夢野久作 笑う唖女 ②

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1 てんぷり 5426 B++ 5.6 95.6% 653.8 3718 170 68 2024/10/19

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問題文

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(「ああ。よろこんでござるよろこんでござる。なあろうせんせい。もうえになって)

「ああ。喜んで御座る喜んで御座る。なあ老先生。もう絵になって

(しもうてござるけんどなあろうせんせい。あなたがたごふうふはこのむらのいのち)

終《しも》うて御座るけんどなあ老先生。あなた方御夫婦はこの村の生命

(のおやじさまじゃった。よんじゅうねんこのむらにごほうこうしとるわたしがようしっとる。)

《いのち》の親様じゃった。四十年この村に御奉公しとる私がよう知っとる。

(ごおんはわすれまっせんぞえ。けっしてけっしてわすれませんぞえなあ。せめていまいちねん)

御恩は忘れまっせんぞえ。決して決して忘れませんぞえ……なあ。せめて今一年

(とはんとしばかりいかいておきたかったなあ。きょうというきょうこのせきへすわらせ)

と半年ばかり生かいておきたかったなあ。今日というきょうこの席へ座らせ

(たかったなあ。わかせんせいごふうふには、このでんろくがついとるというてあんしんさせ)

たかったなあ。若先生御夫婦には、この伝六が附いとるというて安心させ

(たかったなあ。いままでのごおんほうじに」)

たかったなあ。今までの御恩報じに……」

(でんろくろうのこえがしだいにうわずってなみだごえになってきた。まんじょうただでんろくろうの)

伝六郎の声が次第に上釣《うわず》って涙声になって来た。満場ただ伝六郎の

(ひとりぶたいになってしいんとしかけているところへ、えんがわのしょうじのにしびのまえにひとり)

一人舞台になってシインとしかけているところへ、縁側の障子の西日の前に一人

(のこおんなのかげぼうしがちょこちょことでてきてひざまずいた。)

の小女《こおんな》の影法師がチョコチョコと出て来て跪《ひざまず》いた。

(しょうじをほそめにすかしてまぶしいにしびをのぞかせた。)

障子を細目に隙《す》かして眩《まぶ》しい西日を覗《のぞ》かせた。

(なこうどのいしかいちょうくりのはかせが、そのしょうじのすきまにごましおあたまをよせて、)

仲人の医師会長栗野博士が、その障子の隙間に胡麻塩《ごましお》頭を寄せて、

(しょうじょのささやきをきくとにさんどかるくうなずいてたちあがった。)

少女の囁声《ささやき》を聞くと二三度軽くうなずいて立上った。

(そのあとからはかせふじんがつづいてたちあがると、みおくりのつもりであろう)

その後から博士夫人が続いて立上ると、見送りのつもりであろう

(しんろうしんぷがつづいてたちあがった。)

新郎新婦が続いて立上った。

(「いや、よろしい」)

「イヤ、宜《よろ》しい」

(とくりのはかせがふりかえっててをふった。しんぷのははおやのとんのろうふじんも、ちょっとちゅうごしに)

と栗野博士が振返って手を振った。新婦の母親の頓野老夫人も、ちょっと中腰に

(なっておしとどめにかかったが、しんふうふがしいていこうとするのをみたとんのろうじんが、)

なって押止めにかかったが、新夫婦が強いて行こうとするのを見た頓野老人が、

(やぎひげをしごいてろうふじんをおしとどめた。こごえでささやいた。)

山羊鬚を扱《しご》いて老夫人を押止めた。小声で囁いた。

(「ばあさん。とめるなとめるな。もうええもうええ。)

「婆さん。留めるな留めるな。もう良《え》えもう良え。

など

(たたしとけたたしとけ。こげなしきのときにはみおくりにたたぬものとむかしから)

立たしとけ立たしとけ。こげな式の時には見送りに立たぬものと昔から

(なっとるが、いまのわかいものはりゅうぎがちがうでのう。しんぱいせんでもええわい」)

なっとるが、今の若い者は流儀が違うでのう。心配せんでも宜《え》えわい」

(とこのまのまえでははなしのこしをおられてあぜんとなったでんろくろうが、しんろうののこしていった)

床の間の前では話の腰を折られて唖然となった伝六郎が、新郎の残して行った

(おおさかずきにきがつくと、)

大盃に気が付くと、

(「もったいない。おかんがさめる」)

「勿体ない。お燗が冷《さ》める」

(といってりょうてでかかえあげながらかおをちかづけてぐいぐいとひといきにのみはじめたので、)

と云って両手で抱え上げながら顔を近付けてグイグイと一息に飲み初めたので、

(みていたしもざのれんちゅうがげらげらわらいだした。)

見ていた下座の連中がゲラゲラ笑い出した。

(げんかんにちかいなかろうかのくらがりまでくると、くりのはかせがにこにこがおでしんふうふを)

玄関に近い中廊下の暗がりまで来ると、栗野博士がニコニコ顔で新夫婦を

(ふりかえった。)

振返った。

(「いや。これはきょうしゅくでした。じつはげんかんにみょうなかんじゃがきたというはなしでな。)

「イヤ。これは恐縮でした。……実は玄関に妙な患者が来たという話でな。

(あんたがたはきょうは、そげなものをあいてにされんほうがええとおもうたけに、)

あんた方は今日は、そげな者を相手にされん方が宜《え》えと思うたけに、

(わたしがたってきましたのじゃが」)

私が立って来ましたのじゃが」

(「はっ。おそれいります。そんなことまでせんせいをわずらわしましては」)

