中島敦 名人伝 1/4

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(ちょうのかんたんのみやこにすむきしょうというおとこが、)

趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が、

(てんかだいいちのゆみのめいじんになろうとこころざしをたてた。)

天下第一の弓の名人になろうと志を立てた。

(おのれのしとたのむべきじんぶつをぶっしょくするに、とうこんゆみやをとっては、)

己の師と頼むべき人物を物色するに、当今弓矢をとっては、

(めいしゅ・ひえいにおよぶものがあろうとはおもわれぬ。)

名手・飛衛に及ぶ者があろうとは思われぬ。

(ひゃっぽをへだててりゅうようをいるにひゃっぱつひゃくちゅうするたつじんだそうである。)

百歩を隔てて柳葉を射るに百発百中するという達人だそうである。

(きしょうははるばるひえいをたずねてそのもんにはいった。)

紀昌は遥々飛衛をたずねてその門に入った。

(ひえいはしんいりのもんじんに、まずまたたきせざることをまなべとめいじた。)

飛衛は新入の門人に、まず瞬きせざることを学べと命じた。

(きしょうはいえにかえり、つまのはたおりだいのしたにもぐりこんで、)

紀昌は家に帰り、妻の機織台の下に潜り込んで、

(そこにあおむけにひっくりかえった。めとすれすれにまねきが)

そこに仰向けにひっくり返った。眼とすれすれに機躡が

(いそがしくじょうげおうらいするのをじっとまたたかずにみつめていようというくふうである。)

忙しく上下往来するのをじっと瞬かずに見詰めていようという工夫である。

(りゆうをしらないつまはおおいにおどろいた。)

理由を知らない妻は大いに驚いた。

(だいいち、みょうなしせいをみょうなかくどからおっとにのぞかれてはこまるという。)

第一、妙な姿勢を妙な角度から良人に覗かれては困るという。

(いやがるつまをきしょうはしかりつけて、むりにはたをおりつづけさせた。)

厭がる妻を紀昌は叱りつけて、無理に機を織り続けさせた。

(くるひもくるひもかれはこのおかしなかっこうで、またたきせざるしゅうれんをかさねる。)

来る日も来る日も彼はこの可笑しな恰好で、瞬きせざる修練を重ねる。

(にねんののちには、あわただしくおうへんするまねきがまつげをかすめても、)

二年の後には、遽だしく往返する牽挺が睫毛を掠めても、

(たえてまたたくことがなくなった。)

絶えて瞬くことがなくなった。

(かれはようやくはたのしたからはいだす。)

彼はようやく機の下から匍出す。

(もはや、えいりなきりのさきをもってまぶたをつかれても、)

もはや、鋭利な錐の先をもって瞼を突かれても、

(まばたきをせぬまでになっていた。)

まばたきをせぬまでになっていた。

(ふいにひのこがめにとびいろうとも、めのまえにとつぜんはいかぐらがたとうとも、)

不意に火の粉が目に飛入ろうとも、目の前に突然灰神楽が立とうとも、

など

(かれはけっしてめをぱちつかせない。)

彼は決して目をパチつかせない。

(かれのまぶたはもはやそれをとじるべききんにくのしようほうをわすれはて、)

彼の瞼はもはやそれを閉じるべき筋肉の使用法を忘れ果て、

(よる、じゅくすいしているときでも、)

夜、熟睡している時でも、

(きしょうのめはかっとおおきくみひらかれたままである。)

紀昌の目はカッと大きく見開かれたままである。

(ついに、かれのめのまつげとまつげとのあいだにちいさないっぴきのくもがすをかけるにおよんで、)

ついに、彼の目の睫毛と睫毛との間に小さな一匹の蜘蛛が巣をかけるに及んで、

(かれはようやくじしんをえて、しのひえいにこれをつげた。)

彼はようやく自信を得て、師の飛衛にこれを告げた。

(それをきいてひえいがいう。またたかざるのみではまだしゃをさずけるにはたりぬ。)

それを聞いて飛衛がいう。瞬かざるのみではまだ射を授けるに足りぬ。

(つぎには、みることをまなべ。みることにじゅくして、さて、しょうをみることだいのごとく、)

