森鴎外 山椒大夫8
森鴎外の山椒大夫です。
とても長文です。
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問題文
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(あんじゅこいしや、ほうやれほ。ずしおうこいしや、ほうやれほ。)
安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。
(とりもしょうあるものなれば、とうとうにげよ、おわずとも。)
鳥も生《しょう》あるものなれば、疾《と》う疾う逃げよ、逐《お》わずとも。
(まさみちはうっとりとなって、このことばにききほれた。そのうちぞうふが)
正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚れた。そのうち臓腑《ぞうふ》が
(にえかえるようになって、けものめいたさけびがくちからでようとするのを、はを)
煮え返るようになって、獣めいた叫びが口から出ようとするのを、歯を
(くいしばってこらえた。たちまちまさみちはしばられたなわがとけたようにかきのうちへ)
食いしばってこらえた。たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ
(かけこんだ。そしてあしにはあわのほをふみちらしつつ、おんなのまえに)
駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に
(うつふした。みぎのてにはまもりほんぞんをささげもって、うつふしたときに、)
俯伏《うつふ》した。右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏したときに、
(それをひたいにおしあてていた。おんなはすずめでない、おおきいものがあわをあらしにきたのを)
それを額に押し当てていた。女は雀でない、大きいものが粟をあらしに来たのを
(しった。そしていつものことばをとなえやめて、みえぬめでじっとまえをみた。)
知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。
(そのときほしたかいがみずにほとびるように、りょうほうのめにうるおいがでた。)
そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。
(おんなはめがあいた。「ずしおう」というさけびがおんなのくちからでた。)
女は目があいた。「厨子王」という叫びが女の口から出た。
(ふたりはぴったりだきあった。)
二人はぴったり抱き合った。
(たいしょうよねんいちがつ)
大正四年一月
