祖母のこと -1-
師匠シリーズ
以前cicciさんが更新してくださっていましたが、更新が止まってしまってしまったので、続きを代わりにアップさせていただきます。
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問題文
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(ししょうからきいたはなしだ。)
師匠から聞いた話だ。
(そのじょせいはごじゅうだいのなかばにみえた。)
その女性は五十代の半ばに見えた。
(かーきいろのうわぎにすかーと。とくにあくせさりーのたぐいはみにつけておらず、)
カーキ色の上着にスカート。特にアクセサリーの類は身につけておらず、
(しっそなよそおいといっていい。)
質素な装いと言っていい。
(「こんなおはなし、していいのか・・・・・ごめんなさいね。)
「こんなお話、していいのか・・・・・ごめんなさいね。
(でもきいていただきたいんです」)
でも聞いていただきたいんです」
(くせなのか、じょせいはみじかくまとめたかみをみぎてをおさえ、はなしにくそうにくちをひらく。)
癖なのか、女性は短くまとめた髪を右手を押さえ、話しにくそうに口を開く。
(だいがくいっかいせいのふゆ。ばいとさきであるおがわちょうさじむしょでのことだ。)
大学一回生の冬。バイト先である小川調査事務所でのことだ。
(ぼくと、おかるとどうのししょうであるところのかなこさんは、)
僕と、オカルト道の師匠であるところの加奈子さんは、
(ふたりならんでいらいにんのはなしをきいていた。)
二人並んで依頼人の話を聞いていた。
(だいたい、うちのじむしょにそうだんにくるいらいにんは、こうしんじょのなかではでんわちょうで)
だいたい、うちの事務所に相談に来る依頼人は、興信所の中では電話帳で
(わりとまえのほうにでてくるというりゆうでとりあえずでんわしたというばあいか、)
割と前の方に出てくるという理由でとりあえず電話したという場合か、
(あるいはほかのこうしんじょであいてをしてくれなったへんないらいごとをもっているか、)
あるいは他の興信所で相手をしてくれなった変な依頼ごとを持っているか、
(そのどちらかだった。)
そのどちらかだった。
(こんかいはそのこうしゃのようだ。)
今回はその後者のようだ。
(「あのう・・・・・じつはわたしのそぼのことなんです」)
「あのう・・・・・実は私の祖母のことなんです」
(らいきゃくようのてーぶるをはさんでぼくらとむかいあったそのじょせいは、)
来客用のテーブルを挟んで僕らと向かい合ったその女性は、
(だされたおちゃもめにはいらないようすで、うつむきかげんにおずおずとはなしはじめた。)
出されたお茶も目に入らない様子で、うつむき加減におずおずと話し始めた。
(じょせいはなまえをかわぞえよりこといった。)
女性は名前を川添頼子といった。
(よりこさんはむかし、しょうがっこうにあがるすこしまえに、)
頼子さんは昔、小学校に上がる少し前に、
など
(いまのかわぞえのいえにようじょとしてもらわれてきたという。じつのりょうしんのうち)
今の川添の家に養女としてもらわれて来たという。実の両親のうち
(ははおやがなくなってから、のこされたちちおやはちいさなおんなのこのよういくをほうきし、)
母親が亡くなってから、残された父親は小さな女の子の養育を放棄し、
(かつてのがくゆうのとおいえんをたよってようじょにだしたのだった。)
かつての学友の遠い縁をたよって養女に出したのだった。
(じつのちちやははのきおくはほとんどない。ただじぶんがいつもないていたような、)
実の父や母の記憶はほとんどない。ただ自分がいつも泣いていたような、
(おぼろげなきおくがあるばかりだった。)
おぼろげな記憶があるばかりだった。
(かわぞえけのようふとようぼにはこどもがなく、)
川添家の養父と養母には子どもがなく、
(まるでじぶんたちのこどものようにかわいがってくれた。)
まるで自分たちの子どものように可愛がってくれた。
(けしてゆうふくないえではなかったが、)
けして裕福な家ではなかったが、
(がっこうやならいごとなどはほかのことおなじようにいかせてくれた。)
