一房の葡萄(3/5)有島武郎
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | A.N | 6827 | S++ | 6.9 | 97.8% | 371.6 | 2595 | 58 | 47 | 2024/12/22 |
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問題文
(「きみはじむのえのぐをもっているだろう。ここにだしたまえ。」)
「君はジムの絵具を持っているだろう。ここに出し給え。」
(そういってそのせいとは、ぼくのまえにおおきくひろげたてをつきだしました。)
そういってその生徒は、僕の前に大きく拡げた手をつき出しました。
(そういわれるとぼくはかえってこころがおちついて、)
そう言われると僕はかえって心が落ち着いて、
(「そんなもの、ぼくもってやしない。」と、ついでたらめをいってしまいました。)
「そんなもの、僕もってやしない。」と、ついでたらめを言ってしまいました。
(そうするとさんよにんのともだちといっしょにぼくのそばにきていたじむが、)
そうすると三四人の友達と一緒に僕の側(そば)に来ていたジムが、
(「ぼくはひるやすみのまえにちゃんとえのぐばこをしらべておいたんだよ。)
「僕は昼休みの前にちゃんと絵具箱を調べておいたんだよ。
(ひとつもなくなってはいなかったんだよ。)
一つも失くなってはいなかったんだよ。
(そしてひるやすみがすんだらふたつなくなっていたんだよ。)
そして昼休みが済んだら二つ失くなっていたんだよ。
(そしてひるやすみのじかんにきょうじょうにいたのはきみだけじゃないか。」)
そして昼休みの時間に教場にいたのは君だけじゃないか。」
(とすこしことばをふるわしながらいいかえしました。ぼくはもうだめだとおもうと、)
と少し言葉を震わしながら言い返しました。僕はもう駄目だと思うと、
(きゅうにあたまのなかにちがながれこんできてかおがまっかになったようでした。)
急に頭の中に血が流れ込んで来て顔が真っ赤になったようでした。
(するとだれだったか、そこにたっていたひとりがいきなりぼくのぽっけっとに)
すると誰だったか、そこに立っていた一人がいきなり僕のポッケットに
(てをさしこもうとしました。ぼくはいっしょうけんめいに)
手を差し込もうとしました。僕は一生懸命に
(そうはさせまいとしましたけれども、)
そうはさせまいとしましたけれども、
(たぜいにぶぜいでとてもかないません。ぼくのぽっけっとからは、)
多勢に無勢で迚(とて)も叶いません。僕のポッケットからは、
(みるみるまーぶるだま(いまのびーだまのことです)やなまりのめんこなどといっしょに)
見る見るマーブル玉(今のビー玉のことです)や鉛のメンコなどと一緒に
(ふたつのえのぐのかたまりがつかみだされてしまいました。)
二つの絵具のかたまりが掴み出されてしまいました。
(「それみろ」といわんばかりのかおをして、こどもたちはにくらしそうに)
「それ見ろ」と言わんばかりの顔をして、子供達は憎らしそうに
(ぼくのかおをにらみつけました。ぼくのからだはひとりでにぶるぶるふるえて、)
僕の顔を睨みつけました。僕の体はひとりでにぶるぶる震えて、
(めのまえがまっくらになるようでした。いいおてんきなのに、みんなやすみじかんを)
眼の前が真っ暗になるようでした。いいお天気なのに、みんな休み時間を
(おもしろそうにあそびまわっているのに、ぼくだけはほんとうにこころからしおれてしまいました。)
面白そうに遊び廻っているのに、僕だけは本当に心からしおれてしまいました。
(あんなことをなぜしてしまったんだろう。)
あんな事をなぜしてしまったんだろう。
(とりかえしのつかないことになってしまった。)
取り返しのつかない事になってしまった。
(もうぼくはだめだ。そんなにおもうとよわむしだったぼくはさびしくなってきて、)
もう僕は駄目だ。そんなに思うと弱虫だった僕は淋しくなって来て、
(しくしくとなきだしてしまいました。)
しくしくと泣き出してしまいました。
(「ないておどかしたってだめだよ。」と、よくできるおおきなこが)
「泣いておどかしたって駄目だよ。」と、よく出来る大きな子が
(ばかにするようなにくみきったようなこえでいって、うごくまいとするぼくを)
馬鹿にするような憎み切ったような声で言って、動くまいとする僕を
(みんなでよってたかってにかいにひっぱっていこうとしました。)
みんなで寄ってたかって二階に引っ張って行こうとしました。
(ぼくはできるだけいくまいとしたけれども、とうとうちからまかせにひきずられて)
僕は出来るだけ行くまいとしたけれども、とうとう力任せに引きずられて
(はしごだんをのぼらせられてしまいました。)
梯子段を登らせられてしまいました。
(そこにぼくのすきなうけもちのせんせいのへやがあるのです。)
そこに僕の好きな受け持ちの先生の部屋があるのです。
(やがてそのへやのとをじむがのっくしました。)
やがてその部屋の戸をジムがノックしました。
(のっくするとは、はいってもいいかととをたたくことなのです。)
ノックするとは、這入ってもいいかと戸を叩く事なのです。
(なかからはやさしく「おはいり」というせんせいのこえがきこえました。)
中からはやさしく「お這入り」という先生の声が聞こえました。
(ぼくはそのへやにはいるときほどいやだとおもったことは、またとありません。)
僕はその部屋に這入る時ほど嫌だと思った事は、またとありません。
(なにかかきものをしていたせんせいは、どやどやとはいってきたぼくたちをみると、)
何か書き物をしていた先生は、どやどやと這入って来た僕達を見ると、
(すこしおどろいたようでした。が、おんなのくせにおとこのように)
少し驚いたようでした。が、女の癖に男のように
(くびのところでぶつりときったかみのけをみぎのてでなであげながら、)
頸(くび)の所でぶつりと切った髪の毛を右の手で撫で上げながら、
(いつものとおりのやさしいかおをこちらにむけて、)
いつもの通りの優しい顔をこちらに向けて、
(ちょっとくびをかしげただけで、なんのごようというふうをしなさいました。)
一寸(ちょっと)首をかしげただけで、何の御用という風をしなさいました。
(そうすると、よくできるこがまえにでて、ぼくがじむのえのぐをとったことを)
そうすると、よく出来る子が前に出て、僕がジムの絵具を取ったことを
(くわしくせんせいにいいつけました。せんせいはすこしくもったかおつきをして)
委(くわ)しく先生に言いつけました。先生は少し曇った顔付きをして
(まじめにみんなのかおや、はんぶんなきかかっている)
真面目にみんなの顔や、半分泣きかかっている
(ぼくのかおをみくらべていなさいましたが、ぼくに、「それはほんとうですか。」)
僕の顔を見比べていなさいましたが、僕に、「それは本当ですか。」
(ときかれました。ほんとうなんだけれども、ぼくがそんないやなやつということを)
と聞かれました。本当なんだけれども、僕がそんな嫌な奴という事を
(どうしてもぼくのすきなせんせいにしられるのがつらかったのです。)
どうしても僕の好きな先生に知られるのが辛かったのです。
(だからぼくはこたえるかわりに、ほんとうになきだしてしまいました。)
だから僕は答える代わりに、本当に泣き出してしまいました。