葬儀記 3

・スマホ向けフリック入力タイピングはこちら
※アプリのインストールが必要です。
・PC向けタイピングはこちら
タブレット+BlueToothキーボードのプレイもこちらがオススメです!
Webアプリでプレイ
投稿者投稿者ぺちかいいね0お気に入り登録
プレイ回数3難易度(4.5) 2715打 長文

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示
(しょうめんのたかいところにあったきょくろくは、いつのまにかひとつになって、) 正面の高い所にあった曲禄は、いつの間にかひとつになって、 (それへむこうをむいたそうえんろうしがこしをかけている。) それへ向うをむいた宗演老師が腰をかけている。 (そのりょうがわにはいろいろながっきをもったぼうさんが、いちれつにずっとならんでいる。) その両側にはいろいろな楽器を持った坊さんが、一列にずっと並んでいる。 (おくのほうには、ひつぎがあるのであろう。) 奥の方には、柩があるのであろう。 (なつめきんのすけのひつぎとかいたはたが、したのほうだけみえている。) 夏目金之助之柩と書いた旗が、下の方だけ見えている。 (うすぐらいのとこうのけむりとで、そのほかはなにがあるのだかはっきりしない。) うす暗いのと香の煙とで、そのほかは何があるのだかはっきりしない。 (ただはなわのきくが、そのなかでうずたかく、しろいものをかさねている。) ただ花輪の菊が、その中で堆く、白いものを重ねている。 (ーしきはもうずきょうがはじまっていた。) ー式はもう誦経がはじまっていた。 (ぼくは、しきにのぞんでも、かなしくなるきづかいはないとおもっていた。) 僕は、式に臨んでも、悲しくなる気づかいはないと思っていた。 (そういうこころもちになるには、あまりけいしきがまさっていて、) そういう心もちになるには、あまり形式が勝っていて、
(ばんじがおおぎょうにできすぎている。-そうおもってへいきで、) 万事が大仰に出来すぎている。-そう思って平気で、 (そうえんろうしのへいきょほうごをきいていた。だから、まつうらくんのなきごえをきいたときも、) 宗演老師の秉炬法語を聞いていた。だから、松浦君の泣き声を聞いた時も、 (はじめはだれかがわらっているのではないかとうたがったくらいである。) 始めは誰かが笑っているのではないかと疑ったくらいである。 (ところが、しきがだんだんすすんで、こみやさんがしんろくさんといっしょに、ちょうじをもって) ところが、式がだんだん進んで、小宮さんが伸六さんと一しょに、弔辞をもって (ひつぎのまえへいくのをみたら、きゅうにまぶたのうらがあつくなってきた。) 柩の前へ行くのを見たら、急に眶の裏が熱くなって来た。 (ぼくのひだりには、ごとうすえおくんがたっている。) 僕の左には、後藤末雄君が立っている。 (ぼくのみぎには、こうとうがっこうのむらたせんせいがすわっている。) 僕の右には、高等学校の村田先生が坐っている。 (ぼくは、なんだかなくのががいぶんがわるいようなきがした。けれども、) 僕は、何だか泣くのが外聞が悪いような気がした。けれども、 (ぼくのうしろにくめがいるのを、ぼくはまえからしっていた。) 僕の後に久米がいるのを、僕は前から知っていた。 (だからそのほうをみたら、どうかなるかもしれない。) だからその方を見たら、どうかなるかもしれない。
など
