ちいさこべ 山本周五郎 ②

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大火にあった大工の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

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問題文

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(しげじはたちあがって、「しごとにかかるぜ」としょくにんたちのほうへどなった。)

茂次は立ちあがって、「仕事にかかるぜ」と職人たちのほうへどなった。

(だいろくはくろといっしょにえどへゆき、)

大六はくろといっしょに江戸へゆき、

(いつかめにもどってきて、しげじにしさいをつげた。)

五日めに戻って来て、茂次に仔細を告げた。

(かじのおこったのはくがつなのかのごぜんじゅうじ。)

火事の起こったのは九月七日の午前十時。

(ゆしまてんじんのうらもんまえにある、ぼたんながやからしゅっかし、)

湯島天神の裏門前にある、牡丹長屋から出火し、

(ほくせいのかぜでみくみちょうからかんだみょうじんへえんしょうした。)

北西の風で三組町から神田明神へ延焼した。

(そのころからふうせいがつよくなり、そのままかんだをひとなめにしてにほんばしまでやけ、)

そのころから風勢が強くなり、そのまま神田をひとなめにして日本橋まで焼け、

(いっぽうはひがしにのびて、ほりえちょう、こあみちょう、ふきやちょうのりょうしばいから、)

一方は東に延びて、堀江町、小網町、葺屋町の両芝居から、

(ばくろちょう、はまちょう、そこでとびひをしてふかがわのくまいちょう、あいかわちょう、)

馬喰町、浜町、そこで飛火をして深川の熊井町、相川町、

(はちまんぐうのいちのとりいをやき、なかまちあたりまでいったいをはいにした。)

八幡宮の一の鳥居を焼き、仲町辺まで一帯を灰にした。

(きせつはずれなのでおおきくしてしまったらしい、)

季節はずれなので大きくしてしまったらしい、

(ししょうしゃのかずもかなりおおいようである。)

死傷者の数もかなり多いようである。

(そうかたってきて、だいろくはちょっとことばをきった。)

そう語ってきて、大六はちょっと言葉を切った。

(つぎにいいだすことで、どういおうかとまよったのであろう、)

次に云いだすことで、どう云おうかと迷ったのであろう、

(しげじはすぐにそれとさっした。)

茂次はすぐにそれと察した。

(「こっちからきくから、きいたことだけこたえてくれ」としげじはいった、)

「こっちから訊くから、訊いたことだけ答えてくれ」と茂次は云った、

(「ふたりはひでしんだのか」だいろくは「そうです」とこたえた。)

「二人は火で死んだのか」 大六は「そうです」と答えた。

(「いっしょにか」としげじがきいた、「それともべつべつか」)

「いっしょにか」と茂次が訊いた、「それともべつべつか」

(「いっしょだったそうです、おかみさんがとうりょうをだくようなかっこうで」)

「いっしょだったそうです、おかみさんが棟梁を抱くような恰好で」

(「わかった、もういうな」としげじはかおをそむけながらいった、)

「わかった、もう云うな」と茂次は顔をそむけながら云った、

など

(「おやじとおふくろのことはにどとおれにきかせないでくれ」)

「おやじとおふくろのことは二度とおれに聞かせないでくれ」

(だいろくはうなずいて、そうしきはしげじがかえってからするてはずにしてきたといった。)

大六は頷いて、葬式は茂次が帰ってからする手筈にしてきたと云った。

(だいろくはそれからさんど、えどのようすをみにいってきた。)

大六はそれから三度、江戸のようすを見にいって来た。

(ちょうないではしちりょうがえしょうの「ふくだや」がやけのこった。)

町内では質両替商の「福田屋」が焼け残った。

(あるじのきゅうべえはごにんぐみをつとめているし、)

あるじの久兵衛は五人組を勤めているし、

(しさんのてんでもじんぼうのてんでも、かんだではゆびおりであった。)

資産の点でも人望の点でも、神田では指折りであった。

(ちょうなんのりきちはしげじとどうねんのにじゅうさんで、)

長男の利吉は茂次と同年の二十三で、

(そのしたにおゆうというじゅうしちになるいもうとがいる。)

その下におゆうという十七になる妹がいる。

(ふたりともしげじとはおさななじみであり、いまでもしたしいつきあいがつづいていた。)

二人とも茂次とは幼な馴染であり、いまでも親しいつきあいが続いていた。

(みせはかどちで、どぞうがさんむねあるし、まえがほりわりのどて、)

