夢野久作 ビール会社征伐 2/2

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(あくるあさのにちようはあおあおとはれたすてきなていきゅうびよりであった。)

翌る朝の日曜は青々と晴れたステキな庭球日和であった。

(ほうぼうからかりあつめたぼろらけっとのご、ろっぽんをたばにしたやつをひっしゃがじしんに)

方々から借り集めたボロラケットの五、六本を束にした奴を筆者が自身に

(かついでもんをでたときには、おまけなしのところしじょうなわてにむかった)

担いで門を出た時には、お負けなしのところ四条畷《なわて》に向った

(くすのきまさつらのきもちがわかった。)

楠正行《まさつら》の気持がわかった。

(それからびーるがいしゃのこーとにきてみると、)

それから麦酒会社のコートに来てみると、

(あたらしくにがりをうってまばゆいはくせんがくっきりとひきまわしてある。)

新しくニガリを打って眩い白線がクッキリと引き廻して在る。

(そのまわりをじゅうやくいかだんじょしゃいんがひしひしととりかこんで、)

その周囲《まわり》を重役以下男女社員が犇々《ひしひし》と取り囲んで、

(てきせんしゅのれんしゅうをみているところへのりこんだときには、)

敵選手の練習を見ている処へ乗り込んだ時には、

(なにかなしにぜんしんをひやあせがながれた。さっそくのきてんで、)

何かなしに全身を冷汗が流れた。早速の機転で、

(じかんがないからといって、こっちのせんしゅのれんしゅうをしゃぜつした。)

時間がないからと言って、こっちの選手の練習を謝絶した。

(さくせんとしてひっしゃのしゅしょうぐみがへきとうにでた。せめてひとくみでも)

作戦として筆者の主将組が劈頭《へきとう》に出た。せめて一組でも

(たおしておきたい。あわよくばゆうたいをのこせるかもしれないという、)

倒して置きたい。アワよくば優退を残せるかも知れないと言う、

(うぬぼれまじりのなさけないりょうけんであったが、みごとにあてがはずれて、)

自惚まじりの情ない了簡であったが、見事にアテが外れて、

(むこうもしゅしょうのゆうき、ほんだというなんばーわんぐみがでてきたのにはちぢみあがった。)

向うも主将の結城、本田というナンバー・ワン組が出て来たのには縮み上った。

(それだけでもてもあしもでないままさんーぜろのすとれーとではいたいした。)

それだけで手も足も出ないまま三—〇のストレートで敗退した。

(あとのみっともなさ。あんなにもびーるがのみたかったのかとおもうと)

後のミットモナサ……。あんなにもビールが飲みたかったのかと思うと

(めがしらがあつくなるくらいである。)

眼頭が熱くなるくらいである。

(せんぽうはそろいのあたらしいゆにふぉーむをちゃんときているのに、)

先方は揃いの新しいユニフォームをチャンと着ているのに、

(こちらはわいしゃつにせいらぱんつ、ふるたび、あせじみたふゆなかおれというがいとうの)

こちらはワイシャツにセイラ・パンツ、古足袋、汗じみた冬中折れという街頭の

(あいすくりーむやしきがいちばんじょうとうで、くつのままこーとにあがってしかられるもの。)

アイスクリーム屋式が一番上等で、靴のままコートに上って叱られるもの。

など

(はでなめりんすのじゅばんにあかいさるまたひとつ。せいようてぬぐいのほおかぶりというちんどんやしき。)

派手なメリンスの襦袢に赤い猿又一つ。西洋手拭の頬冠りというチンドン屋式。

(なかにはじょうはんしんらたいでくずやみたいなつぎはぎのぼろももひきをつっこんだ)

中には上半身裸体で屑屋みたいな継ぎハギの襤褸《ぼろ》股引を突込んだ

(むこうはちまきで「さあこい」とおどりでるので、しんぱんにやとわれただいがくせいが)

向う鉢巻で「サア来い」と躍り出るので、審判に雇われた大学生が

(はらをかかえてたかいこしかけからおりてくるようなこと。)

腹を抱えて高い腰掛から降りて来るようなこと。

(むろんらけっとのもちかたなんぞしっていようはずがない。)

むろんラケットの持ち方なんぞ知っていよう筈がない。

(さーぶからしてみおくりのすとらいくばかりで、たまたまあたったとおもうと)

サーブからして見送りのストライクばかりで、タマタマ当ったと思うと

(てつあみごしのほーむらんそれでもほんにんはかったのかまけたのかわからないまま、)

鉄網越しのホームラン……それでも本人は勝ったのか敗けたのか解らないまま、

(いつまでもこーとのうえできょろきょろしている。)

いつまでもコートの上でキョロキョロしている。

(ゆうゆうとごむまりをひろったりなにかしているので、)

悠々とゴム鞠《まり》を拾ったり何かしているので、

(あいてがこーとにはいついてわらっているが、それでもまだわからない。)

相手がコートに匍《は》い付いて笑っているが、それでもまだわからない。

(「なあーんだい。まけたのか」)

「ナアーンダイ。敗けたのか」

(とほほをふくらましてすごすごひきさがるとたんにだいばくしょうとだいはくしゅが)

と頬を膨らましてスゴスゴ引き退るトタンに大爆笑と大拍手が

(てきみかたからいっときにわきかえるという、くうぜんぜつごのふかしぎなせいきょうりに、)

