夏の葬列 山川方夫 ①

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戦争末期、疎開先で2つ年上のヒロ子さんと過ごす夏。
疎開先の海岸で遊んだ帰り道、遠くに葬列をみつけヒロ子さんと一緒に葬列に向かって走り出した。
その時、

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問題文

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(かいがんのちいさなまちのえきにおりて、)

海岸の小さな町の駅に下りて、

(かれは、しばらくはものめずらしげにあたりをながめていた。)

彼は、しばらくはものめずらしげにあたりを眺めていた。

(えきまえのふうけいはすっかりかわっていた。)

駅前の風景はすっかり変っていた。

(あーけーどのついたあかるいまーけっとふうのとおりができ、)

アーケードのついた明るいマーケットふうの通りができ、

(そのどうろも、かたくほそうされてしまっている。)

その道路も、固く鋪装されてしまっている。

(はだしのまま、じゃりのおおいこのみちをかけてつうがくさせられた)

はだしのまま、砂利の多いこの道を駈けて通学させられた

(しょうがくせいのころのじぶんを、きゅうになまなましくかれはおもいだした。)

小学生の頃の自分を、急になまなましく彼は思い出した。

(あれは、せんそうのまっきだった。)

あれは、戦争の末期だった。

(かれはいわゆるそかいじどうとして、このまちにまるさんかげつほどすんでいたのだった。)

彼はいわゆる疎開児童として、この町にまる三カ月ほど住んでいたのだった。

(あれいらい、おれはいちどもこのまちをたずねたことがない。)

あれ以来、おれは一度もこの町をたずねたことがない。

(そのじぶんが、いまはだいがくをで、しゅうしょくをし、)

その自分が、いまは大学を出、就職をし、

(いちにんまえのしゅっちょうがえりのさらりーまんのひとりとして、このまちにきている。)

一人前の出張がえりのサラリーマンの一人として、この町に来ている。

(とうきょうには、あしたまでにかえればよかった。)

東京には、明日までに帰ればよかった。

(に、さんじかんはじゅうぶんにぶらぶらできるじかんがある。)

二、三時間は充分にぶらぶらできる時間がある。

(かれはえきのばいてんでたばこをかい、)

彼は駅の売店で煙草を買い、

(それにひをつけると、ゆっくりとあるきだした。)

それに火を点けると、ゆっくりと歩きだした。

(なつのまひるだった。ちいさなまちのいえなみはすぐにつきて、)

夏の真昼だった。小さな町の家並みはすぐに尽きて、

(むかしのままのふみきりをこえると、せんろにそい、)

昔のままの踏切りを越えると、線路に沿い、

(りょうがわにややきふくのあるはたちがひろがる。かれはめをほそめながらあるいた。)

両側にやや起伏のある畑地がひろがる。彼は目を細めながら歩いた。

(とおくに、かすかにうみのおとがしていた。)

遠くに、かすかに海の音がしていた。

など

(なだらかなしょうきゅうのすそ、ひょろながいいっぽんのまつに)

なだらかな小丘の裾、ひょろ長い一本の松に

(みおぼえのあるおかのすそをまわりかけて、)

見憶えのある丘の裾をまわりかけて、

(とつぜん、かれはかせきしたようにあしをとめた。)

突然、彼は化石したように足をとめた。

(まひるのおもいひかりをあび、あおあおとしたはをなみうたせたひろいいもばたけのむこうに、)

真昼の重い光を浴び、青々とした葉を波うたせたひろい芋畑の向うに、

(いちれつになって、もふくをきたひとびとのちいさなそうれつがうごいている。)

一列になって、喪服を着た人びとの小さな葬列が動いている。

(いっしゅん、かれはじゅうすうねんのさいげつがちゅうにきえて、)

一瞬、彼は十数年の歳月が宙に消えて、

(じぶんがふたたびあのときのなかにいるさっかくにとらえられた。)

自分がふたたびあのときの中にいる錯覚にとらえられた。

(ぼうぜんとくちをあけて、かれは、しばらくはこきゅうをすることをわすれていた。)

