堀辰雄 風立ちぬ 序曲 1

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プレイ回数322難易度(4.5) 5036打 長文
タグ小説 長文
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 HAKU 7576 7.7 97.7% 649.0 5035 118 95 2024/03/20
2 subaru 7141 7.5 95.0% 665.7 5018 264 95 2024/03/18
3 だだんどん 6162 A++ 6.7 91.5% 736.9 5006 465 95 2024/04/22
4 じゅんこ 5182 B+ 5.4 95.0% 920.3 5032 263 95 2024/03/25
5 amon 4939 B 5.1 96.6% 985.4 5043 176 95 2024/03/16

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問題文

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(それらのなつのひび、いちめんにすすきのおいしげったそうげんのなかで、おまえがたったままねっしんに)

それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に

(えをかいていると、わたしはいつもそのかたわらのいっぽんのしらかばのこかげに)

絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に

(みをよこたえていたものだった。そうしてゆうがたになって、おまえがしごとをすませて)

身を横たえていたものだった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて

(わたしのそばにくると、それからしばらくわたしたちはかたにてをかけあったまま、)

私のそばに来ると、それからしばらく私達は肩に手をかけ合ったまま、

(はるかかなたの、ふちだけあかねいろをおびたにゅうどうぐものむくむくしたかたまりにおおわれている)

遥か彼方の、縁だけ茜色を帯びた入道雲のむくむくした塊りに覆われている

(ちへいせんのほうをながめやっていたものだった。)

地平線の方を眺めやっていたものだった。

(ようやくくれようとしかけているそのちへいせんから、はんたいになにものかが)

ようやく暮れようとしかけているその地平線から、反対に何物かが

(うまれてきつつあるかのように・・・・・・)

生れて来つつあるかのように……

(そんなひのあるごご、(それはもうあきちかいひだった))

そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)

(わたしたちはおまえのえがきかけのえをがかにたてかけたまま、)

私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、

(そのしらかばのこかげにねそべってくだものをかじっていた。)

その白樺の木蔭に寝そべって果物を齧じっていた。

(すなのようなくもがそらをさらさらとながれていた。)

砂のような雲が空をさらさらと流れていた。

(そのときふいに、どこからともなくかぜがたった。)

そのとき不意に、何処からともなく風が立った。

(わたしたちのあたまのうえでは、このはのあいだからちらっとのぞいているあいいろが)

私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が

(のびたりちぢんだりした。)

伸びたり縮んだりした。

(それとほとんどどうじに、くさむらのなかになにかがばったりとたおれるものおとを)

それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を

(わたしたちはみみにした。)

私達は耳にした。

(それはわたしたちがそこにおきっぱなしにしてあったえが、)

それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、

(がかとともに、たおれたおとらしかった。)

画架と共に、倒れた音らしかった。

(すぐたちあがっていこうとするおまえを、わたしは、)

すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、

など

(いまのいっしゅんのなにものをもうしなうまいとするかのようにむりにひきとめて、)

いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、

(わたしのそばからはなさないでいた。おまえはわたしのするがままにさせていた。)

私のそばから離さないでいた。お前は私のするがままにさせていた。

(かぜたちぬ、いざいきめやも。)

風立ちぬ、いざ生きめやも。

(ふとくちをついてでてきたそんなしくを、わたしはわたしにもたれているおまえのかたに)

ふと口を衝いて出て来たそんな詩句を、私は私に靠れているお前の肩に

(てをかけながら、くちのうちでくりかえしていた。)

手をかけながら、口の裡で繰り返していた。

(それからやっとおまえはわたしをふりほどいてたちあがっていった。)

それからやっとお前は私を振りほどいて立ち上って行った。

(まだよくかわいてはいなかったかんヴぁすは、そのあいだに、)

まだよく乾いてはいなかったカンヴァスは、その間に、

(いちめんにくさのはをこびつかせてしまっていた。)

一めんに草の葉をこびつかせてしまっていた。

(それをふたたびがかにたてなおし、ぱれっと・ないふでそんなくさのはを)

それを再び画架に立て直し、パレット・ナイフでそんな草の葉を

(とりにくそうにしながら、)

除りにくそうにしながら、

(「まあ!こんなところを、もしおとうさまにでもみつかったら・・・・・・」)

「まあ!こんなところを、もしお父様にでも見つかったら……」

(おまえはわたしのほうをふりむいて、なんだかあいまいなびしょうをした。)

お前は私の方をふり向いて、なんだか曖昧な微笑をした。

(「もうにさんにちしたらおとうさまがいらっしゃるわ」)

