ちいさこべ 山本周五郎 ⑧

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プレイ回数977難易度(4.1) 3376打 長文
大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

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問題文

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(そのよる、ゆうはんのあとで、しげじはこどもたちとはじめてはなしをした。)

その夜、夕飯のあとで、茂次は子供たちと初めて話をした。

(おゆうのかいたにんべつしょをみながら、ひとりずつよびかけ、)

おゆうの書いた人別書を見ながら、一人ずつ呼びかけ、

(かじのことにはいっさいふれず、)

火事のことにはいっさい触れず、

(これからどううまくやってゆくか、ということについてはなした。)

これからどううまくやってゆくか、ということについて話した。

(くちがへたなうえに、ぶっきらぼうなはなしかたであるが、)

口がへたなうえに、ぶっきらぼうな話しかたであるが、

(こどもたちにはかえってきもちがつうじるようであった。)

子供たちには却って気持がつうじるようであった。

(きくじ、じゅういっさい、しらかべちょう)

菊二、十一歳、しらかべ町

(ろく、きゅうさい、あいおいちょう)

六、九歳、あいおい町

(しげきち、きゅうさい、どうちょうだいち)

重吉、九歳、同町代地

(また、はっさい、としまちょう)

又、八歳、としま町

(うめ、はっさい、さくまちょう)

梅、八歳、さくま町

(でんじ、ななさい、りゅうかんちょう)

伝次、七歳、りゅうかん町

(いち、ろくさい、おしょろさんのうら)

市、六歳、おしょろさんの裏

(あつ、よんさい、どうしょ)

あつ、四歳、同所

(にんべつしょにはみぎのようにかいてあり、)

人別書には右のように書いてあり、

(そのじゅうしょはおりつがいちおうたしかめたといった。)

その住所はおりつがいちおうたしかめたと云った。

(にげたごにんのなかには、じゅうしょをいつわったものや、はっきりいわないものもいたが、)

逃げた五人の中には、住所を偽った者や、はっきり云わない者もいたが、

(のこったものはしょうじきにいっているという。)

残った者は正直に云っているという。

(しげじは「おしょろさんのうら」というのがわからなかった。)

茂次は「おしょろさんの裏」というのがわからなかった。

(おりつもそれだけはわからない、いちはそれだけしかおぼえていないし、)

おりつもそれだけはわからない、市はそれだけしか覚えていないし、

など

(あっちゃんとはきんじょどうしらしいが、)

あっちゃんとは近所同志らしいが、

(あっちゃんも「おんなじとこ」というだけだそうで、)

あっちゃんも「おんなじとこ」と云うだけだそうで、

(おぼろげなきおくをききだしてみると、)

おぼろげな記憶を訊きだしてみると、

(どうやらおおかわのむこうのようなかんじがする、とおりつはいった。)

どうやら大川の向うのような感じがする、とおりつは云った。

(「それならいちどつれていってみるんだな」としげじがいった、)

「それならいちど伴れていってみるんだな」と茂次が云った、

(「そうすればおもいだすかもしれないし、)

「そうすれば思いだすかもしれないし、

(ことによるといきのこっているものがあるかもしれない」)

ことによると生き残っている者があるかもしれない」

(おりつはつよくくびをふり、めくばせをしてかれをだまらせた。)

おりつは強く首を振り、めくばせをして彼を黙らせた。

(しげじはまごついてくちをつぐみ、それから、)

茂次はまごついて口をつぐみ、それから、

(こんやはもうねよう、といってたちあがった。)

今夜はもう寝よう、と云って立ちあがった。

(しげじはじぶんのへやで、くろをあいてにしょうぎをさしはじめた。)

茂次は自分の部屋で、くろを相手に将棋をさし始めた。

(しょうきちとまつぞうはゆうはんのあとであそびにでかけ、)

正吉と松三は夕飯のあとで遊びにでかけ、

(くろはおいてゆかれたのですっかりむくれていた。)

くろは置いてゆかれたのですっかりむくれていた。

(しょうぎもやるきがないとみえ、ばかげたてばかりさすので、)

将棋もやる気がないとみえ、ばかげた手ばかりさすので、

(しげじはこまをなげだして「ねちまえ」とどなりつけた。)

茂次は駒を投げだして「寝ちまえ」とどなりつけた。

(くろがでてゆくとまもなく、おりつがちゃとかしをもってきて、)

くろが出てゆくとまもなく、おりつが茶と菓子を持って来て、

(いちとあっちゃんのことをはなした。)

市とあっちゃんのことを話した。

(ふたりはじぶんたちのうちのことをおそれている、りゆうはなにもいわないが、)

二人は自分たちのうちのことを恐れている、理由はなにも云わないが、

(もとのうちのことをきくだけでもおびえたようなかおになる、ということであった。)

元のうちのことを訊くだけでも怯えたような顔になる、ということであった。

(しげじはまゆをしかめて「うん」とひくくうなった。)

