セイタカアワダチソウ
壮絶な日々でした。
全体的に暗い小説になってしまったような気がしますが、読んで頂けると嬉しいです。
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問題文
(わたしはとつじょだれにもあえなくなった。)
私は突如誰にも逢えなくなった。
(なんのまえぶれもなく、いきなりしゃかいからきりはなされた。)
なんの前触れもなく、いきなり社会から切り離された。
(かわいいめいにも、だいすきなかぞくにもたいせつなひとにもだれにもあえない。)
可愛い姪にも、大好きな家族にも大切なひとにも誰にも逢えない。
(いや、あいたくない。わたしひとり、ろくじょうまのこのへやにとじこもる。)
いや、逢いたくない。私ひとり、六畳間のこの部屋に閉じこもる。
(めをとじても、めをあけてもひとり。せきをしてもひとりとは、こういうことか、)
目を閉じても、目を開けてもひとり。咳をしてもひとりとは、こういうことか、
(なんて。わたしはしゅうじんのように、いちにちじゅうじっとすわって、ひどくこどくだった。)
なんて。私は囚人のように、一日中じっと坐って、ひどく孤独だった。
(おなじいえにいるはずなのに、かぞくのこえがきこえるたびごとに、かぞくがみなとおくにいる)
同じ家にいる筈なのに、家族の声が聞える度毎に、家族が皆遠くにいる
(ようなきがして、てれびのおとがないとふあんで、しずかなへやなんてたえきれなく、)
ような気がして、テレビの音が無いと不安で、静かな部屋なんて耐え切れなく、
(みてもないてれびをずっとたれながしていた。)
観てもないテレビをずっと垂れ流していた。
(きっとすぐにいままでどおりのにちじょうがもどってくる、とおもいながら、かれんだあを)
きっとすぐに今まで通りの日常が戻ってくる、と思いながら、カレンダアを
(みてなんにちたったのか、ゆびをおってかぞえるひび。しらないうちにいっしゅうかん、)
見て何日経ったのか、指を折って数える日々。知らないうちに一週間、
(にしゅうかん、いっかげつと、またたくまにつきひはながれていくのとどうじに、むねにあった)
二週間、一箇月と、またたく間に月日は流れていくのと同時に、胸にあった
(かすかなきぼうもうすれ、わたしはちっともかわらなかった。)
幽かな希望も薄れ、私はちっとも変らなかった。
(このあいだまではんそでをきていたのに、にゅーすにでてくるまちのひとびとはみな、うわぎを)
この間まで半袖を着ていたのに、ニュースに出てくる町の人々は皆、上衣を
(はおっていた。わたしだけとりのこされ、しょうそうかんにかられ、しゅうたんし、むねをえぐられる)
羽織っていた。私だけ取り残され、焦燥感に駆られ、愁歎し、胸をえぐられる
(おもいで、かたをすぼめこころもからだも、すいたいしていった。)
思いで、肩をすぼめ心も体も、衰退していった。
(それでも、かぞくはいつもやさしかった。あったかかった。)
それでも、家族はいつも優しかった。あったかかった。
(まいにちあったかいしょくじをつくり、へやにもってきてくれるおかあさん。きにかけて、)
毎日あったかい食事を作り、部屋に持ってきて呉れるお母さん。気にかけて、
(へやをのぞいてくれるおとうさん。かんぜんにさけていたのに、ずっときにかけて)
部屋を覗いて呉れるお父さん。完全に避けていたのに、ずっと気にかけて
(くれるあにふうふ。あきらかにようすがおかしいのに、あのちいさいあたまでなにかをさっし、)
くれる兄夫婦。明らかに様子がおかしいのに、あの小さい頭で何かを察し、
(なにもきかないめいたち。いぬはあいかわらずいつもどおり、そばでだまってまるまっている。)
何も聞かない姪たち。犬は相変らずいつも通り、傍で黙って丸まっている。
(どれだけこころづよかったか、どれだけめいたちをちからいっぱいだきしめたかったか。)
どれだけ心強かったか、どれだけ姪たちを力一杯抱きしめたかったか。
(まっくらなかいだんのうえから、したをのぞくと、いつものかぞくだんらん。はしりまわるかのじょたち。)
真暗な階段の上から、下を覗くと、いつもの家族団欒。走り廻る彼女たち。
(いつもとおなじこうけいなのに、こんなにいとおしく、こんなにさびしく、ずっとずっと)
いつもと同じ光景なのに、こんなに愛おしく、こんなに淋しく、ずっとずっと
(とおくにいるような、わたしなんてこのよにそんざいしていないほど、とおくから)
遠くにいるような、私なんてこの世に存在していないほど、遠くから
(みているようなきもちでいた。)
見ているような気持でいた。
(わたしがゆいいつ、そとのくうきにふれることができたのがヴぇらんだだった。)
私が唯一、外の空気に触れる事が出来たのがヴェランダだった。
(まどをあけると、ひんやりといたいほどのあきかぜが、ほおをたたく。うわぎをきるのも)
窓を開けると、ひんやりと痛いほどの秋風が、頬を叩く。上衣を着るのも
(しようがないくらいにさむい。いえのまえのたんぼはあれはてて、ざっそうがのびのびと)
仕様が無いくらいに寒い。家の前の田んぼは荒れ果てて、雑草がのびのびと
(そだっていた。そのなかに、きいろいはながゆれていた。きみょうなほど、はなを)
育っていた。その中に、黄色い花が揺れていた。奇妙な程、花を
