横光利一 機械 12(終)

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1 kkk 6771 S++ 7.1 95.1% 421.6 3007 152 39 2024/11/06
2 baru 4223 C 4.5 93.0% 661.3 3019 226 39 2024/11/20

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問題文

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(そのよるわたしたちさんにんはしごとばでそのままくるまざになってじゅうにじすぎまでのみつづけた)

その夜私たち三人は仕事場でそのまま車座になって十二時過ぎまで飲み続けた

(のだが、めがさめるとさんにんのなかのやしきがじゅうくろむさんあんもにあののこったようえきを)

のだが、眼が醒めると三人の中の屋敷が重クロム酸アンモニアの残った溶液を

(みずとまちがえてどびんのくちからのんでしんでいたのである。わたしはかれをこのいえへおくった)

水と間違えて土瓶の口から飲んで死んでいたのである。私は彼をこの家へ送った

(せいさくじょのものたちがいうようにかるべがやしきをころしたのだとはいまでもおもわない。もちろん)

製作所の者達がいうように軽部が屋敷を殺したのだとは今でも思わない。勿論

(わたしがやしきののんだじゅうくろむさんあんもにあをしようするべきぐりゅーひきのぶぶんに)

私が屋敷の飲んだ重クロム酸アンモニアを使用するべきグリュー引きの部分に

(そのひもはたらいていたとはいえ、かれにさけをのましたのがわたしでないいじょうはわたしよりも)

その日も働いていたとはいえ、彼に酒を飲ましたのが私でない以上は私よりも

(いちおうかるべのほうがよりおおくうたがわれるのはとうぜんであるが、それにしてもかるべが)

一応軽部の方がより多く疑われるのは当然であるが、それにしても軽部が

(こいにさけをのましてまでやしきをころそうなどとふかいたくらみのおころうほどまえから)

故意に酒を飲ましてまで屋敷を殺そうなどと深い謀みの起ろうほど前から

(わたしたちはさけをのみたくなっていたのではないのである。さけをのみたくなった)

私たちは酒を飲みたくなっていたのではないのである。酒を飲みたくなった

(ときよりわたしがじゅうくろむさんあんもにあをつくっておいたじかんのほうがまえなのだからうたがい)

ときより私が重クロム酸アンモニアを造っておいた時間の方が前なのだから疑い

(えられるとするとわたしなのにもかかわらず、それがかるべがうたがわれたというのもかるべの)

得られるとすると私なのにも拘らず、それが軽部が疑われたというのも軽部の

(まずひとめでだれからもぼうりょくをこのむことをみやぶられるたくましいそうぼうからきているので)

先ずひと目で誰からも暴力を好むことを見破られる逞しい相貌から来ているので

(あろう。しかし、わたしとてももちろんかるべがぜんぜんやしきをころしたのではないとだんげんする)

あろう。しかし、私とても勿論軽部が全然屋敷を殺したのではないと断言する

(のではない。わたしのしりえられるていどのことはかれがやしきをころしたのではないと)

のではない。私の知り得られる程度のことは彼が屋敷を殺したのではないと

(いいえられるほどのことであるよりしかたがないのだ。もともとかるべはやしきが)

いい得られるほどのことであるより仕方がないのだ。もともと軽部は屋敷が

(あんしつへしのびこんだのをみているからは、かれをさつがいするいがいにかれにひみつをしられぬ)

暗室へ忍び込んだのを見ているからは、彼を殺害する以外に彼に秘密を知られぬ

(ほうほうはないといちどはわたしのようにおもったであろうから。そうしてわたしがやしきをさつがい)

方法はないと一度は私のように思ったであろうから。そうして私が屋敷を殺害

(するのならさけをのましておいてそのうえじゅうくろむさんあんもにあをのますよりしかたが)

するのなら酒を飲ましておいてその上重クロム酸アンモニアを飲ますより仕方が

(ないとおもったことさえあることからかんがえても、かれもそのようにいちどはおもったに)