茂次は眉をしかめて「うん」と低く唸った。

(「ほかのこたちももとのちょうないのことはいいたがりません」とおりつがいった、)

「ほかの子たちも元の町内のことは云いたがりません」とおりつが云った、

(「ずいぶんひどいめにあっているようで、おもいだすのもいやなようですから、)

「ずいぶんひどいめにあっているようで、思いだすのもいやなようですから、

(どうかそういうはなしにはふれないでやってください」)

どうかそういう話には触れないでやって下さい」

(しげじはうなずいた。おりつはちゃをいれ、かしばちのふたをとってすすめながら、)

茂次は頷いた。おりつは茶を淹れ、菓子鉢の蓋を取ってすすめながら、

(「それから」といいかけて、そのままだまった。)

「それから」と云いかけて、そのまま黙った。

(しげじはちゃをすすりながら、おりつをみた。)

茂次は茶を啜りながら、おりつを見た。

(「なんだ」としげじがきいた。)

「なんだ」と茂次が訊いた。

(「おれいがいいたかったんです」とおりつはうつむいていった、)

「お礼が云いたかったんです」とおりつはうつむいて云った、

(「あのこたちをおいてくださるときいたとき、あたしうれしくって」)

「あの子たちを置いて下さると聞いたとき、あたしうれしくって」

(「わかったよ」としげじはらんぼうにさえぎった、)

「わかったよ」と茂次は乱暴に遮った、

(「そんなことより、もっとほかにはなしがあるんじゃあないのか」)

「そんなことより、もっとほかに話があるんじゃあないのか」

(おりつはめをあげてしげじをみた。)

おりつは眼をあげて茂次を見た。

(「ねえのか」としげじがいった。)

「ねえのか」と茂次が云った。

(おりつは「おゆうさんのことですか」とききかえし、)

おりつは「おゆうさんのことですか」と訊き返し、

(しげじがだまっているのをみて、きっぱりとかぶりをふった。)

茂次が黙っているのを見て、きっぱりとかぶりを振った。

(「ほかのことはともかく」とおりつはいった、)

「ほかのことはともかく」とおりつは云った、

(「あたしはあきめくらだし、ぎょうぎさほうもよくはしらないんですから、)

「あたしは明きめくらだし、行儀作法もよくは知らないんですから、

(そのほうはおゆうさんにやってもらいたいとおもうんです」)

そのほうはおゆうさんにやってもらいたいと思うんです」

(「ほんとだな」としげじがだめをおした。)

「ほんとだな」と茂次がだめを押した。

(「ほんとうです」「そんならいい」としげじはうなずいた、)

「ほんとうです」 「そんならいい」と茂次は頷いた、

(「もしうまくいかなかったら、そういってくれ」)

「もしうまくいかなかったら、そう云ってくれ」

(ふたりがかおをあわせたときから、こいつはまずいぞ、としげじはおもった。)

二人が顔を合わせたときから、こいつはまずいぞ、と茂次は思った。

(おゆうはさりげなくふるまっていたが、)

おゆうはさりげなくふるまっていたが、

(おりつのひょうじょうにははんかんとねたみがはっきりあらわれた。)

おりつの表情には反感とねたみがはっきりあらわれた。

(きのつよいてんではまけずおとらずだが、そだちやきょうようではかくだんにちがうから、)

気の強い点では負けず劣らずだが、そだちや教養では格段に違うから、

(おりつがそれをひけめにかんじ、はんかんやねたみをそそられるのはやむをえまい。)

おりつがそれをひけめに感じ、反感やねたみをそそられるのはやむを得まい。

(ことにさんじゅうよにちのあいだ、なれないてでめんどうをみてきて、)

ことに三十余日のあいだ、馴れない手で面倒をみてきて、

(ようやくこどもたちがなついたところである。)

ようやく子供たちがなついたところである。

(どうかするとおゆうにこどもたちをよこどりされる、というきもちもおこるだろう。)

どうかするとおゆうに子供たちを横取りされる、という気持も起こるだろう。

(いずれにしてもうまくはゆくまいと、おもったのであるが、)

いずれにしてもうまくはゆくまいと、思ったのであるが、

(ひがたっても、そんなようすはみえなかった。)

日が経っても、そんなようすはみえなかった。

(しげじはつきににどのやすみいがい、ひるまはうちにいないので、)

茂次は月に二度の休み以外、ひるまはうちにいないので、

(おゆうとあうきかいはほとんどない。けれども、まいばんおりつがはなすから、)

おゆうと会う機会は殆んどない。けれども、毎晩おりつが話すから、

(そのひあったことはおよそしることができた。)

その日あったことはおよそ知ることができた。

(おりつのはなしはおゆうのことがちゅうしんであり、)

おりつの話はおゆうのことが中心であり、

(それがたいていおゆうをほめ、おゆうについてかんしんしたことばかりであった。)

それがたいていおゆうを褒め、おゆうについて感心したことばかりであった。

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