学校や習いごとなどは他の子と同じように行かせてくれた。
(はじめてひとなみのじんせいをあゆむことをゆるされたのだった。)
初めて人並みの人生を歩むことを許されたのだった。
(そのようふとようぼがこのいちねんのあいだにあいついでなくなり、いちどきは)
その養父と養母がこの一年の間に相次いで亡くなり、一どきは
(ふかいかなしみにつつまれたが、やがておちついてそのふたりにそだてられたひびを)
深い悲しみに包まれたが、やがて落ち着いてその二人に育てられた日々を
(おもいかえし、よりこさんはたとえようもないかんしゃのきもちをむねいっぱいにいだいた。)
思い返し、頼子さんはたとえようもない感謝の気持ちを胸一杯に抱いた。
(そうして、このごろはむかしのことをおもいかえすことがふえたという。)
そうして、このごろは昔のことを思い返すことが増えたという。
(とくにようじょとしてもらわれてくるまえのせいかつのことを。)
特に養女としてもらわれてくる前の生活のことを。
(としをとったあかしだとおっとはからかったが、)
年を取った証だと夫はからかったが、
(しだいにおおきくなっていくかこへのぼじょうをおさえられなくなっていった。)
次第に大きくなっていく過去への慕情を抑えられなくなっていった。
(あるひおもいたち、じぶんのみのちちのことをしらべはじめた。)
ある日思い立ち、自分の実の父のことを調べ始めた。
(しかしやはりちちはもうたかいしていた。)
しかしやはり父はもう他界していた。
(もしいきていればきゅうじゅうにとどこうかというねんれいだったのでしかたのないことだった。)
もし生きていれば九十に届こうかという年齢だったので仕方のないことだった。
(じぶんのごじゅうすうねんのじんせいをおもい、それだけのねんげつがすぎていることが)
自分の五十数年の人生を思い、それだけの年月が過ぎていることが
(いまさらながらにみにしみた。)
今さらながらに身に染みた。
(そしてかおもおぼろげなそのちちのことよりもつよいかがやきをもっておもいだされるのが、)
そして顔もおぼろげなその父のことよりも強い輝きをもって思い出されるのが、
(そぼのことだった。)
祖母のことだった。
(ちちかたのそぼだったのか、ははかたのそぼだったのか)
父方の祖母だったのか、母方の祖母だったのか
(それさえはっきりしないのだったが、やさしげなかおや、)
それさえはっきりしないのだったが、優しげな顔や、
(ひざのうえにいだいてもらったときのふくのにおい。そしてしわだらけのてで)
膝の上に抱いてもらった時の服の匂い。そして皺だらけの手で
(あたまをなでてもらったそのかんしょくが、なつかしくおもいだされた。)
頭を撫でてもらったその感触が、懐かしく思い出された。
(りょうしんにかまってもらえなかったよりこさんは、)
両親にかまってもらえなかった頼子さんは、
(よくあるいてそぼのいえにあそびにいったという。)
よく歩いて祖母の家に遊びに行ったという。
(どういうみちをたどっていったのか、いまではそれもわすれてしまったが、)
どういう道をたどって行ったのか、今ではそれも忘れてしまったが、
(ただおぼえているのは、そぼのいえのちいさなえんがわにりょうてをかけて)
ただ覚えているのは、祖母の家の小さな縁側に両手をかけて
(そぼのなをよんだこと。)
祖母の名を呼んだこと。
(そしてしばらくまっていると、ゆっくりといたどがひらき、)
そしてしばらく待っていると、ゆっくりと板戸が開き、
(そぼがにっこりわらってかおをのぞかせたあのやわらかなじかんだった。)
祖母がにっこり笑って顔を覗かせたあの柔らかな時間だった。
(そぼはそのちいさないえにひとりですんでいた。)
祖母はその小さな家に一人で住んでいた。
(そぼもまたこどくだったのか、そのらいほうをとてもよろこんでくれたものだった。)
祖母もまた孤独だったのか、その来訪をとても喜んでくれたものだった。
(そぼとのきおくはだんぺんだんぺんではあったが、)
祖母との記憶は断片断片ではあったが、
(なにげないにちじょうのふとしたしゅんかんにまえぶれもなくよみがえった。)
なにげない日常のふとした瞬間に前触れもなく蘇った。