夏目漱石 こころ3
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問題文
(にほんじん、ことににほんのわかいおんなは、そんなばあいに、あいてにきがねなくじぶんの)
日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、相手に気兼ねなく自分の
(おもったとおりをえんりょせずにくちにするだけのゆうきにとぼしいものと)
思ったとおりを遠慮せずに口にするだけの勇気に乏しいものと
(わたしはみこんでいたのです。)
私は見込んでいたのです。
(こんなわけでわたしはどちらのほうめんへむかってもすすむことができずにたちすくんで)
こんな訳で私はどちらの方面へ向かっても進むことができずに立ちすくんで
(いました。からだのわるいときにひるねなどをすると、めだけさめてしゅういの)
いました。体の悪い時に午寝(ひるね)などをすると、目だけ覚めて周囲の
(ものがはっきりみえるのに、どうしてもてあしのうごかせないばあいがありましょう。)
ものがはっきり見えるのに、どうしても手足の動かせない場合がありましょう。
(わたしはときとしてああいうくるしみをひとしれずかんじたのです。)
私は時としてああいう苦しみを人知れず感じたのです。
(そのうちとしがくれてはるになりました。あるひおくさんがkにかるたをやるから)
そのうち年が暮れて春になりました。ある日奥さんがKにかるたをやるから
(だれかともだちをつれてこないかといったことがあります。するとkはすぐともだちなぞは)
誰か友達を連れて来ないかと言ったことがあります。するとKはすぐ友達なぞは
(ひとりもないとこたえたので、おくさんはおどろいてしまいました。なるほどkにともだちと)
一人もないと答えたので、奥さんは驚いてしまいました。なるほどKに友達と
(いうほどのともだちはひとりもいなかったのです。おうらいであったときあいさつをする)
いうほどの友達は一人もいなかったのです。往来で会ったとき挨拶をする
(くらいのものはたしょうありましたが、それらだってけっしてかるたなどをとるがらでは)
くらいの者は多少ありましたが、それらだって決してかるたなどを取る柄では
(なかったのです。おくさんはそれじゃわたしのしったものでもよんできたらどうかと)
なかったのです。奥さんはそれじゃ私の知った者でも呼んできたらどうかと
(いいなおしましたが、わたしもあいにくそんなようきなあそびをするこころもちになれないので)
言い直しましたが、私もあいにくそんな陽気な遊びをする心持ちになれないので
(いいかげんななまへんじをしたなり、うちやっておきました。ところがばんになって)
いいかげんな生返事をしたなり、うちやっておきました。ところが晩になって
(kとわたしはとうとうおじょうさんにひっぱりだされてしまいました。きゃくもだれも)
Kと私はとうとうお嬢さんに引っぱり出されてしまいました。客も誰も
(こないないないのこにんずだけでとろうというかるたですからすこぶる)
来ない内々の小人数(こにんず)だけで取ろうというかるたですからすこぶる
(しずかなものでした。そのうえこういうゆうぎをやりつけないkは、まるでふところでを)
静かなものでした。その上こういう遊戯をやりつけないKは、まるで懐手を
(しているひととどうようでした。わたしはkにいったいひゃくにんいっしゅのうたをしっているのか)
している人と同様でした。私はKにいったい百人一首の歌を知っているのか
(とたずねました。kはよくしらないとこたえました。わたしのことばをきいたおじょうさんは、)
と尋ねました。Kはよく知らないと答えました。私の言葉を聞いたお嬢さんは、
(おおかたkをけいべつするとでもとったのでしょう。それからめにたつようにkの)
おおかたKを軽蔑するとでも取ったのでしょう。それから目に立つようにKの
(かせいをしだしました。しまいにはふたりがほとんどくみになってわたしにあたるという)
加勢をしだしました。しまいには二人がほとんど組になって私に当たるという
(ありさまになってきました。わたしはあいてしだいではけんかをはじめたかも)
有り様になってきました。私は相手次第ではけんかを始めたかも
(しれなかったのです。さいわいにkのたいどはすこしもさいしょとかわりませんでした。)
しれなかったのです。幸いにKの態度は少しも最初と変わりませんでした。