呆然と口をあけて、彼は、しばらくは呼吸をすることを忘れていた。

(のうりょくのはをかさねたいちめんのひろいいもばたけのむこうに、)

濃緑の葉を重ねた一面のひろい芋畑の向うに、

(いちれつになったちいさなひとかげがうごいていた。)

一列になった小さな人かげが動いていた。

(せんろわきのみちにたって、かれは、まっしろなわんぴーすをきた)

線路わきの道に立って、彼は、真白なワンピースを着た

(おなじそかいじどうのひろこさんと、ならんでそれをみていた。)

同じ疎開児童のヒロ子さんと、ならんでそれを見ていた。

(このかいがんのまちのしょうがっこう(とうじはこくみんがっこうといったが)では、)

この海岸の町の小学校(当時は国民学校といったが)では、

(とうきょうからきたこどもは、かれとひろこさんのふたりきりだった。)

東京から来た子供は、彼とヒロ子さんの二人きりだった。

(にねんじょうきゅうのごねんせいで、べんきょうもよくできおおがらなひろこさんは、)

二年上級の五年生で、勉強もよくでき大柄なヒロ子さんは、

(いつもかれをかばってくれ、よわむしのかれをはなれなかった。)

いつも彼をかばってくれ、弱むしの彼をはなれなかった。

(よくはれたひるちかくで、そのひも、ふたりきりでかいがんであそんできたかえりだった。)

よく晴れた昼ちかくで、その日も、二人きりで海岸であそんできた帰りだった。

(ぎょうれつは、ひどくのろのろとしていた。)

行列は、ひどくのろのろとしていた。

(せんとうのひとは、おおむかしのひとのようなしろいきものにくろっぽいながいぼうしをかぶり、)

先頭の人は、大昔の人のような白い着物に黒っぽい長い帽子をかぶり、

(かおのまえでなにかをふりながらあるいている。)

顔のまえでなにかを振りながら歩いている。

(つづいて、たけづつのようなものをもったわかいおとこ。)

つづいて、竹筒のようなものをもった若い男。

(そして、しかくくほそながいはこをかついだよにんのおとこたちと、)

そして、四角く細長い箱をかついだ四人の男たちと、

(そのよこをうつむいたままあるいてくるくろいわふくのおんな。)

その横をうつむいたまま歩いてくる黒い和服の女。

(「おそうしきだわ」と、ひろこさんがいった。)

「お葬式だわ」 と、ヒロ子さんがいった。

(かれは、くちをとがらせてこたえた。「へんなの。とうきょうじゃあんなことしないよ」)

彼は、口をとがらせて答えた。「へんなの。東京じゃあんなことしないよ」

(「でも、こっちじゃああするのよ」ひろこさんは、ねえさんぶっておしえた。)

「でも、こっちじゃああするのよ」ヒロ子さんは、姉さんぶっておしえた。

(「そしてね。こどもがいくと、おまんじゅうをくれるの。おかあさんがそういったわ」)

「そしてね。子供が行くと、お饅頭をくれるの。お母さんがそういったわ」

(「おまんじゅう?ほんとうのあんこの?」)

「お饅頭? ほんとうのアンコの?」

(「そうよ。ものすごくあまいの。)

「そうよ。ものすごく甘いの。

(そして、とってもおおきくって、あかちゃんのあたまぐらいあるんだって」)

そして、とっても大きくって、赤ちゃんの頭ぐらいあるんだって」

(かれはつばをのんだ。「ね。ぼくらにも、くれるとおもう?」)

彼は唾をのんだ。 「ね。ぼくらにも、くれると思う?」

(「そうね」ひろこさんは、まじめなかおをしてくびをかしげた。)

「そうね」ヒロ子さんは、まじめな顔をして首をかしげた。

(「くれる、かもしれない」)

「くれる、かもしれない」

(「ほんと?」「いってみようか?じゃあ」)

「ほんと?」「行ってみようか? じゃあ」

(「よし」とかれはさけんだ。「きょうそうだよ!」)