(ーこんなあいまいな、きゅうじょをこうようなこころもちで、ぼくはうしろをふりむいた。) ーこんな曖昧な、救助を請うような心もちで、僕は後をふりむいた。 (すると、くめのめがみえた。が、そのめにも、なみだがいっぱいにたまっていた。) すると、久米の眼が見えた。が、その眼にも、涙が一ぱいにたまっていた。 (ぼくはとうとうやりきれなくなって、ないてしまった。) 僕はとうとうやりきれなくなって、泣いてしまった。 (となりにいたごとうくんが、けげんなかおをして、) 隣にいた後藤君が、けげんな顔をして、 (ぼくのほうをみたのは、いまだによくおぼえている。) 僕の方を見たのは、いまだによく覚えている。 (それから、なにがどうしたか、それはすこしもはんぜんしない。) それから、なにがどうしたか、それは少しも判然しない。 (ただくめがぼくのひじをつかまえて、「おい、あっちへいこう」とか) ただ久米が僕の肘をつかまえて、「おい、あっちへ行こう」とか (いったことだけは、きおくしている。そのあとで、なみだをふいて、めをあいたら、) 言ったことだけは、記憶している。その後で、涙をふいて、眼をあいたら、 (ぼくのまえにはきだめがあった。なんでも、さいじょうとどこかのいえとのあいだらしい。) 僕の前に掃き溜めがあった。何でも、斎場とどこかの家との間らしい。 (はきだめには、たまごのからがみっつよっつすててあった。) 掃き溜めには、卵の殻が三つ四つすててあった。 (すこしたって、くめとさいじょうへいってみると、もうかいそうしゃがおおかたでていったあとで、) 少したって、久米と斎場へ行ってみると、もう会葬者が大方出て行った後で、 (ひろいたてもののなかはどこをみても、がらんとしている。そうして、) 広い建物の中はどこを見ても、がらんとしている。そうして、 (そのなかで、ほこりのにおいとこうのにおいとが、むせっぽくいっしょになっている。) その中で、埃のにおいと香のにおいとが、むせっぽく一しょになっている。 (ぼくたちは、あべさんのあとで、おしょうこうをした。すると、また、なみだがでた。) 僕たちは、安倍さんのあとで、お焼香をした。すると、また、涙が出た。 (そとへでると、ふてくされたひがいちめんにしもどけのつちをてらしている。) 外へ出ると、ふてくされた日が一面に霜どけの土を照らしている。 (そのひのなかをむこうへつつきって、やすみどころへはいったら、) その日の中を向うへ突きって、休処へ入ったら、 (だれかがそばまんじゅうをくえといってくれた。ぼくは、はらがへっていたから、) 誰かが蕎麦饅頭を食えと言ってくれた。僕は、腹が減っていたから、 (すぐにひとつとってくちへいれた。そこへだいがくのまつうらせんせいがきて、) すぐに一つとって口へ入れた。そこへ大学の松浦先生が来て、 (こつあげのことかなんかぼくにはなしかけられたようにおもう。) 骨上げのことかなんか僕に話しかけられたように思う。 (ぼくは、てんとうもそばまんじゅうもしゃくにさわっていたときだから、) 僕は、天とうも蕎麦饅頭も癪にさわっていた時だから、 (はなはだぶれいなこたえをしたのにそういない。せんせいはてがつけられないというかおをして) はなはだ無礼な答をしたのに相違ない。先生は手がつけられないという顔をして (かえられたようだ。あのときのことをいまおもうと、すくなからずきょうしゅくする。) 帰られたようだ。あの時のことを今思うと、少なからず恐縮する。 (なみだのかわいたあとには、なんだかはりあいのないひろうばかりがのこった。) 涙の乾いた後には、何だか張り合いのない疲労ばかりが残った。 (かいそうしゃのめいしをたばにする。ちょうでんやしゅくしょがきをひとつにする。それから、) 会葬者の名刺を束にする。弔電や宿所書きを一つにする。それから、 (そうぎしきじょうのそとのおうらいで、きゅうしゃのかそうばへいくのをみおくった。) 葬儀式場の外の往来で、柩車の火葬場へ行くのを見送った。 (そのあとは、ただ、あたまがぼんやりして、) その後は、ただ、頭がぼんやりして、 (ねむいというよりほかに、なにもかんがえられなかった。) 眠いというよりほかに、何も考えられなかった。 ((たいしょうごねんじゅうにがつ)) (大正五年十二月)
問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告