セロ弾きのゴーシュ(4/9)宮沢賢治
・読み辛い箇所は、平仮名を漢字に直したり、句読点を追加している箇所があります
・「扉」の読みは、「と」で統一しました
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問題文
(「ねこ、まだこりないのか。」ごーしゅがさけびますと、いきなりてんじょうのあなから)
「猫、まだ懲りないのか。」ゴーシュが叫びますと、いきなり天井の穴から
(ぽろんとおとがして、いっぴきのはいいろのとりがおりてきました。)
ぽろんと音がして、一疋(いっぴき)の灰色の鳥が降りて来ました。
(ゆかへとまったのをみると、それはかっこうでした。)
床へとまったのを見ると、それはかっこうでした。
(「とりまでくるなんて。なんのようだ。」ごーしゅがいいました。)
「鳥まで来るなんて。何の用だ。」ゴーシュが云いました。
(「おんがくをおそわりたいのです。」かっこうどりはすましていいました。)
「音楽を教わりたいのです。」かっこう鳥はすまして云いました。
(ごーしゅはわらって)
ゴーシュは笑って
(「おんがくだと。おまえのうたは、かっこう、かっこうというだけじゃあないか。」)
「音楽だと。お前の歌は、かっこう、かっこうというだけじゃあないか。」
(するとかっこうがたいへんまじめに)
するとかっこうが大変真面目に
(「ええ、それなんです。けれどもむずかしいですからねえ。」といいました。)
「ええ、それなんです。けれども難しいですからねえ。」と云いました。
(「むずかしいもんか。おまえたちのはたくさんなくのがひどいだけで、)
「難しいもんか。お前達のはたくさん啼(な)くのがひどいだけで、
(なきようはなんでもないじゃないか。」)
なきようは何でもないじゃないか。」
(「ところがそれがひどいんです。たとえばかっこう、とこうなくのと)
「ところがそれがひどいんです。例えばかっこう、とこうなくのと
(かっこう、とこうなくのでは、きいていてもよほどちがうでしょう。」)
かっこう、とこうなくのでは、聞いていてもよほど違うでしょう。」
(「ちがわないね。」「では、あなたにはわからないんです。わたしらのなかまなら、)
「違わないね。」「では、あなたには分からないんです。私らの仲間なら、
(かっこうといちまんいえば、いちまんみんなちがうんです。」「かってだよ。)
かっこうと一万云えば、一万みんな違うんです。」「勝手だよ。
(そんなにわかってるなら、なにもおれのところへこなくてもいいではないか。」)
そんなに分かってるなら、何も俺の処へ来なくてもいいではないか。」
(「ところがわたしはどれみふぁをせいかくにやりたいんです。」)
「ところが私はドレミファを正確にやりたいんです。」
(「どれみふぁもくそもあるか。」「ええ、がいこくへいくまえにぜひいちどいるんです。」)
「ドレミファも糞もあるか。」「ええ、外国へ行く前にぜひ一度いるんです。」
(「がいこくもくそもあるか」「せんせいどうかどれみふぁをおしえてください。)
「外国も糞もあるか」「先生どうかドレミファを教えてください。
(わたしはついてうたいますから。」「うるさいなあ。そらさんべんだけひいてやるから)
私はついて歌いますから。」「うるさいなあ。そら三べんだけ弾いてやるから
(すんだらさっさとかえるんだぞ。」ごーしゅはせろをとりあげてぼろんぼろんと)
済んだらさっさと帰るんだぞ。」ゴーシュはセロを取り上げてボロンボロンと
(いとをあわせてどれみふぁそらしどとひきました。)
糸を合わせてドレミファソラシドと弾きました。
(するとかっこうはあわててはねをばたばたしました。)
するとかっこうは慌てて羽をばたばたしました。
(「ちがいます、ちがいます。そんなんでないんです。」)
「違います、違います。そんなんでないんです。」
(「うるさいなあ。ではおまえやってごらん。」)
「うるさいなあ。ではお前やってごらん。」
(「こうですよ。」かっこうはからだをまえにまげてしばらくかまえてから)
「こうですよ。」かっこうは体を前に曲げてしばらく構えてから
(「かっこう」とひとつなきました。)
「かっこう」と一つなきました。
(「なんだい。それがどれみふぁかい。おまえたちには、それではどれみふぁも)
「何だい。それがドレミファかい。お前達には、それではドレミファも
(だいろくこうきょうがくもおなじなんだな。」「それはちがいます。」「どうちがうんだ。」)
第六交響楽も同じなんだな。」「それは違います。」「どう違うんだ。」
(「むずかしいのは、これをたくさんつづけたのがあるんです。」)
「難しいのは、これをたくさん続けたのがあるんです。」
(「つまりこうだろう。」せろひきはまたせろをとって、)
「つまりこうだろう。」セロ弾きはまたセロを取って、
(かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、とつづけてひきました。)
かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、と続けて弾きました。
(するとかっこうはたいへんよろこんで、とちゅうから)
するとかっこうは大変喜んで、途中から
(かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、とついてさけびました。)
かっこう、かっこう、かっこう、かっこう、とついて叫びました。
(それももういっしょうけんめいからだをまげて、いつまでもさけぶのです。)
それももう一生懸命体を曲げて、いつまでも叫ぶのです。
(ごーしゅはとうとうてがいたくなって)
ゴーシュはとうとう手が痛くなって
(「こら、いいかげんにしないか。」といいながらやめました。)
「こら、いい加減にしないか。」と云いながらやめました。
(するとかっこうはざんねんそうにめをつりあげて、まだしばらくないていましたが)
するとかっこうは残念そうに眼をつり上げて、まだしばらくないていましたが
(やっと「・・・かっこうかくうかっかっかっかっか」といってやめました。)
やっと「・・・かっこうかくうかっかっかっかっか」と云ってやめました。
(ごーしゅがすっかりおこってしまって、)
ゴーシュがすっかり怒ってしまって、
(「こらとり、もうようがすんだらかえれ」といいました。)
「こら鳥、もう用が済んだら帰れ」と云いました。
(「どうかもういっぺんひいてください。あなたのはいいようだけれども)
「どうかもういっぺん弾いて下さい。あなたのはいいようだけれども
(すこしちがうんです。」「なんだと、おれがきさまにおそわってるんではないんだぞ。)
少し違うんです。」「何だと、俺が貴様に教わってるんではないんだぞ。
(かえらんか。」「どうか、たったもういっぺんおねがいです。どうか。」)
帰らんか。」「どうか、たったもう一ぺんお願いです。どうか。」
(かっこうはあたまをなんべんもこんこんさげました。)
かっこうは頭を何遍もこんこん下げました。
(「ではこれっきりだよ。」ごーしゅはゆみをかまえました。)
「ではこれっきりだよ。」ゴーシュは弓を構えました。
(かっこうは「くっ」とひとついきをして)
かっこうは「くっ」とひとつ息をして
(「ではなるべくながくおねがいいたします。」といって、またひとつおじぎをしました。)
「ではなるべく永くお願い致します。」といって、また一つおじぎをしました。
(「いやになっちまうなあ。」ごーしゅはにがわらいしながらひきはじめました。)
「嫌になっちまうなあ。」ゴーシュは苦笑いしながら弾き始めました。