次には、視ることを学べ。視ることに熟して、さて、小を視ること大のごとく、

(びをみることちょのごとくなったならば、きたってわれにつげるがよいと。)

微を見ること著のごとくなったならば、来って我に告げるがよいと。

(きしょうはふたたびいえにもどり、はだぎのぬいめからしらみをいっぴきさがしだして、)

紀昌は再び家に戻り、肌着の縫目から虱を一匹探し出して、

(これをおのがかみのけをもってつないだ。)

これを己が髪の毛をもって繋いだ。

(そうして、それをみなみむきのまどにかけ、しゅうじつ、にらみくらすことにした。)

そうして、それを南向きの窓に懸け、終日、睨み暮らすことにした。

(まいにちまいにちかれはまどにぶらさがったしらみをみつめる。)

毎日毎日彼は窓にぶら下った虱を見詰める。

(はじめ、もちろんそれはいっぴきのしらみにすぎない。)

初め、もちろんそれは一匹の虱に過ぎない。

(にさんにちたっても、いぜんとしてしらみである。)

二三日たっても、依然として虱である。

(ところが、とおかあまりすぎると、きのせいか、)

ところが、十日余り過ぎると、気のせいか、

(どうやらそれがほんのすこしながらおおきくみえてきたようにおもわれる。)

どうやらそれがほんの少しながら大きく見えて来たように思われる。

(みつきめのおわりには、あきらかにかいこほどのおおきさにみえてきた。)

三月目の終りには、明らかに蚕ほどの大きさに見えて来た。

(しらみをつるしたまどのそとのふうぶつは、しだいにうつりかわる。)

虱を吊るした窓の外の風物は、次第に移り変る。

(ききとしててっていたはるのひはいつかはげしいなつのひかりにかわり、)

煕々として照っていた春の陽はいつか烈しい夏の光に変り、

(すんだあきぞらをたかくがんがわたっていったかとおもうと、)

澄んだ秋空を高く雁が渡って行ったかと思うと、

(はや、さむざむとしたはいいろのそらからみぞれがおちかかる。)

はや、寒々とした灰色の空から霙が落ちかかる。

(きしょうはこんきよく、)

紀昌は根気よく、

(もうはつのさきにぶらさがったゆうふんるい・さいようせいのしょうせっそくどうぶつをみつづけた。)

毛髪の先にぶら下った有吻類・催痒性の小節足動物を見続けた。

(そのしらみもなんじっぴきとなくとりかえられていくうちに、はやくもさんねんのつきひがながれた。)

その虱も何十匹となく取換えられて行く中に、早くも三年の月日が流れた。

(あるひふときがつくと、まどのしらみがうまのようなおおきさにみえていた。)

ある日ふと気が付くと、窓の虱が馬のような大きさに見えていた。

(しめたと、きしょうはひざをうち、おもてへでる。)

占めたと、紀昌は膝を打ち、表へ出る。

(かれはわがめをうたがった。ひとはこうとうであった。うまはやまであった。)

彼は我が目を疑った。人は高塔であった。馬は山であった。

(ぶたはおかのごとく、とりはじょうろうとみえる。)

豚は丘のごとく、鶏は城楼と見える。

(じゃくやくしていえにとってかえしたきしょうは、)

雀躍して家にとって返した紀昌は、

(ふたたびまどぎわのしらみにたちむかい、えんかくのゆみにさくほうのやがらをつがえてこれをいれば、)

再び窓際の虱に立向い、燕角の弧に朔蓬の簳をつがえてこれを射れば、

(やはみごとにしらみのしんのぞうをつらぬいて、しかもしらみをつないだけさえきれぬ。)

矢は見事に虱の心の臓を貫いて、しかも虱を繋いだ毛さえ断れぬ。

(きしょうはさっそくしのもとにおもむいてこれをほうずる。)

紀昌は早速師の許に赴いてこれを報ずる。

(ひえいはこうとうしてむねをうち、はじめて「でかしたぞ」とほめた。)

飛衛は高蹈して胸を打ち、初めて「出かしたぞ」と褒めた。

(そうして、ただちにしゃじゅつのおうぎひでんをあますところなくきしょうにさずけはじめた。)

そうして、直ちに射術の奥儀秘伝を剰すところなく紀昌に授け始めた。

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