山本周五郎 赤ひげ診療譚 鶯ばか 三

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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りつ 3964 D++ 4.1 96.1% 941.7 3887 154 56 2024/10/11
2 ちゃちゃん 3803 D++ 4.0 93.4% 940.6 3846 268 56 2024/10/09

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問題文

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(のぼるはいっこくちかくいただけで、ちちのもどるのをまたずにさんばんちょうのいえからかえった。)

登は一刻ちかくいただけで、父の戻るのを待たずに三番町の家から帰った。

(はははやはりじびょうのつうふうであったが、まえにはみぎあしのひざがしらだけだったのに、)

母はやはり持病の痛風であったが、まえには右足の膝がしらだけだったのに、

(こんどはふとももからこしにかけていたみがひろがり、たちいもふじゆうになった。それを)

こんどは太腿から腰にかけて痛みがひろがり、立ち居も不自由になった。それを

(きいて、あまのから、みのまわりのめんどうをみようと、まさをがすすんできたのだ、)

聞いて、天野から、身のまわりの面倒をみようと、まさをがすすんで来たのだ、

(ということであった。まさをがようじょうしょへたずねてきたとき、のぼるはついに)

ということであった。まさをが養生所へ訪ねて来たとき、登はついに

(あわなかったので、しょうじょじだいのきおくしかないが、あねのちぐさとはからだつきも)

会わなかったので、少女時代の記憶しかないが、姉のちぐさとは躰つきも

(かおだちもちがっていた。やせがたでこがらだが、いかにもけんこうそうであり、どうさは)

顔だちも違っていた。痩せがたで小柄だが、いかにも健康そうであり、動作は

(わかいめじかのようにすばしこく、ちょっとしゃくれた、あいきょうのあるかおには、)

若い牝鹿のようにすばしこく、ちょっとしゃくれた、愛嬌のある顔には、

(きよらかなけいりゅうのおもにみられるような、びんかんでへんかのあるひょうじょうが、たえず)

清らかな渓流の面に見られるような、敏感で変化のある表情が、絶えず

(あらわれたりきえたりした。 ーーしまいでもこんなにちがうことがあるんだな。)

あらわれたり消えたりした。 ーー姉妹でもこんなに違うことがあるんだな。

(きりょうもぬきんでているし、きょそもおっとりとゆうがで、いろやかおりののうこうなはなを)

縹緻もぬきんでているし、挙措もおっとりと優雅で、色や香りの濃厚な花を

(れんそうさせるちぐさとは、あまりにちがっているし、そのうえふしぎなことに、)

連想させるちぐさとは、あまりに違っているし、そのうえふしぎなことに、

(いまののぼるにはちぐさよりもまさをのほうがはるかにこのましく、むしろつよく)

いまの登にはちぐさよりもまさをのほうがはるかに好ましく、むしろ強く

(ひきつけられたことにじぶんでおどろいた。かれはそれがじぶんでもはずかしかった)

ひきつけられたことに自分で驚いた。彼はそれが自分でも恥ずかしかった

(ようで、ははがそれとなくえんぐみのことにふれたとき、もうすこしたってからへんじを)

ようで、母がそれとなく縁組のことに触れたとき、もう少し経ってから返辞を

(します、とぶあいそにこたえただけで、すぐにまたようじょうしょのはなしにもどった。)

します、とぶあいそに答えただけで、すぐにまた養生所の話に戻った。

(ーーあなたのようすでやっとあんしんしました。 はははわかれるときにいった。のぼるの)

ーーあなたのようすでやっと安心しました。 母は別れるときに云った。登の

(ねっしんなはなしぶりで、かれがようじょうしょへいれられたのを、いまではもうおこっていない)

熱心な話しぶりで、彼が養生所へ入れられたのを、いまではもう怒っていない

(ということがわかったらしい。さもあんどしたといいたげに、はははよわよわしく)

ということがわかったらしい。さも安堵したといいたげに、母は弱弱しく

(びしょうしながらいった。)

微笑しながら云った。

など

(ーーるすにあんなことがあって、あなたのきしょうがしんぱいでしたし、ちょうど)

ーー留守にあんなことがあって、あなたの気性が心配でしたし、ちょうど

(にいでせんせいからのおはなしがでたものだから、さぞおこるだろうとはおもったけれどね。)

新出先生からのお話が出たものだから、さぞ怒るだろうとは思ったけれどね。

(ーーそれはもうすんだことです。 ようじょうしょへはいったことは、かえってよかったと)

ーーそれはもう済んだことです。 養生所へ入ったことは、却ってよかったと

(おもっています、とのぼるもわらいながらいった。それから、つうふうにはかんぶを)

思っています、と登も笑いながら云った。それから、痛風には患部を

(あたためるのもいいが、りょうべんのつうじ、とくにはいにょうをきそくただしくしなければならない)

温めるのもいいが、両便の通じ、特に排尿を規則正しくしなければならない

(こと、またしょくじのとりかたなどもちゅういして、のぼるはわかれをつげた。げんかんまでおくって)

こと、また食事のとりかたなども注意して、登は別れを告げた。玄関まで送って

(きたまさをに、かれは、「ははをたのみます」といい、まさをは、どうぞまたみまいに)

きたまさをに、彼は、「母を頼みます」と云い、まさをは、どうぞまたみまいに

(きてくれるようにといって、のぼるのめをじっとみあげた。 そとへでて、あるいて)