敵味方から一時に湧き返るという、空前絶後の不可思議な盛況裡に、

(ぶじによていのたいきゃくとなった。)

無事に予定の退却となった。

(それからよていのとおりにこーとがいのそうげんのてんとばりのなかで)

それから予定の通りにコート外の草原の天幕《テント》張りの中で

(びーるとつまみさかながでた。こづかいがふたりでごじゅうがろんいりのたるをかかえてきたときには)

ビールと抓み肴が出た。小使が二人で五十ガロン入の樽を抱えて来た時には

(せんしゅいちどう、おもわずうれしそうなかおをみあわせた。どうじにしゅしょうたるひっしゃは)

選手一同、思わず嬉しそうな顔を見合わせた。同時に主将たる筆者は

(むねがどきどきとした。いんちきがばれたまませいこうしたのだから。)

胸がドキドキとした。インチキが暴露《ばれ》たまま成功したのだから……。

(「ええ。たるにするとちいさくみえますがね。このたるひとつあればごじゅうにんから)

「ええ。樽にすると小さく見えますがね。この樽一つ在れば五十人から

(ひゃくにんぐらいのえんかいならいつもあまりますのでどうぞごえんりょなくおあがりください」)

百人ぐらいの宴会ならイツモ余りますので……どうぞ御遠慮なくお上り下さい」

(というじゅうやくづれのあいさつであったが、さて、こっぷがくばられると、)

と言う重役連の挨拶であったが、サテ、コップが配られると、

(さあのむわのむわ。ひっしゃをのぞいたきゅうめいのせんしゅとかそうまねーじゃーが、)

さあ飲むわ飲むわ。筆者を除いた九名の選手と仮装マネージャーが、

(もじどおりにながくじらのももがわをすうがごとくである。)

文字通りに長鯨の百川を吸うが如くである。

(「ちょっと、こっぷではめんどうくさいですから、そのじょっきで」)

「ちょっと、コップでは面倒臭いですから、そのジョッキで……」

(というなりななごういりのじょっきでたてつづけにいきもつかせない。)

と言うなり七合入のジョッキで立て続けに息も吐《つ》かせない。

(「おみごとですなあ。もうひとつ」)

「お見事ですなあ。もう一つ……」

(とじゅうやくのひとりがみかたのかそうまねーじゃーをあびせたおしにかかっていたが、)

と重役の一人が味方の仮装マネージャーを浴びせ倒しに掛かっていたが、

(なかなかこしがくだけないもようである。そのうちにたるのなかがあわばかりになりかけて)

ナカナカ腰が砕けない模様である。そのうちに樽の中が泡ばかりになりかけて

(くると、じゅうやくれんちゅうがひとりにげふたりにげ、しまいにはあいてのせんしゅまで)

来ると、重役連中が一人逃げ二人逃げ、しまいには相手の選手まで

(いなくなって、かんかんひのてるそうげんにてんととあきだると、こっぷのはやしと、)

いなくなって、カンカン日の照る草原に天幕と空樽と、コップの林と、

(いれかわりたちかわりしょうべんをするみかたのせんしゅばかりになってしまった。)

入れ代り立ち代り小便をする味方の選手ばかりになってしまった。

(なかにもかそうまねーじゃーをせんとうにらけっとをりょうてにもったさんにんが、)

中にも仮装マネージャーを先頭にラケットを両手に持った三人が、

(くつばきのままこーとにあがって、)

靴穿きのままコートに上って、

(「かったほうがええ。かったほうがええ」)

「勝った方がええ。勝った方がええ」

(とだんすをおどっている。なにがかったんだかわからない。)

とダンスを踊っている。何が勝ったんだかわからない。

(にがにがしいやつだとおもっているひっしゃをみなしてひっぱって、じゅうやくしつにあいさつにいった。)

苦々しい奴だと思っている筆者を皆して引っぱって、重役室に挨拶に行った。

(しかたなしにひっしゃがあたまをさげて、)

仕方なしに筆者が頭を下げて、

(「どうもきょうはごちそうさまになりまして」)

「どうも今日は御馳走様になりまして」

(といってきりあげようとすると、はいごからすいがんもうろうたるかそうまねーじゃーが)

と言って切り上げようとすると、背後から酔眼朦朧たる仮装マネージャーが

(まえにでてきて、わざとらしいしたなめずりをしてみせた。どらごえをはりあげた。)

前に出て来て、わざとらしい舌なめずりをして見せた。銅羅声を張り上げた。

(「ええ。ごごのしごとがありませんと、もっとゆっくりちょうだいしたかったの)

「ええ。午後の仕事がありませんと、もっとユックリ頂戴したかったの

(ですが、ざんねんです」)

ですが、残念です」

(ととどめをさした。)

と止刺刀《とどめ》を刺した。

(しかしおうらいにでるとさすがにいちどう、ぼうしをなげあげらけっとをふりまわして)

しかし往来に出るとさすがに一同、帽子を投げ上げラケットを振り廻して

(かんげきした。)

感激した。

(「ばつばつびーるがいしゃばんざいきゅうしゅうにっぽうばんざい」)

「××麦酒会社万歳……九州日報万歳……」

(「ぼーるはこどものみやげにもらっていきまあす」)

「ボールは子供の土産に貰って行きまアス」

(よくじつのしんぶんにきじがでたかどうかきおくしない。)

翌日の新聞に記事が出たかどうか記憶しない。

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