飛雷の鳴弦
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問題文
(ひらいのめいげん)
飛雷の鳴弦
(らいこうひかるめいきゅう。くらやみにさらわれても、ひかりをうしなわない。)
雷光光る銘弓。暗闇に浚われても、光を失わない。
(うみのむこうからさいやくがおとずれたくなんのじだい、)
海の向こうから災厄が訪れた苦難の時代、
(とあるけんごうのじまんのぶきだった。)
とある剣豪の自慢の武器だった。
(けんごうがしょうねんのころ、やまをかっぽし、)
剣豪が少年の頃、山を闊歩し、
(ぐうぜんであっただいてんぐとかけをした。)
偶然出会った大天狗と賭けをした。
(わかくつよいにくたいとしょうぐんがたまわったゆみをおたがいかけて。)
若く強い肉体と将軍が賜った弓をお互い賭けて。
(あのかけのかていがどうだったのかは、)
あの賭けの過程がどうだったかは、
(たぶんよっていておもいだせないだろう。)
たぶん酔っていないと思い出せないだろう。
(そらがしらむころ、さんしょうさんはい、てんぐとひきわけた。)
空が白む頃、三勝三敗、天狗と引き分けた。
(ふこうなことはてんぐのこしょうになったこと。)
不幸なことは、天狗の小姓になったこと。
(こううんなことは、むにのゆみをてにいれたこと。)
幸運なことは、無二の弓を手に入れたこと。
(こんぶまる、てんぐのきゅうじゅつはこうだ。よくみておけ!)
「昆布丸、天狗の弓術はこうだ。よく見ておけ!」
(わけのわからないあだなをつけられたが、てんぐのゆうしもみれた。)
わけのわからないあだ名をつけられたが、天狗の勇姿も見れた。
(くもまをじざいにいききし、かわしたり、)
雲間を自在に行き来し、躱したり、
(きゅうこうかしたり、ゆみをひいて、かみなりのやをはなつ)
急降下したり、弓を引いて、雷の矢を放つ……
(あれはまぎれもなく、さついのまい。)
あれは紛れもなく、殺意の舞い。
(ゆうがではなやかで、それでいてするどくてよそくふのうなまい。)
優雅で華やかで、それでいて鋭くて予測不能な舞い。
(すうねんご、こしょうとはよべなくなったとしになり、)
数年後、小姓とは呼べなくなった歳になり、
(きゅうじゅつやけんじゅつもそれなりにみがいた。)
弓術や剣術もそれなりに磨いた。
(そうして、きまぐれなあるじにばくふにすいせんされてしまった。)
そうして、気まぐれな主に幕府に推薦されてしまった。
(しょうぐんのきかにいたころ、)
将軍の麾下にいた頃、
(ぶげいがしょうじんし、ゆうじんもきゅうてきもたくさんつくった。)
武芸が精進し、友人も仇敵もたくさん作った。
(かけぐせがなおらず、)
賭け癖が治らず、
(それどころかてんぐのめいきゅうをもっていることで、さらにあっかした。)
それどころか天狗の銘弓を持っていることで、さらに悪化した。
(かけをしようか。そうだな、このゆみをかけよう)
「賭けをしようか。そうだな、この弓を賭けよう」
(このよでもっともよいゆみで、)
「この世で最も良い弓で、」
(いきてかえってくることにかけてやる)
「生きて帰ってくることに賭けてやる」
(それはおまえにあづけておく。)
「それはお前に預けておく。」
(このたかねがまけたら、そのゆみはおまえのものだ。)
「この高嶺が負けたら、その弓はお前のものだ」
(あさせはおれにきゅうじゅつをならったのだから、つかいこなせるだろう)
「浅瀬は俺に弓術を習ったのだから、使いこなせるだろう」
(だが、もしおれがかったら)
「だが、もし俺が勝ったら……」
(さいやくがうみからせまりくるじだい、)
災厄が海から迫りくる時代、
(さむらいとつよがりなみこがかけをした。)
侍と強がりな巫女が賭けをした。
(しんえんよりせいかんするきかいと、)
深淵より生還する機会と、
(しょうぐんからたまわっためいきゅうをかけて。)
将軍から賜った銘弓を賭けて。
(しっこくのけがれがだいちにしずみ、)
漆黒の穢れが大地に沈み、
(ふたたびへいおんがもどっても、)
再び平穏が戻っても、
(けんごうはかえってこなかった。)
剣豪は帰ってこなかった。
(かけにかったみこのてに、)
賭けに勝った巫女の手に、
(しょうぐんからたまわっためいきゅうがあった。)
将軍から賜った銘弓があった。
(そのご、きつねさいぐうがすがたをけしたもりのなか、)
その後、狐斎宮が姿を消した杜の中、
(やくそくのばしょで、)
約束の場所で、
(しんえんよりあしをひきずりながらかえってきたひとは、)
深淵より足を引きずりながら帰ってきた人は、
(わかくないみことさいかいをはたす。)
若くない巫女と再会を果たす。
(ちのなみだがかわききったしっこくのひとみにひかりがさしたしゅんかん、)
血の涙が乾ききった漆黒の瞳に光がさした瞬間、
(にぶくひかるやにいぬかれた。)
鈍く光る矢に射抜かれた。