横光利一 機械 4
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問題文
(あるひしゅじんがわたしをあんしつによびこんだのではいっていくと、ありにんをかけた)
或る日主人が私を暗室に呼び込んだので這入っていくと、アリニンをかけた
(しんちゅうのじがねをあるこーるらんぷのうえでねっしながらいきなりせつめいしていうには、)
真鍮の地金をアルコールランプの上で熱しながらいきなり説明していうには、
(ぷれーとのいろをへんかさせるにはなんでもねっするときのへんかにいちばんちゅういしなければ)
プレートの色を変化させるには何んでも熱するときの変化に一番注意しなければ
(ならない、いまはこのじがねはむらさきいろをしているがこれがこくかっしょくとなりやがてこくしょくと)
ならない、いまはこの地金は紫色をしているがこれが黒褐色となりやがて黒色と
(なるともうすでにこのじがねがつぎのしれんのばあいにえんかてつにまけてやくにたたなくなる)
なるともうすでにこの地金が次の試練の場合に塩化鉄に敗けて役に立たなくなる
(やくそくをしているのだから、ちゃくしょくのくふうはすべていろのへんかのちゅうだんにおいて)
約束をしているのだから、着色の工夫は総て色の変化の中段において
(なさるべきだとおしえておいて、わたしにそのばでばーにんぐのしけんをできるかぎり)
なさるべきだと教えておいて、私にその場でバーニングの試験を出来る限り
(おおくのやくひんをしようしてやってみよという。それからのわたしはかごうぶつとげんその)
多くの薬品を使用してやってみよという。それからの私は化合物と元素の
(ゆうきかんけいをしらべることにますますきょうみをむけていったのだが、これはきょうみを)
有機関係を験べることにますます興味を向けていったのだが、これは興味を
(もてばもつほどいままでしらなかったむきぶつないのびみょうなゆうきてきうんどうのきゅうしょをよみとる)
持てば持つほど今迄知らなかった無機物内の微妙な有機的運動の急所を読みとる
(ことができてきて、いかなるちいさなことにもきかいのようなほうそくがけいすうとなって)
ことが出来て来て、いかなる小さなことにも機械のような法則が係数となって
(じったいをはかっていることにきづきだしたわたしのゆいしんてきなめざめのだいいっぽと)
実体を計っていることに気附き出した私の唯心的な眼醒めの第一歩と
(なってきた。しかしかるべはまえまでだれもはいることをゆるされなかったあんしつのなかへ)
なって来た。しかし軽部は前まで誰も這入ることを許されなかった暗室の中へ
(じゆうにはいりだしたわたしにきがつくと、わたしをみるかおいろまでがかわってきた。あんなに)
自由に這入り出した私に気がつくと、私を見る顔色までが変って来た。あんなに
(はやくからいちにもしゅじんににもしゅじんとおもってきたかるべにもかかわらずしんざんのわたしにゆるされた)
早くから一にも主人二にも主人と思って来た軽部にも拘らず新参の私に許された
(ことがかれにゆるされないのだからいままでのわたしへのかれのけいかいもなんのやくにもたたなく)
ことが彼に許されないのだからいままでの私への彼の警戒も何の役にも立たなく
(なったばかりではない、うっかりするとかれのちいさえわたしがじゆうにさゆうしだす)
なったばかりではない、うっかりすると彼の地位さえ私が自由に左右し出す
(のかもしれぬとおもったにちがいないのだ。だからわたしはいくぶんかれにえんりょすべきだと)
のかもしれぬと思ったにちがいないのだ。だから私は幾分彼に遠慮すべきだと
(いうぐらいはわかっていてもなにもいちいちかるべかるべとかれのめのいろばかりを)
いうぐらいは分っていても何もいちいち軽部軽部と彼の眼の色ばかりを
(きづかわねばならぬほどのひとでもなし、いつものようにかるべのやついったいいまに)
気使わねばならぬほどの人でもなし、いつものように軽部の奴いったいいまに
(どんなことをしだすかとそんなことのほうがかえってきょうみがでてきてなかなかどうじょう)
どんなことをし出すかとそんなことの方が却って興味が出て来てなかなか同情
(なんかするきにもなれないので、そのままあたまからみおろすようにしらぬかおを)
なんかする気にもなれないので、そのまま頭から見降ろすように知らぬ顔を
(つづけていた。すると、よくよくかるべもはらがたったとみえてあるときかるべのつかって)
続けていた。すると、よくよく軽部も腹が立ったと見えてあるとき軽部の使って
(いたあなほぎようのぺるすをわたしがつかおうとするときゅうにみえなくなったのできみが)
いた穴ほぎ用のペルスを私が使おうとすると急に見えなくなったので君が
(いまさきまでつかっていたではないかというと、つかっていたってなくなるものは)
