一房の葡萄(5/5)有島武郎
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | miko | 6317 | S | 6.4 | 98.3% | 348.1 | 2236 | 37 | 41 | 2024/09/23 |
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問題文
(けれどもせんせいのわかれのときのことばをおもいだすと、ぼくはせんせいのかおだけは)
けれども先生の別れの時の言葉を思い出すと、僕は先生の顔だけは
(なんといってもみたくてしかたがありませんでした。)
何と言っても見たくて仕方がありませんでした。
(ぼくがいかなかったらせんせいはきっとかなしくおもわれるにちがいない。)
僕が行かなかったら先生は屹度悲しく思われるに違いない。
(もういちどせんせいのやさしいめでみられたい。)
もう一度先生の優しい眼で見られたい。
(ただそのひとことがあるばかりで、ぼくはがっこうのもんをくぐりました。)
ただその一事(ひとこと)があるばかりで、僕は学校の門をくぐりました。
(そしたらどうでしょう。まずだいいちにまちきっていたようにじむがとんできて、)
そしたらどうでしょう。先ず第一に待ち切っていたようにジムが飛んで来て、
(ぼくのてをにぎってくれました。そしてきのうのことなんかわすれてしまったように、)
僕の手を握ってくれました。そして昨日の事なんか忘れてしまったように、
(しんせつにぼくのてをひいて、どぎまぎしているぼくをせんせいのへやにつれていくのです。)
親切に僕の手を引いて、どぎまぎしている僕を先生の部屋に連れて行くのです。
(ぼくはなんだかわけがわかりませんでした。)
僕はなんだか訳がわかりませんでした。
(がっこうにいったらみんながとおくのほうからぼくをみて)
学校に行ったらみんなが遠くの方から僕を見て
(「みろどろぼうのうそつきのにほんじんがきた」とでもわるぐちをいうだろうとおもっていたのに)
「見ろ泥棒の嘘つきの日本人が来た」とでも悪口を言うだろうと思っていたのに
(こんなふうにされるときみがわるいほどでした。ふたりのあしおとをききつけてか、)
こんな風にされると気味が悪い程でした。二人の足音を聞きつけてか、
(せんせいはじむがのっくしないまえに、とをあけてくださいました。)
先生はジムがノックしない前に、戸を開けて下さいました。
(ふたりはへやのなかにはいりました。)
二人は部屋の中に這入りました。
(「じむ、あなたはいいこ、よくわたくしのいったことがわかってくれましたね。)
「ジム、あなたはいい子、よく私の言った事がわかってくれましたね。
(じむはもうあなたからあやまってもらわなくってもいいといっています。)
ジムはもうあなたから謝って貰わなくってもいいと言っています。
(ふたりはいまからいいおともだちになればそれでいいんです。)
二人は今からいいお友達になればそれでいいんです。
(ふたりともじょうずにあくしゅをなさい。」とせんせいはにこにこしながら)
二人とも上手に握手をなさい。」と先生はにこにこしながら
(ぼくたちをむかいあわせました。ぼくは、でもあんまりかってすぎるようで、)
僕達を向かい合わせました。僕は、でもあんまり勝手過ぎるようで、
(もじもじしていますと、じむはいそいそと、ぶらさげているぼくのてを)
もじもじしていますと、ジムはいそいそと、ぶら下げている僕の手を
(ひっぱりだしてかたくにぎってくれました。)
引っ張り出して堅く握ってくれました。
(ぼくはもうなんといってこのうれしさをあらわせばいいのかわからないで、)
僕はもう何と言ってこの嬉しさを表せばいいのか分からないで、
(ただはずかしくわらうほかありませんでした。)
唯(ただ)恥ずかしく笑う外(ほか)ありませんでした。
(じむもきもちよさそうに、えがおをしていました。)
ジムも気持ちよさそうに、笑顔をしていました。
(せんせいはにこにこしながらぼくに、「きのうのぶどうはおいしかったの。」)
先生はにこにこしながら僕に、「昨日の葡萄はおいしかったの。」
(ととわれました。ぼくはかおをまっかにして)
と問われました。僕は顔を真っ赤にして
(「ええ」とはくじょうするよりしかたがありませんでした。)
「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。
(「そんならまたあげましょうね。」そういって、せんせいは)
「そんなら又あげましょうね。」そう言って、先生は
(まっしろなりんねるのきものにつつまれたからだをまどからのびださせて、)
真っ白なリンネルの着物につつまれた体を窓から伸び出させて、
(ぶどうのひとふさをもぎとって、まっしろいひだりてのうえにこなのふいたむらさきいろのふさをのせて、)
葡萄の一房をもぎ取って、真っ白い左手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、
(ほそながいぎんいろのはさみでまんなかからぷつりとふたつにきって、)
細長い銀色の鋏(はさみ)で真ん中からぷつりと二つに切って、
(じむとぼくとにくださいました。まっしろいてのひらにむらさきいろのぶどうのつぶが)
ジムと僕とに下さいました。真っ白い手の平に紫色の葡萄の粒が
(かさなってのっていたそのうつくしさを、)
重なって乗っていたその美しさを、
(ぼくはいまでもはっきりとおもいだすことができます。)
僕は今でもはっきりと思い出す事ができます。
(ぼくはそのときからまえよりすこしいいこになり、)
僕はその時から前より少しいい子になり、
(すこしはにかみやでなくなったようです。)
少しはにかみ屋でなくなったようです。
(それにしても、ぼくのだいすきなあのいいせんせいはどこにいかれたでしょう。)
それにしても、僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。
(もうにどとはあえないとしりながら、)
もう二度とは遇(あ)えないと知りながら、
(ぼくはいまでもあのせんせいがいたらなあとおもいます。)
僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。
(あきになると、いつでもぶどうのふさはむらさきいろにいろづいてうつくしくこなをふきますけれども、)
秋になると、いつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、
(それをうけただいりせきのようなしろいうつくしいては、どこにもみつかりません。)
それを受けた大理石のような白い美しい手は、どこにも見つかりません。