ちいさこべ 山本周五郎 ⑩

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大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

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問題文

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(「じゅうにかさんだって」「はなしをきいてるとそうじゃないかとおもうの、)

「十二か三だって」「話を聞いてるとそうじゃないかと思うの、

(うしどしのかじのことをしっていて、)

丑年の火事のことを知っていて、

(そのときおっかさんとにげたはなしをしたのよ、)

そのときおっ母さんと逃げた話をしたのよ、

(あのかじはいまからごねんまえでしょ、そのときやっつだったって、)

あの火事はいまから五年まえでしょ、そのとき八つだったって、

(くちをすべらせたことがあるのよ」)

口をすべらせたことがあるのよ」

(「うん」としげじはためいきをついた、「うちはどんなくらしをしていたんだ」)

「うん」と茂次は溜息をついた、「うちはどんな暮しをしていたんだ」

(「おっかさんがながわずらいをしていた、っていうことだけはきいたけれど、)

「おっ母さんが長患いをしていた、っていうことだけは聞いたけれど、

(ほかのことはなんにもいわないんです」)

ほかのことはなんにも云わないんです」

(「もしそうだとすれば」しげじはそこでくちをつぐみ、ややしばらくかんがえていて、)

「もしそうだとすれば」茂次はそこで口をつぐみ、やや暫く考えていて、

(それからめをあげてつづけた、「もしもじゅうにかさんになるとすれば、)

それから眼をあげて続けた、「もしも十二か三になるとすれば、

(きをつけなくちゃならないのはおまえのほうだぜ」)

気をつけなくちゃならないのはおまえのほうだぜ」

(おりつはけげんそうなめをした。)

おりつはけげんそうな眼をした。

(「おれにだって、はずかしいが、おぼえがある」としげじはどもりながらいった、)

「おれにだって、恥ずかしいが、覚えがある」と茂次は吃りながら云った、

(「じぶんじゃあどういうことかわからない、どうしてそんなきもちになるかと、)

「自分じゃあどういうことかわからない、どうしてそんな気持になるかと、

(てめえでめんくらったりはずかしくなったりするが、)

てめえでめんくらったり恥ずかしくなったりするが、

(おんなのからだというものがふしぎにめにつくんだ、)

女のからだというものがふしぎに眼につくんだ、

(じぶんではなんのかんがえもないのに、そのきくじとおなじこった、)

自分ではなんの考えもないのに、その菊二と同じこった、

(だらしのないかっこうでせんたくをしているかみさんとか、)

だらしのない恰好で洗濯をしているかみさんとか、

(といたでかこっただけでぎょうずいをつかってるむすめとか、)

戸板で囲っただけで行水を使ってる娘とか、

(もろはだぬぎになってかみをあらってるおんななんかにぶつかると、)

双肌ぬぎになって髪を洗ってる女なんかにぶつかると、

など

(どうしてもめをやらずにはいられなくなる、)

どうしても眼をやらずにはいられなくなる、

(あとでじぶんをいやらしいやろうだとおもい、しにたいほどはずかしくなるが、)

あとで自分をいやらしい野郎だと思い、死にたいほど恥ずかしくなるが、

(そのときはどうすることもできないんだ」)

そのときはどうすることもできないんだ」

(「あたし」とおりつはさらにあかくなったかおをそむけながら、いった、)

「あたし」とおりつはさらに赤くなった顔をそむけながら、云った、

(「あたしそんな、だらしのないかっこうでせんたくなんかしやあしないわ」)

「あたしそんな、だらしのない恰好で洗濯なんかしやあしないわ」

(「おめえのことじゃあねえ、こどものことをいってるんだ」としげじがいった、)

「おめえのことじゃあねえ、子供のことを云ってるんだ」と茂次が云った、

(「こどもにはそういうとしごろがある、)

「子供にはそういう年ごろがある、

(なかにはそんなことにきのつかないものもいるだろうが、)

中にはそんなことに気のつかない者もいるだろうが、

(たいてえなものはおぼえがあるはずだ、)

たいてえな者は覚えがある筈だ、

(そうして、とうにんはけっしてみだらなきもちなんかもってやしない、)

そうして、当人は決してみだらな気持なんかもってやしない、

(じぶんでどうしようもなく、しぜんとそうなってしまう、)

自分でどうしようもなく、しぜんとそうなってしまう、

(みだらだとおもうのはおとなのほうだ、じぶんにみだらなきもちがあるから、)

みだらだと思うのはおとなのほうだ、自分にみだらな気持があるから、

(こどものめがみだらなようにみえるんだ」)

子供の眼がみだらなように見えるんだ」

(「あたしのほうがみだらですって」おりつのめがきっとなった。)

「あたしのほうがみだらですって」おりつの眼が屹となった。

(「おれはこどものことをはなしてるっていったろう」としげじはらんぼうにさえぎった、)

「おれは子供のことを話してるって云ったろう」と茂次は乱暴に遮った、

(「おめえがどうのこうのというんじゃあねえ、)

「おめえがどうのこうのと云うんじゃあねえ、

(こどもにはそういうとしごろがあり、それがむずかしいときなんだから、)

子供にはそういう年ごろがあり、それがむずかしいときなんだから、

(こっちできをつけなくっちゃいけねえといってるんだ、わからねえのか」)

こっちで気をつけなくっちゃいけねえと云ってるんだ、わからねえのか」

(おりつはひょいとみをそらした。)

おりつはひょいと身をそらした。

(わからねえのかとどなったこえと、しげじのあかくなったかおつきで、)

わからねえのかとどなった声と、茂次の赤くなった顔つきで、

(ぶたれでもするようにかんじたらしい。)

