうじろにみぞがあった。いざわはみぞにふとんをひたした。)
十字路に溝があった。伊沢は溝に蒲団をひたした。
(いざわはおんなとかたをくみ、ふとんをかぶり、ぐんしゅうのながれにけつべつした。)
伊沢は女と肩を組み、蒲団をかぶり、群集の流れに訣別した。
(もうかのまいくるうみちにむかってひとあしあるきかけると、)
猛火の舞い狂う道に向って一足歩きかけると、
(おんなはほんのうてきにたちどまりぐんしゅうのながれるほうへ)
女は本能的に立ち止り群集の流れる方へ
(ひきもどされるようにふらふらとよろめいていく。)
ひき戻されるようにフラフラとよろめいて行く。
(「ばか!」おんなのてをちからいっぱいにぎってひっぱり、)
「馬鹿!」女の手を力一杯握ってひっぱり、
(みちのうえへよろめいてでるおんなのかたをだきすくめて、)
道の上へよろめいて出る女の肩をだきすくめて、
(「そっちへいけばしぬだけなのだ」)
「そっちへ行けば死ぬだけなのだ」
(おんなのからだをじぶんのむねにだきしめて、ささやいた。)
女の身体を自分の胸にだきしめて、ささやいた。
(「しぬときは、こうして、ふたりいっしょだよ。おそれるな。)
「死ぬ時は、こうして、二人一緒だよ。怖れるな。
(そして、おれからはなれるな。ひもばくだんもわすれて、)
そして、俺から離れるな。火も爆弾も忘れて、
(おいおれたちふたりのいっしょうのみちはな、いつもこのみちなのだよ。)
おい俺達二人の一生の道はな、いつもこの道なのだよ。
(このみちをただまっすぐみつめて、)
この道をただまっすぐ見つめて、
(おれのかたにすがりついてくるがいい。わかったね」)
俺の肩にすがりついてくるがいい。分ったね」
(おんなはごくんとうなずいた。)
女はごくんと頷いた。