ないと思ったことさえあることから考えても、彼もそのように一度は思ったに

(ちがいないであろうから。だが、さけによっていたのはわたしとやしきだけではなくて)

ちがいないであろうから。だが、酒に酔っていたのは私と屋敷だけではなくて

など

(かるべとてどうようによっていたのだからかれがそのげきやくをやしきにのまそうなどとした)

軽部とて同様に酔っていたのだから彼がその劇薬を屋敷に飲まそうなどとした

(のではないであろう。よしたとえひごろかんがえていたことがむいしきによいのなかにはたらいて)

のではないであろう。よしたとえ日頃考えていたことが無意識に酔の中に働いて

(かれがやしきにじゅうくろむさんあんもにあをのましたのだとするならそれならあるいは)

彼が屋敷に重クロム酸アンモニアを飲ましたのだとするならそれなら或いは

(やしきにそれをのましたのはどうようなりゆうによってわたしかもしれないのだ。いや、)

屋敷にそれを飲ましたのは同様な理由によって私かもしれないのだ。いや、

(まったくわたしとてかれをころさなかったとどうしてだんげんすることができるであろう。)

全く私とて彼を殺さなかったとどうして断言することが出来るであろう。

(かるべよりだれよりもいつもいちばんやしきをおそれたものはわたしではなかったか。にちやかれの)

軽部より誰よりもいつも一番屋敷を恐れたものは私ではなかったか。日夜彼の

(いるかぎりかれのあんしつへしのびこむのをいちばんちゅういしてながめていたのはわたしでは)

いる限り彼の暗室へ忍び込むのを一番注意して眺めていたのは私では

(なかったか。いやそれよりもわたしのはっけんしつつあるそうえんとけいさんじるこにうむの)

なかったか。いやそれよりも私の発見しつつある蒼鉛と珪酸ジルコニウムの

(かごうぶつにかんするほうていしきをぬすまれたとおもいこみいつもいちばんはげしくかれをうらんで)

化合物に関する方程式を盗まれたと思い込みいつも一番激しく彼を怨んで

(いたのはわたしではなかったか。そうだ。もしかするとやしきをさつがいしたのはわたしかも)

いたのは私ではなかったか。そうだ。もしかすると屋敷を殺害したのは私かも

(しれぬのだ。わたしはじゅうくろむさんあんもにあのおきばをいちばんよくこころえていた)

しれぬのだ。私は重クロム酸アンモニアの置き場を一番良く心得ていた

(のである。わたしはよいのまわらぬまではやしきがあしたからどこへいってどんなことを)

のである。私は酔いの廻らぬまでは屋敷が明日からどこへいってどんなことを

(するのかかれのじゆうになってからのこうどうばかりがきになってならなかったので)

するのか彼の自由になってからの行動ばかりが気になってならなかったので

(ある。しかもかれをいかしておいてそんをするのはかるべよりもわたしではなかったか。)

ある。しかも彼を生かしておいて損をするのは軽部よりも私ではなかったか。

(いや、もうわたしのあたまもいつのまにかしゅじんのあたまのようにはやえんかてつにおかされて)

いや、もう私の頭もいつの間にか主人の頭のように早や塩化鉄に侵されて

(しまっているのではなかろうか。わたしはもうわたしがわからなくなってきた。わたしはただ)

しまっているのではなかろうか。私はもう私が分らなくなって来た。私はただ

(ちかづいてくるきかいのするどいせんせんがじりじりわたしをねらっているのをかんじるだけだ。だれか)

近づいて来る機械の鋭い先尖がじりじり私を狙っているのを感じるだけだ。誰か

(もうわたしにかわってわたしをさばいてくれ。わたしがなにをしてきたかそんなことをわたしに)

もう私に代って私を審いてくれ。私が何をして来たかそんなことを私に

(きいたってわたしのしっていようはずがないのだから。)

聞いたって私の知っていよう筈がないのだから。

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