90秒:徳川家康編
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問題文
(とよとみひでよしがこのよをさったあとの、1600ねん。)
豊臣秀吉がこの世を去った後の、1600年。
(てんかわけめのたたかいがはじまりました。)
天下分け目の戦いが始まりました。
(このたたかいにかったのはとくがわいえやす。)
この戦いに勝ったのは徳川家康。
(せきがはらでいしだみつなりひきいるせいぐんをみごとにやぶりました。)
関ヶ原で石田三成率いる西軍を見事に破りました。
(1603ねん。)
1603年。
(とくがわいえやすはちょうていからせいいたいしょうぐんににんめいされ、えどばくふをひらきました。)
徳川家康は朝廷から征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開きました。
(ばくふをひらきぜんこくをしはいしたいえやすは、とよとみけのちからをそぐためにしょうぐんしょくをうばいました)
幕府を開き全国を支配した家康は、豊臣家の力を削ぐために将軍職を奪いました
(これにより、しょうぐんはだいだいとくがわけがうけつぐということをまわりにしらしめた。)
これにより、将軍は代々徳川家が受け継ぐということを周りに知らしめた。
(しょうぐんしょくをおりたいえやすですが、そのあともばくふのじっけんをにぎりつづけました。)
将軍職をおりた家康ですが、その後も幕府の実権を握り続けました。
(かくちのだいみょうに「ぶけしょはっと」をだして、きびしくとうせい。)
各地の大名に「武家諸法度」を出して、厳しく統制。
(ながねんみかただっただいみょうはえどのちかくにおきました。)
長年味方だった大名は江戸の近くにおきました。
(また、ちょうていやくげにたいしてもせいじからとおざけました。)
また、朝廷や公家に対しても政治から遠ざけました。
(こうして、260ねんもつづくばくふのきそがつくられていきました。)
こうして、260年も続く幕府の基礎がつくられていきました。