店は角地で、土蔵が三棟あるし、前が掘割の土堤、

(きたがわがみちをへだててぶけのしょうやしきになっている。)

北側が道を隔てて武家の小屋敷になっている。

(そういうちのりがさいわいしたのかもしれないが、)

そういう地の理が幸いしたのかもしれないが、

(そのとなりまちのしょうやしきのいっかくと、ふくだやだけはやけのこった。)

その隣り町の小屋敷の一画と、福田屋だけは焼け残った。

(「いちめんのやけあとでぶようじんだからと、)

「いちめんの焼け跡で不用心だからと、

(おくのひとたちはまだめじろのしんるいのほうにいるそうですが、)

奥の人たちはまだ目白の親類のほうにいるそうですが、

(みせはもうあけていました」)

店はもうあけていました」

(「そいつはよかった」としげじはいった。)

「そいつはよかった」と茂次は云った。

(だいとめもやけあとへこやをたてていた。)

大留も焼け跡へ小屋を建てていた。

(かじではとめぞうふうふといっしょに、くらた、ぎんじというふたりのでしがしんだが、)

火事では留造夫婦といっしょに、倉太、銀二という二人の弟子が死んだが、

(くろはすけじろうのいえへてつだいにいっていてたすかった。)

くろは助二郎の家へ手伝いにいっていて助かった。

(すけじろうはかよいでだいとめのちょうばをしており、としはよんじゅうごさい、)

助二郎はかよいで大留の帳場をしており、年は四十五歳、

(つまのおろくとのあいだにこどもがさんにんある。)

妻のおろくとのあいだに子供が三人ある。

(いえはしたやのおかちまちで、くろはそのいえのかってぐちをなおすために、)

家は下谷の御徒町で、くろはその家の勝手口を直すために、

(とまりこんでいたのだという。)

泊りこんでいたのだという。

(でいりのしょくにんにもふたりばかりしょうししゃがあったが、)

出入りの職人にも二人ばかり焼死者があったが、

(ほかのものはすぐにかけつけてき、)

ほかの者はすぐに駆けつけて来、

(きばの「わしち」とそうだんのうえ、だいとめのさいけんにかかった。)

木場の「和七」と相談のうえ、大留の再建にかかった。

(わしちのせんだいのあるじはいずみやしちべえといって、しんだとめぞうのために、)

和七の先代のあるじは和泉屋七兵衛といって、死んだ留造のために、

(つぶれかかったきばのみせをにどもすくわれたことがあり、)

潰れかかった木場の店を二度も救われたことがあり、

(しょうがいそれをふかくおんにきていた。)

生涯それを深く恩にきていた。

(いまのしちべえはそのこであるが、ちちおやのいしをつぐきもちだろう、)

いまの七兵衛はその子であるが、父親の遺志を継ぐ気持だろう、

(じぶんでやってきて「ざいもくのほうはてをうった、)

自分でやって来て「材木のほうは手を打った、

(ひつようならいくらでもまわす」といい、)

必要なら幾らでもまわす」と云い、

(とりあえずかりごやをたてることになった、ということである。)

とりあえず仮小屋を建てることになった、ということである。

(さんどめにいってきただいろくは、ふしんのちゅうもんがみっつあり、)

三度めにいって来た大六は、普請の注文が三つあり、

(すけじろうがさいはいをふって、すでにしょくにんやきのわりあてをつけたとかたった。)

助二郎が采配を振って、すでに職人や木の割当てをつけたと語った。

(それから、かりごやにはくろのほかに、やけだされたでしすじのしょくにんがさんにん、)

それから、仮小屋にはくろのほかに、焼けだされた弟子筋の職人が三人、

(しごとのかんけいでとまりこんでいること、そのせわをするために、)

仕事の関係で泊りこんでいること、その世話をするために、

(おんなをひとりやとったことなどをつげた。)

女を一人雇ったことなどを告げた。

(しげじはうんうんときくだけだったが、)

茂次はうんうんと聞くだけだったが、

(だいろくはそこで、ちょっとあたまをかきながらくちごもった。)

大六はそこで、ちょっと頭を掻きながら口ごもった。

(「なんだ」とふしんそうにしげじがきいた。)

「なんだ」と不審そうに茂次が訊いた。

(「おりつっていうむすめをしってますか」とだいろくがいった、)