「よし」と彼は叫んだ。「競走だよ!」

(いもばたけは、まっさおななみをかさねたうみみたいだった。)

芋畑は、真青な波を重ねた海みたいだった。

(かれはそのなかにおどりこんだ。ちかみちをしてやるつもりだった。)

彼はその中におどりこんだ。近道をしてやるつもりだった。

(ひろこさんは、あぜみちをおおまわりしている。)

ヒロ子さんは、畦道を大まわりしている。

(ぼくのほうがはやいにきまっている、)

ぼくのほうが早いにきまっている、

(もしはやいものじゅんでひろこさんのぶんがなくなっちゃったら、)

もし早い者順でヒロ子さんの分がなくなっちゃったら、

(はんぶんわけてやってもいい。)

半分わけてやってもいい。

(いものつるがあしにからむやわらかいみどりのうみのなかを、)

芋のつるが足にからむやわらかい緑の海のなかを、

(かれは、てをふりまわしながらむちゅうでかけつづけた。)

彼は、手を振りまわしながら夢中で駈けつづけた。

(しょうめんのおかのかげから、おおきないしが)

正面の丘のかげから、大きな石が

(とびだしたようなきがしたのはそのとちゅうだった。)

飛び出したような気がしたのはその途中でだった。

(いしはこちらをむき、きゅうそくなばくおんといっしょに、)

石はこちらを向き、急速な爆音といっしょに、

(ふいに、なにかをひきはがすようなはげしいれんぞくおんがきこえた。)

不意に、なにかを引きはがすような烈しい連続音がきこえた。

(さけびごえがあがった。「かんさいきだあ」と、そのこえはどなった。)

叫びごえがあがった。 「カンサイキだあ」と、その声はどなった。

(かんさいきだ。かれはきょうふにのどがつまり、とたんにいもばたけのなかにたおれこんだ。)

艦載機だ。彼は恐怖に喉がつまり、とたんに芋畑の中に倒れこんだ。

(さくれつおんがくうちゅうにすさまじいひびきをたててずじょうをすぎ、)

炸裂音が空中にすさまじい響きを立てて頭上を過ぎ、

(おんなのなきわめくこえがきこえた。ひろこさんじゃない、とかれはおもった。)

女の泣きわめく声がきこえた。ヒロ子さんじゃない、と彼は思った。

(あれは、もっとおとなのおんなのひとのこえだ。)

あれは、もっと大人の女のひとの声だ。

(「にきだ、かくれろ!またやってくるぞう」)

「二機だ、かくれろ! またやってくるぞう」

(きみょうにまのびしたそのこえのあいだに、べつのおとこのこえがさけんだ。)

奇妙に間のびしたその声の間に、べつの男の声が叫んだ。

(「おーい、ひっこんでろそのおんなのこ、だめ、はしっちゃだめ!)

「おーい、ひっこんでろその女の子、だめ、走っちゃだめ!

(しろいふくはぜっこうのもくひょうになるんだ、おい!」)

白い服はぜっこうの目標になるんだ、おい!」

(しろいふく、ひろこさんだ。きっと、ひろこさんはうたれてしんじゃうんだ。)

白い服、ヒロ子さんだ。きっと、ヒロ子さんは撃たれて死んじゃうんだ。

(そのときだいにげきがきた。おとこがぜっきょうした。)

そのとき第二撃がきた。男が絶叫した。

(かれは、うごくことができなかった。ほっぺたをはたけのつちにおしつけ、)

彼は、動くことができなかった。頬ぺたを畑の土に押しつけ、

(めをつぶって、けんめいにこきゅうをころしていた。)

目をつぶって、けんめいに呼吸をころしていた。

(あたまがしびれているみたいで、)

頭が痺れているみたいで、

(でも、むいしきのうちにからだをおおうとするみたいに、)

でも、無意識のうちに身体を覆おうとするみたいに、

(てでひっしにいものはをひっぱりつづけていた。)

手で必死に芋の葉を引っぱりつづけていた。

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