「もう二三日したらお父様がいらっしゃるわ」

(あるあさのこと、わたしたちがもりのなかをさまよっているとき、)

或る朝のこと、私達が森の中をさまよっているとき、

(とつぜんおまえがそういいだした。わたしはなんだかふまんそうにだまっていた。)

突然お前がそう言い出した。私はなんだか不満そうに黙っていた。

(するとおまえは、そういうわたしのほうをみながら、)

するとお前は、そういう私の方を見ながら、

(すこししゃがれたようなこえでふたたびくちをきいた。)

すこし嗄れたような声で再び口をきいた。

(「そうしたらもう、こんなさんぽもできなくなるわね」)

「そうしたらもう、こんな散歩も出来なくなるわね」

(「どんなさんぽだって、しようとおもえばできるさ」)

「どんな散歩だって、しようと思えば出来るさ」

(わたしはまだふまんらしく、おまえのいくぶんきづかわしそうなしせんを)

私はまだ不満らしく、お前のいくぶん気づかわしそうな視線を

(じぶんのうえにかんじながら、しかしそれよりももっと、)

自分の上に感じながら、しかしそれよりももっと、

(わたしたちのずじょうのこずえがなんとはなしにざわめいているのに)

私達の頭上の梢が何んとはなしにざわめいているのに

(きをとられているようなようすをしていた。)

気を奪られているような様子をしていた。

(「おとうさまがなかなかわたしをはなしてくださらないわ」)

「お父様がなかなか私を離して下さらないわ」

(わたしはとうとうじれったいとでもいうようなめつきで、おまえのほうをみかえした。)

私はとうとう焦れったいとでも云うような目つきで、お前の方を見返した。

(「じゃあ、ぼくたちはもうこれでおわかれだというのかい?」)

「じゃあ、僕達はもうこれでお別れだと云うのかい?」

(「だってしかたがないじゃないの」)

「だって仕方がないじゃないの」

(そういっておまえはいかにもあきらめきったように、)

そう言ってお前はいかにも諦め切ったように、

(わたしにつとめてほほえんでみせようとした。)

私につとめて微笑んで見せようとした。

(ああ、そのときのおまえのかおいろの、そしてそのくちびるのいろまでも、)

ああ、そのときのお前の顔色の、そしてその唇の色までも、

(なんとあおざめていたことったら!)

何んと蒼ざめていたことったら!

(「どうしてこんなにかわっちゃったんだろうなあ。)

「どうしてこんなに変っちゃったんだろうなあ。

(あんなにわたしになにもかもまかせきっていたようにみえたのに・・・・・・」)

あんなに私に何もかも任せ切っていたように見えたのに……」

(とわたしはかんがえあぐねたようなかっこうで、だんだんはだかねのごろごろしだしてきた)

と私は考えあぐねたような恰好で、だんだん裸根のごろごろし出して来た

(せまいやまみちを、おまえをすこしさきにやりながら、)

狭い山径を、お前をすこし先きにやりながら、

(いかにもあるきにくそうにあるいていった。)

いかにも歩きにくそうに歩いて行った。

(そこいらはもうだいぶこだちがふかいとみえ、くうきはひえびえとしていた。)

そこいらはもうだいぶ木立が深いと見え、空気はひえびえとしていた。

(ところどころにちいさなさわがくいこんだりしていた。)

ところどころに小さな沢が食いこんだりしていた。

(とつぜん、わたしのあたまのなかにこんなかんがえがひらめいた。)

突然、私の頭の中にこんな考えが閃いた。

(おまえはこのなつ、ぐうぜんであったわたしのようなものにもあんなにじゅうじゅんだったように、)

お前はこの夏、偶然出逢った私のような者にもあんなに従順だったように、

(いや、もっともっと、おまえのちちや、それからまたそういうちちをもかずにいれた)

いや、もっともっと、お前の父や、それからまたそういう父をも数に入れた

(おまえのすべてをたえずしはいしているものに、)

お前のすべてを絶えず支配しているものに、

(すなおにみをまかせきっているのではないだろうか?)

素直に身を任せ切っているのではないだろうか?

