夏目漱石 こころ2
修正した箇所がございます。中途半端なところで切れてますが、許してください…。
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問題文
(わたしははねのあがるのもかまわずに、ぬかるみのなかをやけにどしどしあるきました。)
私ははねの上がるのもかまわずに、ぬかるみの中をやけにどしどし歩きました。
(それからうちへかえってきました。)
それからうちへ帰ってきました。
(わたしはkにむかっておじょうさんといっしょにでたのかとききました。)
私はKに向かってお嬢さんと一緒に出たのかと聞きました。
(kはそうではないとこたえました。まさごちょうでぐうぜんであったから)
Kはそうではないと答えました。真砂町(まさごちょう)で偶然出会ったから
(つれだってかえってきたのだとせつめいしました。わたしはそれいじょうにたちいったしつもんを)
連れ立って帰って来たのだと説明しました。私はそれ以上に立ち入った質問を
(ひかえなければなりませんでした。しかししょくじのとき、またおじょうさんにむかって、)
控えなければなりませんでした。しかし食事のとき、またお嬢さんに向かって、
(おなじしつもんをかけたくなりました。するとおじょうさんはわたしのきらいなれいのわらいかたを)
同じ質問を掛けたくなりました。するとお嬢さんは私の嫌いな例の笑い方を
(するのです。そうしてどこへいったかあててみろとしまいにいうのです。)
するのです。そうしてどこへ行ったか当ててみろとしまいに言うのです。
(そのころのわたしはまだかんしゃくもちでしたから、そうふまじめにわかいおんなから)
その頃の私はまだ癇癪持ちでしたから、そう不真面目に若い女から
(とりあつかわれるとはらがたちました。ところがそこにきのつくのは、おなじしょくたくに)
取り扱われると腹が立ちました。ところがそこに気の付くのは、同じ食卓に
(ついているもののうちでおくさんひとりだったのです。kはむしろへいきでした。)
着いているもののうちで奥さん一人だったのです。Kはむしろ平気でした。
(おじょうさんのたいどになると、しってわざとやるのか、しらないで)
お嬢さんの態度になると、知ってわざとやるのか、知らないで
(むじゃきにやるのか、そこのくべつがちょっとはんぜんしないてんがありました。)
無邪気にやるのか、そこの区別がちょっと判然しない点がありました。
(わかいおんなとしておじょうさんはしりょにとんだほうでしたけれども、そのわかいおんなにきょうつうな)
若い女としてお嬢さんは思慮に富んだ方でしたけれども、その若い女に共通な
(わたしのきらいなところも、あるとおもえばおもえなくもなかったのです。)
私の嫌いなところも、あると思えば思えなくもなかったのです。
(そうしてそのきらいなところは、kがうちへきてから、はじめてわたしのめに)
そうしてその嫌いなところは、Kがうちへ来てから、初めて私の目に
(つきだしたのです。わたしはそれをkにたいするわたしのしっとにきしていいものか、)
つきだしたのです。私はそれをKに対する私の嫉妬に帰していいものか、
(またはわたしにたいするわたしのこうとみなしてしかるべきものか、ちょっとふんべつにまよいました)
または私に対する私の功と見なして然るべきものか、ちょっと分別に迷いました
(わたしはいまでもけっしてそのときのわたしのしっとしんをうちけすきはありません。)
私は今でも決してそのときの私の嫉妬心を打ち消す気はありません。
(わたしはたびたびくりかえしたとおり、あいのうらめんにこのかんじょうのはたらきをあきらかに)
私はたびたび繰り返したとおり、愛の裏面にこの感情の働きを明らかに
(いしきしていたのですから。しかもはたのものからみると、)
意識していたのですから。しかも傍(はた)の者から見ると、
(ほとんどとるにたりないさじに、このかんじょうがきっとくびを)
ほとんど取るに足りない瑣事(さじ)に、この感情がきっと首を
(もちあげたがるのでしたから。これはよだんですが、こういうしっとはあいの)
持ち上げたがるのでしたから。これは余談ですが、こういう嫉妬は愛の
(はんめんじゃないでしょうか。わたしはけっこんしてから、このかんじょうがだんだんうすらいでゆく)
反面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいでゆく
(のをじかくしました。そのかわりあいじょうのほうもけっしてもとのようにもうれつではないのです)
のを自覚しました。その代わり愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです
(わたしはそれまでちゅうちょしていたじぶんのこころを、ひとおもいにあいてのむねへ)
私はそれまで躊躇していた自分の心を、ひと思いに相手の胸へ
(たたきつけようかとかんがえだしました。わたしのあいてというのはおじょうさんでは)
たたきつけようかと考えだしました。私の相手というのはお嬢さんでは
(ありません、おくさんのことです。おくさんにおじょうさんをくれろとめいはくなだんぱんを)
ありません、奥さんのことです。奥さんにお嬢さんをくれろと明白な談判を
(ひらこうかとかんがえたのです。しかしそうけっしんしながら、いちにちいちにちとわたしはだんこうのひを)
開こうかと考えたのです。しかしそう決心しながら、一日一日と私は断行の日を
(のばしていったのです。そういうわたしはいかにもゆうじゅうなおとこのようにみえます、)
延ばしていったのです。そういう私はいかにも優柔な男のように見えます、
(またみえてもかまいませんが、じっさいわたしのすすみかねたのは、いしのちからにふそくが)
また見えてもかまいませんが、実際私の進みかねたのは、意志の力に不足が
(あったためではありません。kのこないうちは、ひとのてにのるのが)
あったためではありません。Kの来ないうちは、他(ひと)の手に乗るのが
(いやだというがまんがわたしをおさえつけて、いっぽもうごけないようにしていました。)
いやだという我慢が私を抑えつけて、一歩も動けないようにしていました。
(kのきたあとは、もしかするとおじょうさんがkのほうにいがあるのではなかろうか)
Kの来た後は、もしかするとお嬢さんがKの方に意があるのではなかろうか
(というぎねんがたえずわたしをせいするようになったのです。はたしておじょうさんが)
という疑念が絶えず私を制するようになったのです。果たしてお嬢さんが
(わたしよりもkにこころをかたむけているならば、このこいはくちへいいだすかちのないものと)
私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へ言い出す価値のないものと
(わたしはけっしんしていたのです。はじをかかせられるのがつらいなどというのとは)
私は決心していたのです。恥をかかせられるのがつらいなどというのとは
(すこしわけがちがいます。こっちでいくらおもっても、むこうがないしんほかのひとにあいのめを)
少し訳が違います。こっちでいくら思っても、向こうが内心他の人に愛の眼を
(そそいでいるならば、わたしはそんなおんなといっしょになるのはいやなのです。)
注いでいるならば、私はそんな女と一緒になるのはいやなのです。
(よのなかではいやおうなしにじぶんのすいたおんなをよめにもらってうれしがっているひとも)
世の中では否応なしに自分の好いた女を嫁にもらってうれしがっている人も
(ありますが、それはわたしたちよりよっぽどせけんずれのしたおとこか、さもなければ)
ありますが、それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもなければ
(あいのしんりがよくのみこめないどんぶつのすることと、とうじのわたしはかんがえていたのです。)
愛の心理がよく飲み込めない鈍物のすることと、当時の私は考えていたのです。
(いちどもらってしまえばどうかこうかおちつくものだくらいのてつりでは、)
一度もらってしまえばどうかこうか落ち着くものだくらいの哲理では、
(しょうちすることができないくらいわたしはねっしていました。つまりわたしはきわめてこうしょうな)
承知することができないくらい私は熱していました。つまり私は極めて高尚な
(あいのりろんかだったのです。どうじにもっともうえんなあいのじっさいかだったのです。)
愛の理論家だったのです。同時に最も迂遠な愛の実際家だったのです。
(かんじんのおじょうさんに、ちょくせつこのわたしというものをうちあけるきかいも、)
肝心のお嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、
(ながくいっしょにいるうちにはときどきでてきたのですが、わたしはわざとそれをさけました。)
長く一緒にいるうちには時々出てきたのですが、私はわざとそれを避けました。
(にほんのしゅうかんとして、そういうことはゆるされていないのだというじかくが、)
日本の習慣として、そういうことは許されていないのだという自覚が、
(そのころのわたしにはつよくありました。)
その頃の私には強くありました。
(しかしけっしてそればかりが、わたしをそくばくしたとはいえません。)
しかし決してそればかりが、私を束縛したとはいえません。