いまさきまで使っていたではないかというと、使っていたってなくなるものは
(なくなるのだ、なければみつかるまでじぶんでさがせばよいではないかとかるべは)
なくなるのだ、なければ見附かるまで自分で捜せば良いではないかと軽部は
(いう。それもそうだとおもって、わたしはぺるすをじぶんでさがしつづけたのだがどうしても)
いう。それもそうだと思って、私はペルスを自分で捜し続けたのだがどうしても
(みつからないのでそこでふとわたしはかるべのぽけっとをみるとそこにちゃんと)
見附からないのでそこでふと私は軽部のポケットを見るとそこにちゃんと
(あったのでだまってとりだそうとすると、たにんのぽけっとへむだんでてをいれるやつが)
あったので黙って取り出そうとすると、他人のポケットへ無断で手を入れる奴が
(あるかという。たにんのぽけっとはぽけっとでもこのさぎょうばにいるあいだはだれの)
あるかという。他人のポケットはポケットでもこの作業場にいる間は誰の
(ぽけっとだっておなじことだというと、そういうかんがえをもっているやつだからこそ)
ポケットだって同じことだというと、そういう考えを持っている奴だからこそ
(しゅじんのしごとだってずうずうしくぬすめるのだという。いったいしゅじんのしごとをいつ)
主人の仕事だって図々しく盗めるのだという。いったい主人の仕事をいつ
(ぬすんだか、しゅじんのしごとをてつだうということがしゅじんのしごとをぬすむことなら)
盗んだか、主人の仕事を手伝うということが主人の仕事を盗むことなら
(きみだってしゅじんのしごとをぬすんでいるのではないかといってやると、かれはしばらくだまって)
君だって主人の仕事を盗んでいるのではないかといってやると、彼は暫く黙って
(ぶるぶるくちびるをふるわせてからきゅうにわたしにこのいえをでていけとせりだした。それで)
ぶるぶる唇をふるわせてから急に私にこの家を出ていけと迫り出した。それで
(わたしもでるにはでるがもうしばらくしゅじんのけんきゅうがすすんでからでもでないとしゅじんにたいして)
私も出るには出るがもう暫く主人の研究が進んでからでも出ないと主人に対して
(すまないというと、それならじぶんがさきにでるという。それではきみはしゅじんを)
すまないというと、それなら自分が先きに出るという。それでは君は主人を
(こまらせるばかりでなんにもならぬからわたしがでるまででないようにするべきだと)
困らせるばかりで何にもならぬから私が出るまで出ないようにするべきだと
(いってきかせてやっても、それでもがんこにでるという。それではしかたがないから)
いってきかせてやっても、それでも頑固に出るという。それでは仕方がないから
(でていくよう、あとはわたしがふたりぶんをひきうけようというと、いきなりかるべは)
出ていくよう、後は私が二人分を引き受けようというと、いきなり軽部は
(そばにあったかるしゅーむのふんまつをわたしのかおになげつけた。じつはわたしはじぶんがわるいと)
傍にあったカルシュームの粉末を私の顔に投げつけた。実は私は自分が悪いと
(いうことをひゃくもしょうちしているのだがあくというものはなんといったっておもしろい。)
いうことを百も承知しているのだが悪というものは何といったって面白い。
(かるべのぜんりょうなこころがいらだちながらふるえているのをそんなにもまざまざとがんぜんで)
軽部の善良な心がいらだちながら慄えているのをそんなにもまざまざと眼前で
(みせつけられると、わたしはますますしたなめずりをしておちついてくるのである。)
見せつけられると、私はますます舌舐めずりをして落ちついて来るのである。
(これではならぬとおもいながらかるべのこころのすこしでもやすまるようにとしむけてはみる)
これではならぬと思いながら軽部の心の少しでも休まるようにと仕向けてはみる
(のだが、だいいちはじめからかるべをあいてにしていなかったのがわるいのでかれがおこれば)
のだが、だいいち初めから軽部を相手にしていなかったのが悪いので彼が怒れば
(おこるほどこちらがこわそうにびくびくしてくということはよほどのじんぶつでなければ)
怒るほどこちらが恐わそうにびくびくしてくということは余程の人物でなければ
(できるものではない。どうもつまらぬにんげんほどあいてをおこらすことにほねをおる)
出来るものではない。どうもつまらぬ人間ほど相手を怒らすことに骨を折る
(もので、わたしもかるべがおこればおこるほどじぶんのつまらなさをはかっているようなきが)
もので、私も軽部が怒れば怒るほど自分のつまらなさを計っているような気が
(してきてしまいにはじぶんのかんじょうのおきばがなくなってきはじめ、ますますかるべには)
して来て終いには自分の感情の置き場がなくなって来始め、ますます軽部には