ぶたれでもするように感じたらしい。

(しげじもおりつのみぶりをみて、ぎゃくにどきっとし、「もういい」とかおをそむけた。)

茂次もおりつの身振を見て、逆にどきっとし、「もういい」と顔をそむけた。

(「ああおどろいた」とおりつがいった、)

「ああおどろいた」とおりつが云った、

(「こわいこえだこと、ぶたれるかとおもっちゃったわ」)

「こわい声だこと、ぶたれるかと思っちゃったわ」

(「つまらねえことを」)

「つまらねえことを」

(「ちいさいときぶたれたことがあるんですもの」)

「小さいときぶたれたことがあるんですもの」

(「つまらねえことをいうな、おれはくさったっておんなのこなんかぶちゃあしねえ」)

「つまらねえことを云うな、おれはくさったって女の子なんかぶちゃあしねえ」

(「あたしはぶたれたのよ、ななつのとしだったわ、いまでもちゃんとおぼえてるわ」)

「あたしはぶたれたのよ、七つの年だったわ、いまでもちゃんと覚えてるわ」

(とおりつはからかうようにいった、)

とおりつはからかうように云った、

(「よこちょうのとうふやのまえのところよ、)

「横町の豆腐屋の前のところよ、

(いきなりぴしゃって、ほっぺたをぶったじゃないの」)

いきなりぴしゃって、頬ぺたをぶったじゃないの」

(「おまえがななつならおれはじゅうにだろう、)

「おまえが七つならおれは十二だろう、

(そんなとしでおんなのこをぶつなんてことが、」そこでしげじはあとがつづかなくなった。)

そんな年で女の子をぶつなんてことが、」そこで茂次はあとが続かなくなった。

(「ね」とおりつがめでわらった、「おもいだしたでしょ」)

「ね」とおりつが眼で笑った、「思いだしたでしょ」

(かれはおもいだした。かれをみかけるたびにおりつがからかう、)

彼は思いだした。彼を見かけるたびにおりつがからかう、

(どうからかわれたかはもうわすれたが、たびたびからかわれるので、)

どうからかわれたかはもう忘れたが、度たびからかわれるので、

(いちど、つかまえてぶったことがあった。)

いちど、捉えてぶったことがあった。

(そうだ、あのときこいつはなみだをこぼした、としげじはおもった。)

そうだ、あのときこいつは涙をこぼした、と茂次は思った。

(てむかいもせずに、おおきなめでこっちをみて、)

手向いもせずに、大きな眼でこっちを見て、

(そのめからなみだをぽろぽろこぼした。)

その眼から涙をぽろぽろこぼした。

(「あれは」としげじはきまずそうにいった、)

「あれは」と茂次は気まずそうに云った、

(「あれはおめえがわるいんだ、おれのかおをみるたびにからかったからだ」)

「あれはおめえが悪いんだ、おれの顔を見るたびにからかったからだ」

(「おぼえてるわ」とおりつがいった、)

「覚えてるわ」とおりつが云った、

(「あたしあんたのこと、わかとうりょうのことすきだったのよ、)

「あたしあんたのこと、若棟梁のこと好きだったのよ、

(それで、あんたにかまってもらいたくってわるくちをいったらしいの、)

それで、あんたにかまってもらいたくってわる口を云ったらしいの、

(だから、そのあとわるくちなんかいったことはなかったでしょ」)

だから、そのあとわる口なんか云ったことはなかったでしょ」

(「こどもってやつはむずかしいもんだ」)

「子供ってやつはむずかしいもんだ」

(「そうね」とおりつがいった、「きくじのこともきをつけるわ」)

「そうね」とおりつが云った、「菊二のことも気をつけるわ」

(そのつきのじゅうごにちのやすみに、こどもたちをつれてどうかんやまへあそびにいった。)

その月の十五日の休みに、子供たちを伴れて道灌山へ遊びにいった。

(おりつとおゆうとでにぎりめしやのりまきをつくり、)

おりつとおゆうとで握り飯や海苔巻をつくり、

(おさいのじゅうづめもこしらえた。)

お菜の重詰めも拵えた。

(かたみちいちりはんちかくあるので、くろもいっしょにつれてゆき、)

片道一里半ちかくあるので、くろもいっしょに伴れてゆき、

(あっちゃんはじめ、いちやでんなど、ちいさいのがつかれると、)

あっちゃん始め、市や伝など、小さいのが疲れると、

(しげじとくろとでせおってやった。)

茂次とくろとで背負ってやった。

(くろはもうあにでしたちといっしょにあそびたいとしなので、)

くろはもう兄弟子たちといっしょに遊びたい年なので、

(いきもかえりもふくれっぱなしだった。)

往きも帰りもふくれっぱなしだった。

(そのときはじめて、おゆうとこどもたちのようすを、しげじはみた。)

そのとき初めて、おゆうと子供たちのようすを、茂次は見た。

(こどもたちのおゆうにたいするたいどは、おりつにたいするのとまったくちがっていた。)

子供たちのおゆうに対する態度は、おりつに対するのとまったく違っていた。

(かれらはおゆうのみなりや、うつくしさやかしこいことに、なかばおそれながら、)

かれらはおゆうのみなりや、美しさや賢いことに、なかばおそれながら、

(そんけいとあこがれをかんじているようにみえた。)

尊敬とあこがれを感じているようにみえた。

(おりつにはくちごたえをしても、おゆうのいうことはよくきくし、)

おりつには口答えをしても、おゆうの云うことはよくきくし、

(いたずらをしかられるとすぐによした。)

いたずらを叱られるとすぐによした。

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