来てくれるようにと云って、登の眼をじっと見あげた。 外へ出て、歩いて

(いきながら、のぼるはこうふくなきぶんにつつまれているのをかんじた。げんかんへりょうてをついて)

いきながら、登は幸福な気分に包まれているのを感じた。玄関へ両手を突いて

(こちらをみあげたとき、まさをはそのめをぱちぱちとおおきくにさんど)

こちらを見あげたとき、まさをはその眼をぱちぱちと大きく二三度

(またたかせた。するとかのじょのかおいちめんが、つゆをはらったなにかのはなびらのように、)

またたかせた。すると彼女の顔いちめんが、露をはらったなにかの葩のように、

(みずみずしいせいきをはっするのがかんじられた。 「あのめだな」とあるきながらかれは)

みずみずしい精気を発するのが感じられた。 「あの眼だな」と歩きながら彼は

(つぶやいた、「よくきのまわる、かしこさとびんかんなきしょうが、あのめにそのまま)

呟いた、「よく気のまわる、賢さと敏感な気性が、あの眼にそのまま

(あらわれている」 ちぐさはどうだ。そうおもってかれはおそろしくけつぜんとくびを)

あらわれている」 ちぐさはどうだ。そう思って彼はおそろしく決然と首を

(ふった。ちぐさのいんしょうはすっかりいろあせたばかりでなく、いまのかれにはいささかの)

振った。ちぐさの印象はすっかり色褪せたばかりでなく、いまの彼には些かの

(みれんものこらず、むしろけんおをもよおすくらいであった。 「これはおれがせいちょうした)

みれんも残らず、むしろ嫌悪を催すくらいであった。 「これはおれが成長した

(ことだろうか」とのぼるはまたつぶやいた、「そうだ、ようじょうしょでけいけんしたことが、たぶん)

ことだろうか」と登はまた呟いた、「そうだ、養生所で経験したことが、たぶん

(いくらかでもおれをせいちょうさせたのだろう、そうだ、おれにとってはこのほうが)

幾らかでもおれを成長させたのだろう、そうだ、おれにとってはこのほうが

(よかった」 かくしゅかくようないみで、にんげんせいかつのおもてうらをみてきた。ことにふこうや)

よかった」 各種各様な意味で、人間生活の表裏を見て来た。ことに不幸や

(ひんこんやびょうくのめんで、そこにあらわれるにんげんのはだかなすがたを、げんじつにじぶんのめで)

貧困や病苦の面で、そこにあらわれる人間のはだかな姿を、現実に自分の眼で

(みてきたのである。そのけいけんから、ちぐさとまさをとのさをみわけるだけの、)

見て来たのである。その経験から、ちぐさとまさをとの差を見分けるだけの、

(はんだんりょくをもつようになったのだ。 「だがまあ、そういきまくな」しばらくして)

判断力を持つようになったのだ。 「だがまあ、そういきまくな」暫くして

(のぼるは、きょじょうのくちまねでつぶやいた、「まさををみとめたいまのいま、にわかにそう)

登は、去定の口まねで呟いた、「まさをを認めたいまのいま、にわかにそう

(いきまくことはない、みっともないぞ」 かれはじぶんのかおがあかくなるようにおもい、)

いきまくことはない、みっともないぞ」 彼は自分の顔が赤くなるように思い、

(そこできをたてなおすために、のこったじかんをゆうこうにつかおうとけっしんした。じこくはまだ)

そこで気を立て直すために、残った時間を有効に使おうと決心した。時刻はまだ

(ごごにじちょっとまえである。のぼるはようじょうしょへはかえらずに、そのまま)

午後二時ちょっとまえである。登は養生所へは帰らずに、そのまま

(「いずさまうら」へまわった。 のぼるはまずじゅうべえのようすをみようと)

「伊豆さま裏」へまわった。 登はまず十兵衛のようすをみようと

(おもったのだが、さはいのいえのまえをとおると、うへえがとびだしてきてよびかけた。)

思ったのだが、差配の家の前をとおると、卯兵衛がとびだして来て呼びかけた。

(「いまようじょうしょへつかいをやろうとしていたところです」とうへえはうろたえたこえで)

「いま養生所へ使いをやろうとしていたところです」と卯兵衛はうろたえた声で

(いった、「ひどいことになりました、すぐにいってやってください、いっかしんじゅうを)

云った、「ひどいことになりました、すぐにいってやって下さい、一家心中を

(やりましてね、こうあんさんがいちおうてあてだけはしてくれたんですが、ええ、いや)

やりましてね、考庵さんがいちおう手当だけはしてくれたんですが、ええ、いや

(そうじゃない、じゅうべえじゃありません。じゅうべえはちゃんとうぐいすをにらんでます、)

そうじゃない、十兵衛じゃありません。十兵衛はちゃんと鶯をにらんでます、

(ええ、ごろきちのところです」 「なんでやったか、はものか」)

ええ、五郎吉のところです」 「なんでやったか、刃物か」

(「どくです」ろじへかけこみながら、まだうろたえたこえでうへえがいった、)

「毒です」路地へ駆け込みながら、まだうろたえた声で卯兵衛が云った、

(「こうあんさんのはなしではねずみとりのどくだろうということですが、はいたものもくさいし、)

「考庵さんの話では鼠取りの毒だろうということですが、吐いた物も臭いし、

(いえのなかじゅうおっそろしくにおってむせるようです」)

家の中じゅうおっそろしく臭ってむせるようです」

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