祖母のこと -2-

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問題文

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(たとえばよなかにねつけず、ふとんのなかでふとめをあけたときに。) 例えば夜中に寝付けず、布団の中でふと目を開けた時に。 (たとえばざっとうのなか、しんごうきがあかからあおにかわるしゅんかんに。) 例えば雑踏の中、信号機が赤から青に変わる瞬間に。 (そんなとき、じぶんがとてもしあわせなきもちになるのがわかった。) そんな時、自分がとても幸せな気持ちになるのが分かった。 (そしてどんなになつかしくおもっても、もうあえないのだということをおもいだし、) そしてどんなに懐かしく思っても、もう会えないのだということを思い出し、 (すこしかなしくなったりするのだった。) 少し悲しくなったりするのだった。 (あるひ、そんなそぼとのおもいでのなかに、) ある日、そんな祖母との思い出の中に、 (ひとつのおそろしいきおくがまざっていることにきがついた。) 一つの恐ろしい記憶が混ざっていることに気がついた。 (ようじょにだされ、まったくかわってしまったせいかつのなかで) 養女に出され、全く変わってしまった生活の中で (すこしずつわすれていったほかのきおくとはことなる。) 少しずつ忘れていった他の記憶とは異なる。 (じぶんからすすんであたまのなかにかたいからにとじこめた、そのきみのわるいできごと・・・・・) 自分から進んで頭の中に硬い殻に閉じ込めた、その気味の悪い出来事・・・・・ (よりこさんはそのことをおもいだしてから、まいにちなやんだ。) 頼子さんはそのことを思い出してから、毎日悩んだ。 (そぼのことをなつかしくおもいだしていても、) 祖母のことを懐かしく思い出していても、 (いつのまにかばめんはそのおそろしいできごとにかわっている。) いつの間にか場面はその恐ろしい出来事に変わっている。 (そんなとき、しんぞうにちいさなはりをおとされたような、) そんな時、心臓に小さな針を落とされたような、 (なんともいえないいやなきもちになるのだった。) なんともいえない嫌な気持ちになるのだった。 (それはそぼのつやのことだ。) それは祖母の通夜のことだ。 (いつもひとりであるいたみちを、ちちとははにつれられていく。) いつも一人で歩いた道を、父と母に連れられて行く。 (ふたりのかおをみあげているじぶん。くらいひょうじょう。とてもいやなかんじ。) 二人の顔を見上げている自分。暗い表情。とても嫌な感じ。 (なにかはなしかけたような。) なにか話しかけたような。 (こたえがあったのか、それもわすれてしまった。) 答えがあったのか、それも忘れてしまった。
など
(そしてそぼのへやにすわっているじぶん。せまいへやにたくさんのひと。) そして祖母の部屋に座っている自分。狭い部屋にたくさんの人。 (くろいふくをきたおとなたち。) 黒い服を着た大人たち。 (たしかにそぼのへやなのに、みなれたちゃぶだいが、いしょうがけが、みえない。) 確かに祖母の部屋なのに、見慣れたちゃぶ台が、衣装掛けが、見えない。 (そのかわり、みたこともないさいだんがあり、あでやかなとうろうがあり、) その代わり、見たこともない祭壇があり、艶やかな灯籠があり、 (おおきなはながあり、かんおけがある。) 大きな花があり、棺おけがある。 (ははがいう。) 母が言う。 (「おばあちゃんはしんだのよ」) 「お祖母ちゃんは死んだのよ」 (つやだった。はじめての。はじめての、ひとのし。こわかった。) 通夜だった。初めての。初めての、人の死。怖かった。 (よくわからないしというものがではなく、) よく分からない死というものがではなく、 (くろいふくをきたおとなたちがぼそぼそとしゃべるそのちいさなこえが。) 黒い服を着た大人たちがぼそぼそと喋るその小さな声が。 (ふしめがちなかおが。そのへやのいきぐるしさが。) 伏し目がちな顔が。その部屋の息苦しさが。 (たたみのめにそってつめをさしいれ、ひく。うつむいてそのことをくりかえしていた。) 畳の目に沿って爪を差し入れ、引く。俯いてそのことを繰り返していた。 (やがてちちとははにてをひかれ、かんおけのそばににじりよる。) やがて父と母に手を引かれ、棺おけのそばににじり寄る。 (はこからへんなにおいのするこなをつかんで、べつのはこにいれる。) 箱から変な匂いのする粉を掴んで、別の箱に入れる。 (けむりがたち、においがつよくなる。) 煙が立ち、匂いが強くなる。 (かんおけのふたはひらいていて、りょうしんとともにそのなかをみる。) 棺おけの蓋は開いていて、両親とともにその中を見る。 (しろいはながたくさんはいっている。そのなかにうずもれて、おなじくらいしろいかおがある。) 白い花がたくさん入っている。その中に埋もれて、同じくらい白い顔がある。 (みたことのないかおだった。) 見たことのない顔だった。 (「おばあちゃんにおわかれをいうのよ」) 「お祖母ちゃんにお別れを言うのよ」 (ははがそういう。) 母がそう言う。 (おわかれ?) お別れ? (どうして。) どうして。 (くびをかしげる。) 首を傾げる。 (おばあちゃんはどこにいるのだろう。) お祖母ちゃんはどこにいるのだろう。 (よこをみると、ちちがうすっすらとなみだをうかべている。) 横を見ると、父が薄っすらと涙を浮かべている。 (なんだかこわくなった。) なんだか怖くなった。 (そうおもうとひざがふるえはじめる。) そう思うと膝が震え始める。 (こわい。こわくてたまらない。) 怖い。怖くてたまらない。 (このひとはだれだろう。はなにかこまれたこのひとは。) この人は誰だろう。花に囲まれたこの人は。 (おとなたちがいれかわりたちかわりこなをおとし、) 大人たちが入れ替わり立ち替わり粉を落とし、 (こうべをたれ、はなをいれ、ちいさなことばをかけていくこのひとは。) こうべを垂れ、花を入れ、小さな言葉を掛けていくこの人は。 (こわくてあとずさりをする。) 怖くて後ずさりをする。 (なみだをうかべながら、みんなだれにあいさつをしているのだろう。) 涙を浮かべながら、みんな誰に挨拶をしているのだろう。 (すわっていただれかのひざにつまずき、あおむけにころがる。) 座っていた誰かの膝につまずき、仰向けに転がる。 (みあげるさきに、しみのようなきめがながくのびたてんじょうがあった。) 見上げる先に、染みのような木目が長く伸びた天井があった。 (そぼのへやのてんじょうだ。) 祖母の部屋の天井だ。 (そのすみにしろいかみがはられている。) その隅に白い紙が貼られている。 (そこにきもちのわるいもじがかかれていた。) そこに気持ちの悪い文字が書かれていた。 (かんじだ。そのからまりあったくろいせんのいっぽんいっぽんが、) 漢字だ。その絡まりあった黒い線の一本一本が、 (ぐにゃぐにゃとうごいているようなきがした。) ぐにゃぐにゃと動いているような気がした。 (こわかった。) 怖かった。 (どうしようもなくこわかった。) どうしようもなく怖かった。 (なにもかもわすれてしまいたくなるくらいに。) なにもかも忘れてしまいたくなるくらいに。
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