(そこらじゅうにくるいざかせ、そのはなはこちらのことなどおかまいなく、)
そこらじゅうに狂い咲かせ、その花はこちらの事などお構い無く、
(おそろしいほどおおきくのそだちしていた。しらべるときくかのたねんそうで、がいらいしゅ。)
おそろしい程大きく野育ちしていた。調べるとキク科の多年草で、外来種。
(せいたかあわだちそう、へんななまえだ。ようちゅういがいらいせいぶつに、していされていた。)
セイタカアワダチソウ、へんな名前だ。要注意外来生物に、指定されていた。
(しかし、はーぶてぃにもなる。はちみつもとれる。てんぷらにしてたべることもできる。)
然し、ハーブティにもなる。蜂蜜も採れる。天ぷらにして食べる事も出来る。
(こうすいにもなる。)
香水にもなる。
(にんげんの、いたんしゃをじょきょするついでに、じぶんたちはあまいしるをすおうとする、)
人間の、異端者を除去するついでに、自分たちはあまい汁を吸おうとする、
(いやしいひとのかんがえに、いらつき、いやきがさし、ぞっとしながら、そのはなを)
いやしいひとの考えに、苛つき、嫌気がさし、ぞっとしながら、その花を
(ながめていた。いまおもえば、きっと、いようなじぶんのすがたに、きがはって、)
眺めていた。今思えば、きっと、異様な自分の姿に、気が張って、
(たんきをおこし、なんにでもかみつきたくなり、いわばわたしは、はんぶんきょうじんのような、)
短気を起し、何にでも噛み附きたくなり、謂わば私は、半分狂人のような、
(かいじょになっていたのかもしれない。)
怪女になっていたのかも知れない。
(そんなはぐれもののくさが、はなをさかせるのは、じゅうがつからじゅういちがつまで。)
そんなはぐれ者の草が、花を咲かせるのは、十月から十一月迄。
(いまがぴーくだ。)
今がピークだ。
(せいたかあわだちそうを、ヴぇらんだからながめみるまいにち。いなかのこのまちで)
セイタカアワダチソウを、ヴェランダから眺め見る毎日。田舎のこの町で
(かわったことなど、おこるはずもなく、まいにちわたしはへやとヴぇらんだと、なにもかわらない)
変った事など、起る筈もなく、毎日私は部屋とヴェランダと、何も変らない
(ちいさなせかいでいきていた。このせいかつは、やくいっかげつはんほどつづいた。)
小さな世界で生きていた。この生活は、約一箇月半ほどつづいた。
(すこしずつ、ほんのすこしずつからだがかわっていき、やっとかぞくにすこしずつ)
すこしずつ、ほんのすこしずつ体が変っていき、やっと家族にすこしずつ
(あえるようになる。すうかげつぶりに、めいたちとあったときは、なみだがあふれそうに)
逢えるようになる。数箇月振りに、姪たちと逢った時は、涙が溢れそうに
(なったが、ぐっとこらえて、ますくでかくれているにもかかわらず、えがおをつくって)
なったが、ぐっと堪えて、マスクで隠れているにも関わらず、笑顔を作って
(みせた。それがじゅういちがつまつ。それからとしがあけ、あたたかいひざしがさしこむ)
見せた。それが十一月末。それから年が明け、暖かい日差しが差し込む
(はるになり、わたしはなみうつよう、よくなったり、ぶりかえしたりをくりかえしながら、)
春になり、私は浪打つよう、よくなったり、ぶり返したりを繰り返しながら、
(しんかをしていった。わたしがおもっていたいじょうに、ゆっくり、ゆっくり、からだが)
進化をして行った。私が思っていた以上に、ゆっくり、ゆっくり、体が
(かわっていった。そのうちに、なつになり、へやからぬけだし、かぞくとしょくじが)
変って行った。そのうちに、夏になり、部屋から抜け出し、家族と食事が
(できるようになり、めいにほんをよんであげられるようになり、くるまのうんてんが)
出来るようになり、姪に本を読んであげられるようになり、車の運転が
(できるようになり、とおでができるようになり、おおさかにいけるようになり、)
出来るようになり、遠出が出来るようになり、大阪に行けるようになり、
(ともだちにあえるようになり、しごとをするようになり、ますくをはずせるようになり、)
友達に逢えるようになり、仕事をするようになり、マスクを外せるようになり、
(いまはすっかりなおってしまった。)
今はすっかり治ってしまった。
(むしあつい、いきぐるしいなつがことしもおわり、すっかりはだざむくなってきたこのきせつ。)
蒸し暑い、息苦しい夏が今年も終り、すっかり肌寒くなってきたこの季節。
(ゆうぐれ、わたしはぞうりをはき、そとにでてゆうひをせなかにあび、なめらかなあきかぜに)
夕暮、私は草履をはき、外に出て夕日を背中に浴び、なめらかな秋風に
(かみをゆらし、うるんだくちびるでたばこをくわえひをつける。)
髪を揺らし、潤んだ唇で煙草を咥え火をつける。
(せいちょうなおだやかな、やわらかいきもちで、ほおにうつろなえみをうかべてたっていた。)
清澄なおだやかな、やわらかい気持で、頰にうつろな笑みを浮べて立っていた。
(「もうすっかり、なおっちゃった!」)
「もうすっかり、治っちゃった!」
(いえのまわりのあれたたんぼには、ことしもせいたかあわだちそうが、)
家の周りの荒れた田んぼには、今年もセイタカアワダチソウが、
(きいろいはなをさかせていた。)
黄色い花を咲かせていた。