(かれのどこにもとくいらしいようすをみとめなかったわたしは、)
彼のどこにも得意らしい様子を認めなかった私は、
(ぶじにそのばをきりあげることができました。)
無事にその場を切り上げることができました。
(それからに、さんにちたったあとのことでしたろう、おくさんとおじょうさんはあさから)
それから二、三日たった後のことでしたろう、奥さんとお嬢さんは朝から
(いちがやにいるしんせきのところへいくといってうちをでました。kもわたしもまだがっこうの)
市ヶ谷にいる親戚の所へ行くと言ってうちを出ました。Kも私もまだ学校の
(はじまらないころでしたから、るすいどうようあとにのこっていました。わたしはしょもつを)
始まらない頃でしたから、留守居同様あとに残っていました。私は書物を
(よむのもさんぽにでるのもいやだったので、ただばくぜんとひばちのふちにひじをのせて)
読むのも散歩に出るのもいやだったので、ただ漠然と火鉢の縁にひじを載せて
(じっとあごをささえたなりかんがえていました。となりのへやにいるkもいっこうおとを)
じっとあごを支えたなり考えていました。隣の室にいるKも一向音を
(たてませんでした。そうほうともいるのだかいないのだかわからないくらい)
立てませんでした。双方とも居るのだか居ないのだか分からないくらい
(しずかでした。もっともこういうことは、ふたりのあいだがらとしてべつにめずらしくもなんとも)
静かでした。もっともこういうことは、二人の間柄として別に珍しくも何とも
(なかったのですから、わたしはべつだんそれをきにもとめませんでした。)
なかったのですから、私はべつだんそれを気にも留めませんでした。
(じゅうじごろになって、kはふいにしきりのふすまをあけてわたしとかおをみあわせました。)
十時頃になって、Kは不意に仕切りの襖を開けて私と顔を見合わせました。
(かれはしきいのうえにたったまま、わたしになにをかんがえているとききました。わたしはもとより)
彼は敷居の上に立ったまま、私に何を考えていると聞きました。私はもとより
(なにもかんがえてなかったのです。もしかんがえていたとすれば、いつものとおり)
何も考えてなかったのです。もし考えていたとすれば、いつものとおり
(おじょうさんがもんだいだったかもしれません。そのおじょうさんにはむろんおくさんも)
お嬢さんが問題だったかもしれません。そのお嬢さんには無論奥さんも
(くっついていますが、ちかごろではkじしんがきりはなすべからざるひとのように、わたしの)
くっついていますが、近頃ではK自身が切り離すべからざる人のように、私の
(あたまのなかをぐるぐるめぐって、このもんだいをふくざつにしているのです。kとかおを)
頭の中をぐるぐる巡って、この問題を複雑にしているのです。Kと顔を
(みあわせたわたしは、いままでおぼろげにかれをいっしゅのじゃまもののごとくいしきして)
見合わせた私は、今までおぼろげに彼を一種の邪魔者のごとく意識して
(いながら、わたしはいぜんとしてかれのかおをみてだまっていました。わたしはすぐひじをひばちの)
いながら、私は依然として彼の顔を見て黙っていました。私はすぐひじを火鉢の
(ふちからとりのけて、こころもちそれをkのほうへおしやるようにしました。)
縁から取りのけて、こころもちそれをKの方へ押しやるようにしました。
(kはいつもににあわないはなしをしはじめました。おくさんとおじょうさんはいちがやの)
Kはいつもに似合わない話をし始めました。奥さんとお嬢さんは市ヶ谷の
(どこへいったのだろうというのです。わたしはおおかたおばさんのところだろうと)
どこへ行ったのだろうと言うのです。私はおおかた叔母さんの所だろうと
(こたえました。kはそのおばさんはなんだとまたききます。わたしはやはりぐんじんのさいくんだ)
答えました。Kはその叔母さんは何だとまた聞きます。私はやはり軍人の細君だ
(とおしえてやりました。するとおんなのねんしはたいていじゅうごにちすぎだのに、)
と教えてやりました。すると女の年始はたいてい十五日過ぎだのに、
(なぜそんなにはやくでかけたのだろうとしつもんするのです。わたしは)
なぜそんなに早く出かけたのだろうと質問するのです。私は
(なぜだかしらないとあいさつするよりほかにしかたがありませんでした。)
なぜだか知らないと挨拶するよりほかに仕方がありませんでした。