白痴 17

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坂口安吾の小説。

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問題文

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(いざわはおんながほしかった。)

伊沢は女が欲しかった。

(おんながほしいというこえはいざわのさいだいのきぼうですらあったのに、)

女が欲しいという声は伊沢の最大の希望ですらあったのに、

(そのおんなとのせいかつがにひゃくえんにげんていされ、)

その女との生活が二百円に限定され、

(なべだのかまだのみそだのこめだの)

鍋だの釜だの味噌だの米だの

(みんなにひゃくえんのじゅもんをおい、)

みんな二百円の咒文(じゅもん)を負い、

(にひゃくえんのじゅもんにつかれたこどもがうまれ、)

二百円の咒文に憑かれた子供が生まれ、

(おんながまるでてさきのようにじゅもんにつかれたおにとかして)

女がまるで手先のように咒文に憑かれた鬼と化して

(ひびぶつぶつつぶやいている。)

日々ブツブツ呟いている。

(むねのあかりもげいじゅつもきぼうのひかりもみんなきえて、)

胸の灯も芸術も希望の光もみんな消えて、

(せいかつじたいがみちばたのばふんのようにぐちゃぐちゃにふみしだかれて、)

生活自体が道ばたの馬糞のようにグチャグチャに踏みしだかれて、

(かわきあがってかぜにふかれてとびちりあとかたもなくなっていく。)

乾きあがって風に吹かれて飛びちり跡形もなくなって行く。

(つめのあとすら、なくなっていく。)

爪の跡すら、なくなって行く。

(おんなのせにはそういうじゅもんがからみついているのであった。)

女の背にはそういう咒文が絡からみついているのであった。

(やりきれないひしょうなせいかつだった。)

やりきれない卑小な生活だった。

(かれじしんにはこのげんじつのひしょうさをさばくちからすらもない。)

彼自身にはこの現実の卑小さを裁く力すらもない。

(ああせんそう、このいだいなるはかい、)

ああ戦争、この偉大なる破壊、

(きみょうきてれつきてれつなこうへいさでみんなさばかれ)

奇妙奇天烈きてれつな公平さでみんな裁かれ

(にほんじゅうがいしくずだらけののはらになりどろにんぎょうがばたばたたおれ、)

日本中が石屑だらけの野原になり泥人形がバタバタ倒れ、

(それはきょむのなんというせつないきょだいなあいじょうだろうか。)

それは虚無のなんという切ない巨大な愛情だろうか。

(はかいのかみのうでのなかでかれはねむりこけたくなり、)

破壊の神の腕の中で彼は眠りこけたくなり、

など

(そしてかれはけいほうがなるとむしろいきいきしてげーとるをまくのであった。)

そして彼は警報がなるとむしろ生き生きしてゲートルをまくのであった。

ゲートル:脛あてのこと。巻脚絆。

(せいめいのふあんとあそぶことだけがまいにちのいきがいだった。)

生命の不安と遊ぶことだけが毎日の生きがいだった。

(けいほうがかいじょになるとがっかりして、)

警報が解除になるとガッカリして、

(ぜつぼうてきなかんじょうのそうしつがまたはじまるのであった。)

絶望的な感情の喪失が又はじまるのであった。

(このはくちのおんなはこめをたくこともみそしるをつくることもしらない。)

この白痴の女は米を炊くことも味噌汁をつくることも知らない。

(はいきゅうのぎょうれつにたっているのがせいいっぱいで、)

配給の行列に立っているのが精一杯で、

(しゃべることすらもじゆうではないのだ。)

喋ることすらも自由ではないのだ。

(まるでもっともうすいいちまいのがらすのようにきどあいらくのびふうにすらはんきょうし、)

まるで最も薄い一枚のガラスのように喜怒哀楽の微風にすら反響し、

(ほうしんとおびえのしわのあいだへひとのいしをうけいれつうかさせているだけだ。)

放心と怯えの皺の間へ人の意志を受け入れ通過させているだけだ。

(にひゃくえんのあくりょうすらも、このたましいにはやどることができないのだ。)

二百円の悪霊すらも、この魂には宿ることができないのだ。

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