「おりつっていう娘を知ってますか」と大六が云った、

(「すみやのうらながやにいて、おふくろがうちのたなへてつだいにきていた」)

「炭屋の裏長屋にいて、おふくろがうちの店へ手伝いに来ていた」

(「しってるよ」としげじがいった。)

「知ってるよ」と茂次が云った。

(「やとったのはあのむすめなんだ」)

「雇ったのはあの娘なんだ」

(しげじはだいろくのかおをみた、)

茂次は大六の顔を見た、

(「あれは、どこかのちゃやぼうこうにでてたんじゃないのか」)

「あれは、どこかの茶屋奉公に出てたんじゃないのか」

(「なみきまちのてんかわだったそうだが」とだいろくはこたえた、)

「並木町の天川だったそうだが」と大六は答えた、

(「それがじつは、おふくろが、やっぱりあのかじでやけしんじまったそうで、)

「それがじつは、おふくろが、やっぱりあの火事で焼け死んじまったそうで、

(すっかりとほうにくれてるようなあんばいだったもんだから」)

すっかり途方にくれてるような按配だったもんだから」

(「おいくもやけしんだって」しげじはとおくをみるようなめつきをした、)

「おいくも焼け死んだって」茂次は遠くを見るような眼つきをした、

(「そいつはかわいそうに」)

「そいつは可哀そうに」

(「それでもう、ちゃやぼうこうをするはりあいもないし、)

「それでもう、茶屋奉公をするはりあいもないし、

(できるならうまれたちょうないでかたぎなくらしがしたい、)

できるなら生れた町内で堅気なくらしがしたい、

(みなさんのしょくじごしらえやせんたくなんかひきうけるから、というもんでね」)

みなさんの食事ごしらえや洗濯なんか引受けるから、と云うもんでね」

(「わかった、おりつならいいだろう」)

「わかった、おりつならいいだろう」

(「あっしもそうおもったんだが」)

「あっしもそう思ったんだが」

(しげじはまただいろくのかおをみた、「なにをいいそびれてるんだ」)

茂次はまた大六の顔を見た、「なにを云いそびれてるんだ」

(「べつにいいそびれてるわけじゃあねえが」とだいろくはまたあたまをかいた、)

「べつに云いそびれてるわけじゃあねえが」と大六はまた頭を掻いた、

(「じつは、こんどいってみると、あのむすめがこどもをあつめてめんどうをみているんだ、)

「じつは、こんどいってみると、あの娘が子供を集めて面倒をみているんだ、

(かじにあって、おやきょうだいをなくしたこどもたちなんだが」)

火事にあって、親きょうだいをなくした子供たちなんだが」

(「それで」としげじがじれったそうにうながした。)

「それで」と茂次がじれったそうに促した。

(「それでつまり、ひとりやふたりならいいけれども、)

「それでつまり、一人や二人ならいいけれども、

(じゅうにさんにんにもなっちまってるんで」)

十二三人にもなっちまってるんで」

(「だめだ」としげじはくびをふった、)

「だめだ」と茂次は首を振った、

(「そんなばかなことができるもんか、おいだしちまえ」)

「そんなばかなことができるもんか、追いだしちまえ」

(だいろくはこんわくしたようすで、それがそうはいかない、)

大六は困惑したようすで、それがそうはいかない、

(むすめがりくつをいって、どうしてもしょうちしないのだといった。)

娘が理屈を云って、どうしても承知しないのだと云った。

(「あいつはむかしからおせっかいなやつだった」としげじがいった、)

「あいつは昔からおせっかいなやつだった」と茂次が云った、

(「よし、うっちゃっとけ、おれがかえったらかたづけてやる」)

「よし、うっちゃっとけ、おれが帰ったら片づけてやる」

(はつねのふしんはじゅうがつはじめにおわった。)

波津音の普請は十月はじめに終った。

(このあいだにふたり、たかなわの「だいい」と)

このあいだに二人、高輪の「大伊」と

(あさくさあべかわちょうのかねろくがかわごえまでちょうもんにきた。)

浅草あべ川町の兼六が川越まで弔問に来た。

(だいいのいきちはなきとめぞうのおとうとぶんで、)

大伊の伊吉は亡き留造の弟分で、

(しげじはちいさいじぶんから「たかなわのおじさん」とよんでいた。)

茂次は小さいじぶんから「高輪のおじさん」と呼んでいた。

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