(・・・・・・「せつこ!そういうおまえであるのなら、)

……「節子!そういうお前であるのなら、

(わたしはおまえがもっともっとすきになるだろう。)

私はお前がもっともっと好きになるだろう。

(わたしがもっとしっかりとせいかつのみとおしがつくようになったら、)

私がもっとしっかりと生活の見透しがつくようになったら、

(どうしたっておまえをもらいにいくから、それまではおとうさんのもとに)

どうしたってお前を貰いに行くから、それまではお父さんの許に

(いまのままのおまえでいるがいい・・・・・・」)

今のままのお前でいるがいい……」

(そんなことをわたしはじぶんじしんにだけいいきかせながら、)

そんなことを私は自分自身にだけ言い聞かせながら、

(しかしおまえのどういをもとめでもするかのように、いきなりおまえのてをとった。)

しかしお前の同意を求めでもするかのように、いきなりお前の手をとった。

(おまえはそのてをわたしにとられるがままにさせていた。)

お前はその手を私にとられるがままにさせていた。

(それからわたしたちはそうしててをくんだまま、ひとつのさわのまえにたちどまりながら、)

それから私達はそうして手を組んだまま、一つの沢の前に立ち止まりながら、

(おしだまって、わたしたちのあしもとにふかくくいこんでいるちいさなさわのずっとそこの、)

押し黙って、私達の足許に深く食いこんでいる小さな沢のずっと底の、

(したばえのしだなどのうえまで、ひのひかりがかずしれずえだをさしかわしている)

下生の羊歯などの上まで、日の光が数知れず枝をさしかわしている

(ひくいかんぼくのすきまをようやくのことでくぐりぬけながら、まだらにおちていて、)

低い灌木の隙間をようやくのことで潜り抜けながら、斑らに落ちていて、

(そんなこもれびがそこまでとどくうちにほとんどあるかないかくらいになっているそよかぜに)

そんな木洩れ日がそこまで届くうちに殆んどあるかないか位になっている微風に

(ちらちらとゆれうごいているのを、なにかせつないようなきもちでみつめていた。)

ちらちらと揺れ動いているのを、何か切ないような気持で見つめていた。

(それからにさんにちしたあるゆうがた、わたしはしょくどうで、)

それから二三日した或る夕方、私は食堂で、

(おまえがおまえをむかえにきたちちとしょくじをともにしているのをみいだした。)

お前がお前を迎えに来た父と食事を共にしているのを見出した。

(おまえはわたしのほうにぎこちなさそうにせなかをむけていた。)

お前は私の方にぎこちなさそうに背中を向けていた。

(ちちのがわにいることがおまえにほとんどむいしきてきにとらせているにちがいない)

父の側にいることがお前に殆んど無意識的に取らせているにちがいない

(ようすやどうさは、わたしにはおまえをついぞみかけたこともないような)

様子や動作は、私にはお前をついぞ見かけたこともないような

(わかいむすめのようにかんじさせた。)

若い娘のように感じさせた。

(「たといわたしがそのなをよんだにしたって・・・・・・」とわたしはひとりでつぶやいた。)

「たとい私がその名を呼んだにしたって……」と私は一人でつぶやいた。

(「あいつはへいきでこっちをみむきもしないだろう。)

「あいつは平気でこっちを見向きもしないだろう。

(まるでもうわたしのよんだものではないかのように・・・・・・」)

まるでもう私の呼んだものではないかのように……」

(そのばん、わたしはひとりでつまらなそうにでかけていったさんぽから)

その晩、私は一人でつまらなそうに出かけて行った散歩から

(かえってきてからも、しばらくほてるのひとけのないにわのなかをぶらぶらしていた。)

かえって来てからも、しばらくホテルの人けのない庭の中をぶらぶらしていた。

(やまゆりがにおっていた。わたしはほてるのまどがまだふたつみっつあかりをもらしているのを)

山百合が匂っていた。私はホテルの窓がまだ二つ三つあかりを洩らしているのを

(ぼんやりとみつめていた。そのうちすこしきりがかかってきたようだった。)

ぼんやりと見つめていた。そのうちすこし霧がかかって来たようだった。

(それをおそれでもするかのように、まどのあかりはひとつびとつきえていった。)

それを恐れでもするかのように、窓のあかりは一つびとつ消えて行った。

(そしてとうとうほてるじゅうがすっかりまっくらになったかとおもうと、)

そしてとうとうホテル中がすっかり真っ暗になったかと思うと、

(かるいきしりがして、ゆるやかにひとつのまどがあいた。)

軽いきしりがして、ゆるやかに一つの窓が開いた。

(そしてばらいろのねまきらしいものをきた、ひとりのわかいむすめが、)

そして薔薇色の寝衣らしいものを着た、一人の若い娘が、

(まどのふちにじっとよりかかりだした。それはおまえだった。・・・・・・)

窓の縁にじっと凭りかかり出した。それはお前だった。……

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