「ハッ。恐れ入ります。そんな事まで先生を煩《わずら》わしましては……」

(しんろうのたいどとことばが、いかにもしゅうさいらしくてきぱきとしているのを、)

新郎の態度と言葉が、如何《いか》にも秀才らしくテキパキとしているのを、

(はいごからはなよめのはつえがほれぼれとみあげていた。くりのはかせはそれにきづきながら)

背後から花嫁の初枝が惚れぼれと見上げていた。栗野博士はそれに気付きながら

(きづかぬふりをしていた。)

気付かぬふりをしていた。

(「いや。じつはなあ。そのかんじゃがきちがいらしいでなあ」)

「いや。実はなあ。その患者が精神病者《きちがい》らしいでなあ」

(「えっきちがい」)

「エッ……キチガイ……」

(「そうじゃ。げんかんにすわってうごかぬというてきたでな。きょうだけはわたしにまかせて)

「そうじゃ。玄関に坐って動かぬと云うて来たでな。今日だけは私に委せて

(おきなさい。まだじかんはちっとはやいけれども、ちょうどええしおどきじゃけに)

おきなさい。まだ時間はチット早いけれども、ちょうど良《え》え潮時じゃけに

(もうこのまま、はなれにひきとったほうがよかろうとおもうが)

モウこのまま、離座敷《はなれ》に引取った方がよかろうと思うが……

(あんなしょうがくぼうれんちゅうでもあんたがたがせいざにすわっとると、せきがあらたまってのめんでな。)

あんな正覚坊連中でもアンタ方が正座に坐っとると、席が改まって飲めんでな。

(ははは」)

ハハハ……」

(「はい」)

「……ハイ……」

(「わたしたちもあとからはなれへちょっといきますけに、)

「私たちもアトから離座敷《はなれ》へチョット行きますけに、

(おふたりでちゃでものんでまっておんなさい。いまひとつしきがありますでな」)

お二人で茶でも飲んで待っておんなさい。今一つ式がありますでな」

(「ははい」)

「……ハ……ハイ……」

(しんろうしんぷはせまい、くらいところでおりかさなるようにおじぎをした。そのままにたって)

新郎新婦は狭い、暗い処で折重なるようにお辞儀をした。そのままに立って

(みおくっていた。)

見送っていた。

(げんかんのゆうやみのなかをずうーっととおくのもんぜんのこくどうまで)

玄関の夕暗《ゆうやみ》の中をズウーッと遠くの門前の国道まで

(しらすをまいてはききよめてある。そのさゆうのあおあおとした、あたらしい)

白砂を撒《ま》いて掃き清めてある。その左右の青々とした、新しい

(よつめがきのないがいにはていないいちめんのはたんきょうとはくとうと、)

四目垣《よつめがき》の内外には邸内一面の巴旦杏《はたんきょう》と白桃と、

(なしのはなが、ゆきのようにちりこぼれている。そのげんかんにうちちがえたこっきと)

梨の花が、雪のように散りこぼれている。その玄関に打ち違えた国旗と

(せいねんかいきのもとに、おとこともおんなともつかぬきみょうなかっこうのにんげんが、)

青年会旗の下に、男とも女とも附かぬ奇妙な恰好《かっこう》の人間が、

(りょうてをついてどげざしている。)

両手を支《つ》いて土下座している。

(あたまはほうほうとうずまきちぢれて、ひをつけたらもえあがりそうである。)

頭は蓬々《ほうほう》と渦巻き縮れて、火を付けたら燃え上りそうである。

(しらきわたにしゅいんをべたべたとおしたじゅんれいのおいずりをすはだに)

白木綿に朱印をベタベタと捺《お》した巡礼の笈摺《おいずり》を素肌に

(ひっかけて、こしからしたにいろいろぼろきれをつぎあわせたあかぐろい、)

引っかけて、腰から下に色々ボロ布片《きれ》を継合わせた垢《あか》黒い、

(おおきなふろしきようのものをこしまきのようにまきつけているかっこうを)

大きな風呂敷様《よう》のものを腰巻のように捲付《まきつ》けている恰好を

(みると、どうやらわかいおんならしい。ぜんたいにあかぐろくひにやけてはいるがきめ)

見ると、どうやら若い女らしい。全体に赤黒く日に焼けてはいるが肌目《きめ》

(のこまかい、まるまるとしたにくつきのりょうほおからくびすじへかけて、おしろいの)

の細かい、丸々とした肉付の両頬から首筋へかけて、お白粉《しろい》の

(つもりであろうはいいろのどろをこてこてとぬりつけているなかから、きりめのながい)

つもりであろう灰色の泥をコテコテと塗付けている中から、切目の長い

(めじりと、あかいくちびると、しろいはをひからして、むじゃきにわらっているかっこうは)

眦《めじり》と、赤い唇と、白い歯を光らして、無邪気に笑っている恰好は

(ぐろてすくこのうえもない。)

グロテスクこの上もない。

(いましもだいどころからでてきたこのいえのげなんのいっさくが、せきはんのにぎりめしを)

今しも台所から出て来たこの家の下男の一作が、赤飯の握飯《にぎりめし》を

(いっこやっておいはらおうとするのを、おんなはいきなりつちのうえにはらいおとして、おおきく)

一個遣って追払おうとするのを、女はイキナリ土の上に払い落して、大きく

(ぼうちょうしたじぶんのしたはらをさしながら、あたまをさゆうに)

膨脹《ぼうちょう》した自分の下/腹部《したはら》を指しながら、頭を左右に

(ふった。けだものともとりともつかぬきみょうなこえをふりしぼった。)

振った。獣《けだもの》とも鳥とも附かぬ奇妙な声を振絞《ふりしぼ》った。

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