夏の葬列 山川方夫 ③

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戦争末期、疎開先で2つ年上のヒロ子さんと過ごした夏。
疎開先の海岸で遊んだ帰り道、遠くに葬列をみつけヒロ子さんと一緒に葬列に向かって走り出した。
その時、

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問題文

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(「このおばさんねえ、きちがいだったんだよ」)

「この小母さんねえ、気違いだったんだよ」

(ませためをしたおとこのこがこたえた。)

ませた目をした男の子が答えた。

(「おとといねえ、かわにとびこんでじさつしちゃったのさ」)

「一昨日ねえ、川にとびこんで自殺しちゃったのさ」

(「へえ。しつれんでもしたの?」)

「へえ。失恋でもしたの?」

(「ばかだなあおじさん」)

「バカだなあ小父さん」

(うんどうぐつのこどもたちは、くちぐちにさもおかしそうにわらった。)

運動靴の子供たちは、口々にさもおかしそうに笑った。

(「だってさ、このおばさん、もうおばあさんだったんだよ」)

「だってさ、この小母さん、もうお婆さんだったんだよ」

(「おばあさん?どうして。あのしゃしんだったら、せいぜいさんじゅうくらいじゃないか」)

「お婆さん? どうして。あの写真だったら、せいぜい三十くらいじゃないか」

(「ああ、あのしゃしんか。あれねえ、うんとむかしのしかなかったんだってよ」)

「ああ、あの写真か。あれねえ、うんと昔のしかなかったんだってよ」

(はなをたらしたこがあとをいった。)

はなをたらした子があとをいった。

(「だってさ、あのおばさん、なにしろせんそうでね、)

「だってさ、あの小母さん、なにしろ戦争でね、

(ひとりきりのおんなのこがこのはたけできじゅうでうたれてしんじゃってね、)

一人きりの女の子がこの畑で機銃で撃たれて死んじゃってね、

(それからずっときがちがっちゃってたんだもんさ」)

それからずっと気が違っちゃってたんだもんさ」

(そうれつは、まつのきのたつおかへとのぼりはじめていた。)

葬列は、松の木の立つ丘へとのぼりはじめていた。

(とおくなったそのそうれつとのきょりをちぢめようというのか、)

遠くなったその葬列との距離を縮めようというのか、

(こどもたちはいもばたけのなかにおどりこむと、かんせいをあげながらかけはじめた。)

子供たちは芋畑の中におどりこむと、歓声をあげながら駈けはじめた。

(たちどまったまま、かれはしゃしんをのせたひつぎがかるくさゆうにゆれ、)

立ちどまったまま、彼は写真をのせた柩がかるく左右に揺れ、

(かのじょのははのそうれつがおかをのぼっていくのをみていた。)

彼女の母の葬列が丘を上って行くのを見ていた。

(ひとつのなつといっしょに、そのひつぎのだきしめているちんもく。)

一つの夏といっしょに、その柩の抱きしめている沈黙。

(かれは、いまはそのふたつになったちんもく、)

彼は、いまはその二つになった沈黙、

など

(ふたつのしが、もはやじぶんのなかでえいえんにつづくだろうこと、)

二つの死が、もはや自分のなかで永遠につづくだろうこと、

(えいえんにつづくほかはないことがわかっていた。)

永遠につづくほかはないことがわかっていた。

(かれは、そうれつのあとはおわなかった。おうひつようがなかった。)

彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。

(このふたつのしは、けっきょく、おれのなかにまいそうされるほかはないのだ。)

この二つの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。

(でも、なんというひにくだろう、とかれはくちのなかでいった。)

でも、なんという皮肉だろう、と彼は口の中でいった。

(あれから、おれはこのきずにさわりたくないいっしんで)

あれから、おれはこの傷にさわりたくない一心で

(かいがんのこのまちをさけつづけてきたというのに。)

海岸のこの町を避けつづけてきたというのに。

(そうしてきょう、せっかくじゅうすうねんごのこのまち、げんざいのあのいもばたけをながめて、)

そうして今日、せっかく十数年後のこの町、現在のあの芋畑をながめて、

(はっきりとはいせんのなつのあのきおくをじぶんのげんざいからついほうし、)

はっきりと敗戦の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、

(かこのなかにふういんしてしまって、)

過去の中に封印してしまって、

(じぶんのみをかるくするためにだけおれはこのまちにおりてみたというのに。)

自分の身をかるくするためにだけおれはこの町に下りてみたというのに。

(まったく、なんというぐうぜんのひにくだろう。)

まったく、なんという偶然の皮肉だろう。

(やがて、かれはゆっくりとえきのほうがくにあしをむけた。)

やがて、彼はゆっくりと駅の方角に足を向けた。

(かぜがさわぎ、いものはのにおいがする。)

風がさわぎ、芋の葉の匂いがする。

(よくはれたそらがあおく、たいようはあいかわらずまぶしかった。)

よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず眩しかった。

(うみのおとがみみにもどってくる。)

海の音が耳にもどってくる。

(きしゃが、たんちょうなしゃりんのひびきをたて、せんろをはしっていく。)

汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。

(かれは、ふと、いまとはちがうじかん、)

彼は、ふと、いまとはちがう時間、

(たぶんみらいのなかのべつななつに、じぶんはまたいまとおなじふうけいをながめ、)

たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、

(いまとおなじおとをきくのだろうというきがした。)

今とおなじ音を聞くのだろうという気がした。

(そしてときをへだて、おれはきっとじぶんのなかのなつのいくつかのしゅんかんを、)

そして時をへだて、おれはきっと自分の中の夏のいくつかの瞬間を、

(ひとつのいたみとしてよみがえらすのだろう。)

一つの痛みとしてよみがえらすのだろう。

(おもいながら、かれはあーけーどのしたのみちをあるいていた。)

思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。

(もはやにげばしょはないのだといういしきが、)

もはや逃げ場所はないのだという意識が、

(かれのあしどりをひどくかくじつなものにしていた。)

彼の足どりをひどく確実なものにしていた。

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